あまりの成績不振により、シーズン途中でファースト・ドライバーに逃げられてしまった、F1界最弱のチーム、APXGP。オーナーのルーベン(ハビエル・バルデム)が白羽の矢を立てたのは、彼の現役時代のチームメイトで、今もなおレースに挑み続けるベテラン、ソニー(ブラッド・ピット)だった。


ピットストップやタイヤ交換のタイミングを利用した、彼のルールの隙を突いたようなドライビングに、チームメイトのルーキー、ジョシュア(ダムソン・イドリス)や車体設計を担うケイト(ケリー・コンドン)は戸惑いを隠せない。だが、それが勝利を渇望する熱きスピリットの表れだと知るにつれ、バラバラだったチームは少しずつ一丸となっていく……。

トム・クルーズが伝説のパイロットを再演して大ヒットを記録した『トップガン マーヴェリック』を手がけた、製作ジェリー・ブラッカイマー、監督ジョセフ・コシンスキーのコンビが、次なる作品『F1®️/エフワン』で選んだ題材は、その名の通り、地上最速のマシン、F1となった。ブラッカイマーにとって本作は、『デイズ・オブ・サンダー』(1990)のF1バージョンとも言えるだろう。音楽はその『デイズ~』と同じくハンス・ジマーが担当しており、その意図は明らかだ。

ただし『デイズ・オブ・サンダー』が描いていたのはアメリカで高い人気を誇るストックカー・レース。世界中に熱狂的ファンを持つF1とは異なる。本作は、まさにそのF1界の”本丸”に挑む野心的なプロジェクトなのだ。そもそもF1の公式な協力を得るのは極めて困難で、これまで全面的な協力を得た劇映画といえば、『グラン・プリ』(1966)くらい。スティーヴ・マックイーンが私財を投じた『栄光のル・マン』(1971)はその名の通りル・マン24時間レースが舞台だったし、シルヴェスター・スタローンが”音速の貴公子”アイルトン・セナを演じるアイデアから始まった『ドリヴン』(2001)は、F1の支援が得られず、CARTシリーズに舞台を変更する羽目になった。F1を主戦場にしていたフランスの人気コミックを原作とした『ミシェル・ヴァイヨン』(2003)でさえ、映画で描かれたのはラリーやル・マンだった。

その点、本作は違う。
史上最多優勝記録を誇る現役ドライバー、ルイス・ハミルトンがプロデューサーに名を連ね、ついにF1から全面的な協力を取りつけたのである。F1ファンなら実在のチームやドライバーの名前がバンバン飛び出すセリフに熱狂必至だろう。F1の何たるかをよく知らなかった映画ファンにとっては、F1を取り巻く、グラマラスでジェットセッターな世界観は驚きをもって迎えられるはずだ。本作にF1が全面協力した背景には、世界に比べてファンが少ないアメリカ市場への再アプローチを行いたいとの思惑も見える。だからこそ、主演にミスター・ハリウッド、ブラッド・ピットが選ばれたのだろう。

音楽面でも、本作はグローバルな感覚を強く意識している。サウンドトラック・アルバムのプロデュースと監修を務めたのは、アトランティック・レコード西海岸プレジデントを務めるケヴィン・ウィーヴァー。『デイズ・オブ・サンダー』のサントラが、当時のアメリカン・ロックを軸に構成されていたのに対し、今作はワールド・チャートを意識した国際色豊かなラインナップが印象的だ。

【写真】本作に参加したアーティストたち

ロックのテイストを強く感じるのは、エド・シーランがジョン・メイヤーと組んだアリーナロック調の「Drive」と、オルタナ・カントリー畑のクリス・ステイプルトンによるビターな「Bad as I Used to Be」の2曲程度。代わりに幅を利かせているのは、R&Bやヒップホップのテイストをまとった楽曲群だ。カナダ出身のテイト・マクレー「Just Keep Watching」や、BLACKPINKのROSÉによる「Messy」は、グローバル・ポップとブラック・ミュージックの融合的な代表例と言える。 

アルバムから最初に先行リリースされた「Lose My Mind」は、ドン・トリヴァーとドージャ・キャットの共演によるもの。
哀愁漂うエレクトロ・トラックは、前述のハンス・ジマーとワン・リパブリックのライアン・テダーによるプロデュース・制作で、メロディアスな”ラップ・シンギング”を得意とする彼らの持ち味が存分に発揮されている。ロディ・リッチの「Underdog」も同様のアプローチで、いずれもアメリカ以上に国際市場を意識した作りとなっている。

本編ラストシーンで大きくフィーチャーされるのは、プエルトリコ出身のマイク・タワーズによるレゲトン・チューン「Baja California」。90年代ヒップホップの名曲、ブラック・シープ「The Choice Is Yours (Revisited)」を引用しながら、陽気でお祭り好きなキャラを全開にして盛り上げる。オランダの国民的DJ、ティエストによるハウストラックに乗って、セントルイス出身のセクシー・レッドが、クールにラップする「OMG!」も、ヨーロッパのダンスフロアでの爆発が期待される出来だ。

加えて本作には、世界を股にかけるF1を反映するかのように、オーストラリアのドム・ドラや、韓国のペギー・グーなど、各国のハウス系DJたちが先鋭的なオリジナル・トラックを提供している。そんな中でも注目したいのは、UKブラック・ミュージックや、英国チャートで台頭するナイジェリア出身アーティストたちの存在だ。PAWSAのバキバキのハウス「Double C」や、RAYE(レイ)のしなやかなR&B「Grandma Calls the Boy Bad News」は、現行UKブラック・シーンの豊潤さを象徴するナンバーといえる。

そして、バーナ・ボーイ、ミスター・イージー、オボンジャヤール、ダークーといったナイジェリア出身アーティストの楽曲は、”アフロビーツ”と呼ばれる進化系アフリカン・ポップを奏でており、ジョシュアが訪れる世界各国のナイトライフを彩っている。これは、ナイジェリア系英国人であるダムソン・イドリスが演じるジョシュアのルーツの表現であると同時に、グローバルなミュージック・シーンのスタンダードが今やアフロビーツになりつつあることの象徴でもある。人口2億3000万人を擁し、共用語が英語であるナイジェリアの音楽ポテンシャルは、かつて人口300万人のジャマイカからスカやレゲエが世界を席巻した歴史を考えれば、計り知れない。

映画『F1®️/エフワン』は、還暦を過ぎたブラッド・ピットの感動的な奮闘劇である。
しかしその背景に流れる音楽は、世界のポップ・ミュージックがすでに次のフェーズへ進んでいることを示している。アトランティック・レコードの本当の狙いは、その現実をアメリカの保守的なリスナー(さらには日本のリスナー)に伝えることなのかもしれない。このアルバムを聴いていると、そんな野心的な企みがふと頭をよぎるのだ。

そう、このアルバムが奏でているのは、ただのレースのBGMではない。F1という最高のフォーマットを借りて、世界のカルチャーを今まさに塗り替えようとしている、新たなグランプリのファンファーレなのだ。

『F1 THE ALBUM』が鳴らす未来 グローバル・ポップの最前線はF1のエンジン音とともに

『F1 THE ALBUM/エフワン・ザ・アルバム』
VA
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CD:WPCR-18750 / 3,300 yen (tax in) / 初回生産分封入ステッカー特典付き
 
01. Don Toliver - Lose My Mind (feat. Doja Cat)
02. Dom Dolla - No Room For A Saint (feat. Nathan Nicholson)
03. Ed Sheeran - Drive
04. Tate McRae - Just Keep Watching
05. ROSÉ - Messy
06. Burna Boy - Don't Let Me Drown
07. Roddy Ricch - Underdog
08. RAYE - Grandma Calls The Boy Bad News
09. Chris Stapleton - Bad As I Used To Be
10. Myke Towers - Baja California
11. Tiësto & Sexyy Red - OMG!
12. Madison Beer - All At Once
13. Peggy Gou - D.A.N.C.E
14. PAWSA - Double C
15. Mr Eazi - Attention
16. Darkoo - Give Me Love
17. Obongjayar – Gasoline
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