2022年にリリースされた前作『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』がグラミー賞のオルタナティブ・ミュージック・アルバム部門にノミネートされるなど、大きな飛躍を果たしたニューヨーク出身のロック・バンド、ビッグ・シーフ(Big Thief)。同年の初来日公演ではそのジャケットのイラストさながら、メンバー4人が焚き火を囲むように向かい合って演奏し、魔法のようなアンサンブルを聴かせてくれただけに、昨年7月に発表されたオリジナル・ベーシストのマックス・オレアルチックの脱退は、大きな衝撃をもって迎えられることになった。


しかし残されたボーカル&ギターのエイドリアン・レンカーとバック・ミーク、ドラムのジェームズ・クリヴチェニアの3人は、ジャズ・ベーシストのジョシュア・クランブリーを筆頭に、伝説的ツィター奏者のララージ、そして3人の女性ボーカリストと3人のパーカッション奏者を含む、総勢10人のミュージシャンを招集。ニューヨークの歴史あるスタジオ、パワー・ステーションで3週間に渡ってレコーディングされたのが、最新作となる『Double Infinity』だ。

オーガニックでフォーキーだった前作から一転、テープ・ループやシンセによるドローンが波のように寄せては返す、実験的かつ瞑想的ながら、静かに喜びが込み上げてくるようなサウンドとなった本作。バンドという形態を超え、ひとつのコミュニティとして生まれ変わったビッグ・シーフについて、そして気になるマックスの脱退について、バック・ミークが答えてくれた。

Big Thiefが語る、生まれ変わったバンドの新たなサウンドと関係性

Photo by Genesis Baez

マックスの脱退と新たな関係性

ーまずは一昨年にソロで来日した際の感想を聞かせてください。オープニング・アクトだったあなたの妻ジャーメインにもインタビューしたところ、徳島にある”かかしの里”に行きたいと話していましたが、実現したのでしょうか?

バック:日本でのツアーは本当に素晴らしかった。僕にとって、日本は世界で一番好きな場所のひとつなんだ。どの公演もとても温かい雰囲気で、すごく素敵な時間だった。ライブのあとに四国に行ったんだけど、レンタカーを予約していたのに、国際免許が必要なことを知らなくて、結局、車を借りられなかったんだ。だから、電車を乗り継いで、路線バスも乗り継いで、最後はタクシーで山の奥まで向かった。そして、四国の山奥のど真ん中にある、ちいさな小屋みたいなところで1週間を過ごすことにした。だから、かかしの里には行けなかったけど、その代わりにすごく美しい体験ができたよ。
その地域の中で暮らすような感じだった。近くには小さなスーパーがあって、ちょうど稲刈りの時期だったみたいで、地元の農家で採れた、いろいろな種類の美味しそうなお米が売っていたんだ。そのお米を買って、1週間ずっとごはんを炊いて過ごしていた。すごくいい時間だったよ。

ー新作『Double Infinity』はオリジナル・ベーシストだったマックス・オレアルチックが”Interpersonal Reasons(対人関係の理由)”で脱退してから最初のアルバムになります。マックスが脱退した際にバンドが発表した声明文にも、”Our love for each other is infinite(わたしたちのお互いへの愛は無限だ)”という一節がありました。『Double Infinity』という新作のタイトルと意味的に重なっているような気がしますが、いかがですか?

バック :確かにそうだね。そう考えたことはなかったよ。

ー前作の「Blue Lightning」はエイドリアンからバンドのメンバーに宛てられた曲でしたが、新作にもマックスについて言及した曲はありますか?

バック : いい質問だね。(少し考えている)マックスについて直接触れている曲があるかどうかは分からないけど、「Grandmother」という曲は、そういう要素を含んでいると思う。あれはエイドリアンとジェームズと僕の3人で一緒にゼロから作った、初めての曲なんだ。その曲では、変化や、無垢の状態が失われていくことについて歌っていると思うし、そのうえで、新しい関係性や、新たな安定を自分で見出すことを描いている。
そういう意味で、マックスが抜けたあとの過渡期に、僕たちが向き合っていたことが反映されているのかもしれないね。

ー10代の頃からお互いを知っているあなたとしては辛い部分もあると思うのですが、脱退の理由について心配しているファンも多いと思うので、言える範囲でいいので教えてください。脱退を発表した2週間後に新編成によるライブが行われたことを考えると、脱退自体はもっと前から決まっていたように思えるのですが。

バック:その決断に至るまでには長いプロセスがあったよ。(少し考えている)今、ジェームズとエイドリアンと僕の3人は、友人としてもバンドメイトとしてもすごく健全な関係が保たれていると思う。そして、クリエイティブな意味で自分たちを試していくことへの、新たな新鮮味やワクワク感を感じている。今回のアルバムのレコーディングは、今の自分たちがどんな人間なのかを探る、最初の試みだったと言える。つまり、10人のミュージシャンと一緒にひとつの空間で、即興的に演奏しながら新しい曲に初めて向き合って、それをマイクの前でリアルタイムでやるという形。お互いの直感に反応し合いながら、今の自分たちがどんな存在なのかを、このプロセスの中で学ぶことができた。

ー新作の全曲でベースを弾いているジョシュア・クランブリーは、あなたと一緒にボブ・ディランの映像作品『シャドウ・キングダム』に出演していましたが、どういった経緯で参加することになったのでしょう?

バック:初めてジョシュア・クランブリーに会ったのは、『シャドウ・キングダム』のバンドで一緒になったときだった。あの映像作品の音楽監督をしていたのが僕の友人アレックス・サマーズで、彼が僕らを引き合わせてくれたんだ。ジョシュアとはすぐに意気投合して、仲良くなるのに時間はかからなかった。
彼はちょっとお茶目なトラブルメーカーで、撮影中もふたりでちょっとした悪さをして遊んだりしていたよ。ちょうどその頃、フィリップ・ワインローブという友人がいて、彼はここ最近のエイドリアンのソロ作品をエンジニア/プロデューサーとして手がけているんだけど、ニューヨークにシュガー・マウンテンというスタジオを構えている。ジョシュアはそのスタジオでフィリップが最初に声をかけるようなセッション・ミュージシャンで、何枚も一緒にレコードを作ってきたんだ。そういうフィルの推薦もあったし、僕自身が『シャドウ・キングダム』で一緒に演奏した経験もあって、直感的に「彼しかいない」と思ったんだ。実際、(ニューヨークのスタジオ)パワー・ステーションで初めて彼と一緒に演奏した瞬間から、すべてがしっくりきた。ジョシュアは本当に素晴らしいミュージシャンで、メロディックだし、ベースでたくさんのフックを作ってくれる。それに、人柄もすごく温かくて、頼れるし、オープンな心を持っている人なんだ。

ジョシュア・クランブリーがベースを弾くライブ映像

川の流れのような瞑想的サウンド

ー2023年の時点で「これまでツアーで演奏してきた曲は次のアルバムには入れずに、全曲新曲を録音する」という趣旨の発言をしていましたし、実際ほとんどの楽曲はマックス脱退後の2024年7月に初披露されていますが、2022年の日本公演でも披露していた「Happy With You」、それから「Words」の2曲は、もう少し前から演奏しています。この2曲を新作に入れようと思ったのはなぜでしょう?

バック:なんでだろう……?「Happy With You」と「Words」だったよね? 今回のアルバムでは、ある種のドローン的感覚を作りたかったんだ。川が流れているみたいな感じにしたかった。だから、その感覚をもとに、参加してもらうミュージシャンを選んでいった。ララージにはツィターとシンセを使ってドローンを作ってもらったし、僕らの友人で、リアリー・ビッグ・パインコーンというバンドのメンバーでもあるマイキー・ブイシャスにも来てもらい、彼にはライブのテープ・ループを作ってもらったんだ。
彼はTASCAM製の8トラック・テープマシンとマイクを使って、その場にある音——つまり声やバス・ドラムやギターなど——をリアルタイムでサンプリングして、それをテープ・ループにしていたんだ。そして、長さ約3メートルのテープをマイクスタンドのまわりに巻きつけてループを作っていた。しかも8チャンネルあったから、いろいろな音をそれぞれのチャンネルに乗せて、まるでピアノみたいに演奏できるようにしていたんだ。そうやって、彼も僕もドローンを作っていった。

それに加えて、今回はアルバム全体にマントラ的な質感を持たせたいというアイデアがあった。あるフレーズを繰り返すことで、聴き手との関係性が変化したり、その言葉に対する理解が深まっていったりするような。まるでチャントのようにね。だから「Happy With You」と「Words」も、そういったマントラ的な質感があるという理由で選んだところがある。どちらも繰り返しの構造があって、そういう面が共通していると思う。でも、それだけが理由じゃないよ。最終的にはすごく直感的な判断だった。あまり考えずに、感覚で「これだ」と思ったというのが正直なところなんだ。


ーアルバム中、その「Happy With You」と「Grandmother」「How Could I Have Known」「Los Angeles」の4曲はメンバー3人が初めて共作したものだそうですが、具体的にはどういった形で共作したのでしょう?

バック:曲ごとに作り方はそれぞれ違うんだ。僕たちはもう10年バンドをやってきていて、その間ずっと自然な流れの中で曲についての対話を重ねてきた。作曲のプロセスに関しては、最初からずっとエイドリアンがスピリチュアルな意味でもビジョンを示してくれるガイド的存在であり、彼女が曲を持ってきて、それを僕たちが基本的にサポートするという形だった。でも同時に、僕にもジェームズにもそれぞれ強い意見があるから、これまでも対話を積み重ねてきた。その摩擦こそが、バンドを面白くしている部分でもあると思う。全員が対等に何かを持ち寄って、それを妥協して真ん中にまとめていく、みたいなやり方ではないんだよ。自然とリーダーシップの役割は決まっていて、それはもちろんエイドリアンが担っている。でも、メンバー同士の摩擦こそがパワーの源でもあると思うんだ。この10年間において、また、マックスの脱退という変化を経る中で、僕たちの間にも新たな信頼関係が築かれていった。そういう絆を深める経験として、エイドリアンが僕たちを曲作りの場に招き入れてくれたんだ。「Grandmother」は最初から3人で作った、初めての曲だった。完全にゼロからの共作だよ。
「How Could I Have Known」は、ほとんど完成した状態でエイドリアンが持ってきてくれて、僕たちはいくつかの歌詞を手直ししたり、細かい部分を加えたりした。それから「Los Angeles」は、最初の2つのヴァースとコーラスをエイドリアンが書いていて、最後のヴァースを一緒に仕上げたんだ。

ー今年の2月に、ロサンゼルスの山火事の復興支援のためのEPをリリースしていましたよね。「Los Angeles」という曲自体は火事よりも前に書かれたものだと思うのですが、ロサンゼルスという街にはどんな想いがありますか?

バック:僕はロサンゼルスに住んでいるから、この街にはとても強い想いがある。他のどの都市とも違っていて、まずとにかく広大なんだ。だけど、はっきりした中心地というものがない。小さな村の集まりみたいな感覚で、それぞれの地域が星座みたいにつながっている。いろいろな国や地域出身の人たちが、それぞれの文化や食文化を保ったまま暮らしていて、それが共存しているんだ。そして同時に、自然ともすごく密接につながっている街でもある。例えば西側には海があって、北側にはサンタモニカ山脈が広がっている。そこは地中海性気候で、チャパラル(カリフォルニア州などで見られる低木林)やセージの茂み、ライブオークの木が生えていて、とても穏やかな気候なんだ。街の東側にはアンヘレス・クレストという高い山々があって、そこには雪も積もるし、レッドウッドの木もある。さらにその山を越えると、標高1,500メートルの高地砂漠があって、そこもすごく美しい場所。街の北に行くと、手つかずの自然や公共の土地もたくさん残っていて、それが街の中にも自然と織り込まれている。都市の中にも自然保護地区などが意外とあるんだ。だから、一言で言えば、ロサンゼルスは、すごく大きくて混沌とした街なんだけど、その中に文化や産業、人間の営み、そして自然の美しさが全部入り混じっている。そういうところがすごく好きなんだ。でも説明するのは難しいかもしれない。ロサンゼルスというところは、すごく謎めいた場所なんだよ。わかった気になっていても、次の瞬間にはまったく別の顔を見せてくる。まるで違う国みたいな一面が突然現れる、そんな街なんだ。

ーアルバムのプロデューサーのドム・モンクスは前作に参加した4人のプロデューサーのひとりですが、今回なぜ彼と組むことにしたのでしょう?

バック:ドムを選んだ理由はいろいろあるけれど、大きな理由のひとつは、彼が過去に僕たちのアルバム3枚のエンジニアを務めてくれたからなんだ。『Two Hands』と『U.F.O.F.』、それに『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』の一部を彼が録ってくれていて、その経験が今回にもつながっている。ドム・モンクスは、「今のがベストテイクだ」という瞬間を見極める感覚が抜群なんだ。スタジオで同じ曲を5回続けて演奏したら、その中から1つをアルバムに選ばないといけない。でも、メンバーはそれぞれ「ベストテイク」に対するこだわりやバイアスがある。僕だったらギター・ソロが一番良かったテイクを選びたいと思うかもしれないし、エイドリアンだったらボーカルが一番良かったテイクを選びたいかもしれない。でも、ドムはよく、僕たちの第一印象とはまったく違うテイクを提案してきて、それをすごく熱心に勧めてくるんだ。彼が選ぶテイクは、必ずしも一番クリーンな演奏じゃないことが多くて、むしろ最初のテイクであることが多い。まだパートが完全に固まっていない段階で、みんながとにかく耳を傾け合って、その時に感じられるアドレナリンに身を任せて、お互いの音に反応している。そういう瞬間を彼は大事にしている。そういう感覚を僕たちに教えてくれたんだ。

それに、彼はすごく優れたハイファイのエンジニアでもある。いわゆる「イギリスのハイファイ録音の流派」の出身で、グリン・ジョンズの系譜にあたる。彼の音響的忠実度やテープ録音の技術は非常に優れているし、録音の科学と感情の部分の両方を高度なレベルで融合させていて、ナチュラルで本質的なレコーディングをする人なんだ。マイクの置き方ひとつ取っても、すごく独特で、ドラムやギターといった個々の楽器の近くではなく、想像以上に離れた場所にマイクを立てる。そうすることで、個々の音というよりも、その部屋の中で音同士がどう響き合っているか、空間全体の感じを捉えているんだ。それに、今回のアルバムでは10人編成で録音したから、演奏するコミュニティの雰囲気を、ちゃんと感じられる音にしたかった。そういう意味でも、ドムはまさにぴったりの人だった。

ー本作には伝説的なツィター奏者のララージが参加しています。彼が歌う『Vision Songs』というアルバムが好きなので、本作でも彼の歌声が聴けて嬉しかったですが、どういった経緯で参加することになったのでしょう? また、いくつかの曲で彼が演奏している”tablet”というのはiPadのことだと思うのですが、どのように演奏したのですか?

バック:タブレットというのはiPadのことだよ。『Vision Songs』は、僕もララージの作品の中でも特に好きなアルバムのひとつなんだ。ちなみに、このアルバムを最初は3人編成で作ろうとしていた話はしたかな? 最初、マックスが抜けたあと、3人でアルバムを作ってみようとしたんだ。でもうまくいかなくて、頭でっかちになっている気がした。それで、都会に出て、もっと大人数のコミュニティで演奏してみようということになったんだ。そうすることで、「川の流れ」みたいな感覚や、勢いを生み出したかった。その一環としてドローン的な要素を取り入れたくて、誰に頼むのがいいか考えたときに、ララージの名前が挙がったんだ。彼はドローンを奏でるけど、同時にとてもオーガニックなんだ。ツィターやベルなど、アコースティックな楽器をよく使っている。だから有機的な音とドローンのあいだをつなぐ存在としてぴったりだと思った。さらに驚いたのが、彼がiPadも持ってきていて、そこに入っているヴァイオリンやフルートのパッチをすごくうまく使ってくれたんだ。

「無限」には無限のバリエーションが存在する

ー1曲目の「Incomprehensible」のメロディは初めてライブ・バージョンを聴いた時にニール・ヤングの「Helpless」を連想してしまったのですが、どちらの曲にも”オンタリオ”というカナダの地名が出てきますよね。これは偶然でしょうか?

バック:それは偶然だと思うよ。少なくとも意識的ではないだろうね。

ーフォーキーなライブ・バージョンとは違って、「Incomprehensible」や「All Night All Day」のアルバム・バージョンでは、Big Thiefの過去の作品ではあまり聴けなかったダンサブルなビートが採用されています。個人的には90年代UKソウルのグラウンド・ビートを連想してしまったのですが、こうしたビートはどこから着想を得たのでしょう?

バック:先ほども話したように、今回のアルバムでは、川の流れのような感覚を持たせたかったんだ。勢いと動きがあって、祝祭的な雰囲気があって、全体に高いエネルギーが流れているような。だからこそ、あれだけ多くの演奏者を招いた。たとえば、バックグラウンド・シンガーにはアレナ・スパンジャー、ハンナ・コーエン、それからジューン・マクドゥームのアリッサの3人に参加してもらった。そういうのも含めて、とにかく勢いのある作品にしたかったんだ。

ータイトル曲の「Double Infinity」はまだライブでは披露していないと思うのですが、この曲はいつ頃書かれ、どうしてアルバム・タイトルにしようと思ったのでしょう? 

バック:タイトル曲「Double Infinity」は、実はレコーディング・セッションのほんの1週間前くらいに書かれたものなんだ。でもアルバム・タイトルの「Double Infinity」自体は、もう何年も前から仮タイトルとして使っていて、このアルバムのタイトルになるというのはずっと前から決まっていた。僕らは森の中に小さくて簡素なレコーディング・スタジオを作っていて、そこに「Double Infinity」という名前をつけていたから。僕らの生活のなかで88という数字を何度も見かけることがあって、それにちなんで名づけたんだよ。それで、「次のアルバムはこのスタジオで作って、『Double Infinity』という名前にしよう」と考えて、そのタイトルをベースにずっと作業していたんだ。当初は、このアルバムをすごくヘヴィなロック作品にしようと思っていて、シャウトしたり、轟音ギターが鳴ったりするような、そういう激しいロックをイメージしていたんだ。でも実際に出てきた曲たちはその方向性とはかなり違っていたから、最終的には流れにまかせて、曲たちがなりたい姿になるようにした。この曲について言えば、エイドリアンがある朝目覚めたときに、夢の中でこの曲を作っていて、メロディも歌詞も夢の中で書いたものをそのまま朝に書き留めた、というふうに僕は聞いているよ。つまり、彼女の中から自然と生まれてきた曲なんだ。

ーヘヴィ・ロック的な音を意識したということですが、どんなアーティストや作品をイメージしていたのですか?

バック:特定のアーティストを意識していたわけじゃないんだ。どちらかというと、これまで自分たちがライブで経験してきた感覚が基準になっている。たとえば「Dragon New Warm Mountain I Believe in You」という曲は、アルバムではとてもソフトな仕上がりなんだけど、ライブになるとすごくヘヴィなロックの曲になるんだ。エイドリアンが叫んだりしてさ。それから「Not」もそうで、レコーディングの段階でも、そこそこヘヴィに仕上げたつもりだったんだけど、ライブではさらに重くなった。やっぱり大きなサウンド・システムで観客の前で演奏すると、自然と音をでかくしたくなるというか、カタルシスがあるんだ。だから今回は、まずそういうステージでの体感を出発点にして、そこからもっと大きなものを探してみたいという感覚があった。もしかしたらいつか、もっと明確にそれを形にできるかもしれないね。

ー『Double Infinity』というタイトルにはいろんな解釈があると思うんですが、あなたの解釈はどのようなものなのでしょう?

バック:僕としては、どちらかというと哲学的な概念として捉えている。ひとつ以上の無限が共存できるとしたら、それはつまり、無限のかたちには無限のバリエーションが存在するかもしれない、という証明になるんじゃないかと思って。

ーこの曲のサンクス・クレジットに名前があるスティーヴ・フィッシャーという人についても教えてもらえますか?

バック:スティーヴ・フィッシャーは、僕らにとって大切な友人で、イースト・テキサス出身なんだけど、今はオクラホマに住んでいる人なんだ。僕らの中では、彼は史上最高のソングライターのひとりだと思っている。彼とはカーヴィル・フォーク・フェスティバルで出会ったんだ。これはテキサス・ヒル・カントリーで毎年夏に開催されるソングライターたちの集まりで、1972年からずっと続いていて、毎年5月から6月にかけて18日間、ソングライターたちが牧場に集まって、キャンプファイヤーのまわりでお互いに曲を歌い合うというイベントなんだ。スティーヴはそのフェスティバルで出会った人で、いわばそこでの長老的な存在なんだ。僕らは彼のことをとても愛しているし、尊敬している。アメリカ国内では、彼と一緒にライブをやったこともあるよ。

エイドリアン・レンカーの曲をカバーするスティーヴ・フィッシャー

ーアルバムのアートワークは”ライムのように丸い”という「No Fear」の歌詞から来ていると思うのですが、どんな意味が込められていますか?

バック:ライムのように丸い……そうだね、もしかすると「無限のバリエーションが存在する世界」のどこかには、全てがライムでできている宇宙があるのかもしれない(笑)。基本的には問いかけなんだと思う。ただ「何だってあり得るんじゃないか?」という、遊び心のある表現というか、「何でも可能なんだ」というメッセージなんだと思う。

ー「Terrifying」など、既にライブで披露されているのに、アルバムに収録されなかった曲がいくつかあります。前作のように2枚組でリリースするという方法もあったと思うのですが、今回比較的少ない9曲に絞ってリリースしたのはなぜでしょう?

バック:そうだね、たしかに50曲くらい書き溜めていて、そこから16曲くらいに絞ってレコーディングに臨んだんだ。「Terrifying」がその16曲に入っていたかはちょっと定かじゃないけど……。とにかく、アルバム作りとは直感的なプロセスで、ある意味では錬金術みたいなものなんだ。スタジオに入って実際に何が起きるかに反応しながらじゃないと、最終的にどんなものになるかは自分たちにも分からない。今回アルバムに収録した曲たちは、それぞれの関係性に基づいて選んだんだ。つまり、1枚のディスクとして存在するために、どんな曲たちが必要なのか、どんな流れが自分たちの心をつかむのかということを直感で判断していった。だから、最初はいろんな可能性を広げて、その中からストーリーを探っていった感じなんだと思う。「Terrifying」を今後レコーディングしてリリースするかどうかは……可能性はあるけど、まだ分からないね。

ー『U.F.O.F.』と『Two Hands』の時のように、短いスパンでもう一枚のアルバムがリリースされる可能性もあるのでしょうか?

バック:あるかも? ないかも? ヘヘッ(笑)。

ー日本盤のボーナストラック「Giving it All」には〈スティーヴィーは彼の曲の中の女の子と一緒になるために、3000キロもドライブした〉という歌詞が出てきますが、これはスティーヴィー・ワンダーでしょうか? それともスティーヴィー・レイ・ヴォーンでしょうか?

バック:これはたぶん、スティーヴ・フィッシャーのことを指していると思う。ちょっと注目していてほしいんだけど、彼の新しい音楽がもうすぐ出るかもしれないという話を小耳にはさんでるんだ。

ー「Giving it all」の背景についても教えてもらえますか?

バック:あの曲も、たしかニューヨークのパワー・ステーションでの3週間にわたるレコーディング・セッションで録ったものだったと思う。大人数のバンド編成で、セッション中はずっとジャムしていた。本当に高密度な、何時間もひたすら曲を繰り返し演奏するようなジャム・セッションが続いていたんだ。「Giving It All」が録音されたあの瞬間は、そうした流れの中でちょっとした対極というか、バランスを取るような役割だったと思う。あれはセッションの終盤、たぶん2週間半くらい延々とドローンっぽい演奏を続けたあとで、スタジオの中の空気として、もう少し静かで内省的な時間が必要になったんじゃないかな。僕たち自身にとっても、そういう瞬間が必要だったんだと思う。

ー今後のツアーでは、どういったメンバーで演奏するのでしょう? ライブでの再現が難しい曲もあると思いますが、どういった形で提示したいと思っていますか?

バック:今回のアメリカ・ツアーでは、基本的にジョシュア・クランブリーを加えた4人編成でまわる予定だよ。正直、どうやってあの曲たちをライブで再現するのか、まだ全然分からない。でも、これまでもそうだったように、そのときその場で、曲が求めている形で演奏するつもりだよ。加えて、大所帯のバンドでのライブも何回かはやりたいと思っているんだ。少なくともニューヨークでは、参加してくれた演奏者たち全員でステージに立てたらいいなと思っている。彼らの多くがニューヨークに住んでいるからね。曲たちがどうステージで変化していくのかは、自分でもすごく楽しみにしている。そして4人だけでも、あの大人数のバンドのスピリットをどれだけ呼び起こせるか、4人でどこまで空間を満たせるか、そこにもすごくワクワクしてるよ。

ー日本でまた近々観られる日を楽しみにしていいんでしょうか?

バック:もちろんだよ。それも計画しているところ。なるべく早いタイミングで日本に行きたいと思ってるよ。ありがとう! またねー!

Big Thiefが語る、生まれ変わったバンドの新たなサウンドと関係性

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