2012年の『Casting For Gravity』でエレクトロニック・ミュージックの要素を取り込み始め、そこから2015年にリリースされたデヴィッド・ボウイの遺作『★』に参加することに。
僕(柳樂光隆)はダニーの試みを、非常に重要な営みだと考えている。ジャズと他ジャンルの融合が語られるとき、特にエレクトロニックなサウンドやエフェクトを導入する際には、多くの場合「ジャズ的な要素をどれだけ抑えるか」が成功の鍵とされてきた。つまり、音数を減らすこと、変化やダイナミズムを抑えることなど、「やらないこと」が求められてきた。しかしダニーは、ジャズ・サックス奏者として吹くことを貫きつつ、エレクトロニックなサウンドの中に溶け込むような、ギリギリの均衡点を探り続けているように見える。
『Lullaby for the Lost』は、そうした試行錯誤の最前線に位置する作品であり、なおかつその到達点のひとつだ。ジャズ・サックスの魅力とエレクトロニックなサウンドが見事に共存している。今回は、ボウイと出会って以降の挑戦を振り返りながら、この会心作についてダニーに語ってもらった。
生前のボウイが教えてくれたこと
―ボウイとの出会いが『Beyond Now』(2016年)を生んだとも言えると思います。今振り返って、ボウイとやったことで変わったのは作曲、演奏のどんな部分だったと思いますか?
ダニー:今になってみると、『Beyond Now』はデヴィッドとやったことが持つ意味を捉えることができた第1章、『Blow』(2018年)がその第2章、そこからどんどん広がっていったと思える。
デヴィッドがよく言ってたのは「ダニー、不安を感じる時こそ前進してる証拠だ」ということだった。
もう一つ思い出すのは『★』のレコーディングに取り掛かる前に、彼から「これを人がジャズと呼ぶのか、ロックと呼ぶのか、そんなことは心配せずにただ楽しんでプレイしよう」と言われたこと。僕自身は前からそういう気持ちでやっていたけれど、それって実は勇気が必要だったんだ。でも彼の口からはっきりと言葉にしてもらえたことは、確信を得られた瞬間だった。僕らがやってること、これから僕らがやろうとしていることを、彼が信頼してくれてる証だったからだ。そういう意味で、『Blow』も『Lullaby for the Lost』も、自分が頼りにしてきたものから敢えて外れて挑戦したアルバムだ。ギャンブルに例えるなら、持ってるチップを全部テーブルに置く覚悟で臨んだ……というのかな。
Blow. Donny McCaslin
―なるほど。
ダニー:作曲面でどうだったかというと、デヴィッドは本当に直感的な作曲をする人だった。音楽を学校で学んだわけではないし、和声の授業を受けたこともなかったと思う。
何が学びだったかといえば、自分がこれまで教え込まれてきた、理論的な分析に頼るのではなく、もっと直感を信じ、流れに任せられるようになったことだ。「今このコードにいるから、次はVIのコードかIVのコードに行かなくちゃ」と理屈で考えるのではなく、もっと直感的に展開させられるようになったと思う。
―直感的な部分もそうですが、『★』でボウイとプロデューサーが作っていた音楽は、今まであなたがジャズミュージシャンたちとライブ的な発想で作っていたものとは全く違うものだったはずですよね。ボウイがやっていたのは録音と編集と作曲がほぼ同じ意味を持つ……とでも言えるようなもので。
ダニー:それはあるね。『Blow』は自分でもどこが最終地点なのかがわからないままに制作を始めたアルバムだった。準備の段階では、歌詞やメロディといったボーカルに関する部分に焦点が当たっていたので、サックスの役割については、正直スタジオに入った後もまだはっきりとしてなくて。でも、レコーディングが始まれば、自然と明らかになるはずだと信じていた。
実際、スタジオではスティーヴ・ウォールがプロデュースとミックスを手掛けてくれたことで、その通りになった。彼はマーク・ジュリアナとも長い付き合いで、『Beat Music Live in LA』や『Beat Music! Beat Music! Beat Music!』、ジェイソン・リンドナーの『The Buffering Cocoon』のミックス&プロデュースもしている。だから僕ら全員にとって、信頼できるメンバーの一人だったんだ。スティーヴのリードが素晴らしかったおかげで、短い期間で、驚くほどたくさんの内容を録音することができたし、その間、全員のヴィジョンは一致してた。サックスの役割に関して言えば、さっきも言ったように、やりながらスタジオの中で少しずつ形になっていったので、時には不安に感じることもあった。地図もGPSもないままの旅だ。でも結果的にはうまくいったと思うし、満足が行くものに仕上がったと思うよ。

Photo by Dave Stapleton
―ジャズ系のアルバムはリーダーであるミュージシャンが主導を取ることが多いですが、『Blow』以降はロック/ポップミュージックの制作方法のように、プロデューサーに委ねる部分も大きかったと思います。
ダニー:そう。まさにその権限を手放すプロセスだよ。それがこれまでとの違いだった。とは言え、最終的な決定権は自分にあるわけで、僕はプロデューサーではないにせよ、制作にはかなり関わっている。最終ミックスを受け取り、手を加えるか、そのままにするか、聴いて決めるのは僕自身だ。そんな中で、いかにアコースティック・ジャズ的な考え方からパラダイムシフトするか。そこが一つのチャレンジになる。なぜかっていうと、アコースティック・ジャズのミックスだと、サックスは前面に出るのが普通だ。でもロック的な感覚だと、サックスは少し引っ込んで、周りの音を聴かせなきゃならない。そうすることで、全体の音が大きく感じられて、曲自体が壮大さを増すからだ。でも僕はジャズの伝統に慣れてるので、サックスが前面に出てないと、ちょっと物足りなく思えてモヤモヤすることもある。その一方で、ポリスのアルバムをかけると、スチュワート・コープランドのドラムが前に出ていて、スティングがミックスのド真ん中にいても、すごくかっこよくて、たった三人なのにものすごく大きな音に聴こえることに気づく。
前作『I Want More』では、デイヴ・フリッドマンにプロデュースとミックスを頼んだ。彼が持ち込んだ音響的な要素も大きかったと思う。その時は「ベースが大きすぎないか!? これでいいの?」と思ったりしたよ。でも、最終的にイエスかノーかを判断したのは僕だ。新しい感覚を受け入れることは、プロセスの一部だったんだ。何がこの音楽にとっていいことか、何を音楽は求めているか……それを感じ取り、実行するだけだったよ。
―そういったプロセスを経たことは、あなたの演奏や作曲にどんな変化をもたらしたと思いますか?
ダニー:そういう方向に向かい始めてから、ジャズ以外の音楽を多く聴くようになったと思う。自分のクリエイティブな無意識に働きかけたくて、そうしてたんじゃないかな。何を聴けばいいのか、いつもわかるわけじゃないけれど、想像力を刺激されるものを見つけた時は、何度も繰り返し聴いて、その感覚を無意識のレベルで吸収しようとした。そうやって聴いていた、たとえばニール・ヤングの『Le Noise』みたいな雰囲気で、自分でも曲を書いてみようと思うこともあった。決してコピーするわけじゃない。僕の想像力を捉え、インスピレーションを与えてくれたその音楽の精神が、僕にどんな曲を書かせてくれるのか、どこに向かわせてくれるのか。
デイヴ・フリッドマンとの出会い、機材の探究
―『I Want More』でデイヴ・フリッドマンにプロデュースとミックスを頼んだ理由は?
ダニー:カナダ人のギタリスト兼シンガーで、『Blow』でも何曲かに参加してるライアン・ダールとのプロジェクトで、アルバムを作ることになった。そのアルバムのミックスを手掛けたのがフリッドマンだった。
ちょうど『I Want More』のレコーディングと時期がかぶってたこともあり、彼が僕らのインストゥルメンタル作品をどう捉えるか、試したらすごく面白いんじゃないかと思ったんだ。最初、デヴィッドからは「僕にはジャズのレコーディングの経験は一度もないんだけど……」と戸惑われたけどね。
―デイヴ・フリッドマンはザ・フレーミング・リップスなど特殊なロックバンドとの仕事で知られてますが、彼との作業で何か印象的だったことはありますか?
ダニー:彼のプロダクションやミックスには、とにかく強い個性がある。オルタナティブで、挑発的で、大胆不敵。初めて「Body Blow」を聴いた時は、本当に驚いた。ドラムンベースにインスパイアされた曲で、僕がソロを取る。そこには素晴らしいエフェクトがかかっていて、その後のリズムセクションのソロも圧巻。彼が作り出すのは、驚きに満ちた音の世界なんだ。ディストーションがたっぷり効いてて、とにかくパワフルな音響空間が広がっている。聴いているとつい引き込まれてしまう深みがあって、まるでゴッホの絵画のようだった。ゴッホの色彩や筆のタッチに彼の感情が宿っているように、フリッドマンのミックスにも強い情感が感じられる。音の層が何層にも重なって生まれる、驚きの世界がそこにはあるんだ。別の例えをするなら、長編小説のようでもある。いくつもの伏線が交差し、絡み合い、最後に大きな物語が浮かび上がる、というか。
そして僕らの生演奏には、原始的で、時にパンク的と呼んでいいくらいのエネルギーがある。デヴィッドはそれを理解し、ミックスでさらに増幅させてくれる。だから、彼の手にかかると僕らの音楽はロックアルバムのように響くんだ。僕らの言語を理解し、それをどう表現すればいいか、彼は知っているんだよ。
―彼のプロデュースする作品で演奏したことで、あなたの演奏も変わりましたか?
ダニー:『I Want More』をあとから自分なりに聴き返した時、サックスの処理の細部に気づき、すごく刺激を受けたんだ。それがその後の演奏にも影響を与えてくれたと思う。「確かこんなリバーブがかかってたな。じゃあ、それとはまた別のやり方を試してみよう」というように。サックスの音をどう操るか、たくさんのヒントをもらった気がする。
ボウイと話した時、もう一つ言われたのは「ダニー、君の未来には、サックスを使って電子的に音を何通りにも操り、即興する姿が見える」ってことだった。近年まさに僕がやってるのは、まさにその通りのことだ。スタジオ作業やプロダクションの美学を学び、その方向性をはっきりさせることができた。
要するに、サックスをリード・ボーカルのように扱うということ。これが自分のバンドでの役割の考え方を形づくり、僕の作曲法にも影響を与えてくれた。今は曲を書くとき、リードのメロディはサックスというよりは、ボーカルに向けて書くんだ。「これを歌えるかどうか?」と考えるし、作曲するときにはほとんどサックスを吹かない。シンセを使うか、自分で歌って書いているんだ。
―ところで『Blow』と『I Want More』の間のある時点で、積極的にエフェクターやペダルを使うようになりましたよね。その頃、サックスの音を録るマイクを変えましたよね?
ダニー:ある時から「もっと音の選択肢が必要だ」と思うようになったんだ。それで、エレクトリックの世界に踏み込んだ。そしたら、全く新しい可能性が開けたんだよ。シンプルなフレーズを吹いても、音の操作によってまるで違う表情が生まれる。それがその時の自分に、本当にしっくり感じられた。これだと思ったよ。
最初はベルにクリップ式マイクを付けて、持ち運び用のプリアンプに通し、リバーブ/ディレイ・ユニット(EarthQuaker Avanlanche)に繋いでいた。Fairfield Circuitry社のリングモジュレーターも使っていたよ。どちらもすごくよくて、しばらくはそれでツアーをしてた。でも問題もあって、クリップ式マイクだとステージ上の他の音を拾ってしまうから、バスドラの音が入ってしまったり、会場によってはハウってしまい、一か八か的な要素もあった。それにプリアンプ、マイク、ペダルを全部持ち歩くとなると、スーツケースはかなりの重さになってしまう。ジャズミュージシャンのツアーには正直向いてなかったんだ。
―なるほど。
ダニー:そんな時にVictor Egea社が開発したINTRA Micというマイクを知った。ネックピースのコルクの中にごく小さなマイクを仕込み、その上にマウスピースを装着する。マイクは小さなプリアンプに繋がってて、そのプリアンプはカチッとベルの(側面の)部分に取り付けられる。だから、全体が軽量でコンパクトなんだ。
今は、LINE 6 HX EFFECTSというギターペダルも使っている。6種類のエフェクトを同時に使えるようになってて、曲ごとにリバーブ、ディストーション、ピッチ変更、EQ、ディレイなどをあらかじめセットしておける。演奏中、最初は素の音で初め、途中からリバーブを踏んでかけたり、ディストーションやピッチシフト、ディレイの切り替えを足元で操作できる。サックス奏者にとっては演奏しながらの手での操作は大変だから、実にありがたい。
このセットアップを使い始めて2~3年。すごくいいよ。INTRAマイクは音がダイレクトに入って余計な音を拾わないし、ハウったりもしない。クリーンな信号だ。おかげで、ハウリングの心配をすることなく、安心して自由にエフェクトをかけられるようになったね。
―そのセッティングでやるようになって、どう演奏が変わったと思いますか?
ダニー:自由を手にしたっていうか、創作のチャンスが広がったと思う。サウンドを6通りの方法で表現できる新しい世界への扉が開いた感じだ。さっき話したボウイのアドバイスに近いことを、まさに今やれている気がする。前は出来なかったことが、即興で音を操る形でできるようになったっていうか、チャンスが常にあるという感覚だね。
―新しい機材がもたらしたものは大きかったんですね。
ダニー:若いサックス奏者にも、ぜひINTRAマイクを手に入れて、Earthquaker Avanlancheペダルに繋ぎ、ディレイやリバーブをかけたプレイを始めてほしい。探究すべき新しい世界がそこに広がるはずだよ。Fairfieldリングモジュレーターもおすすめだ。Eventideから出た新しいペダルは見た目も最高にカッコいい。そんなふうにギアを手に入れれば、プロデューサーがいなくても一人でやれる。でも、スタジオで”作品として残す”となると、やはり最高の音を出せるエフェクトを使いたい。Helix 6のディレイでも音は十分にいいんだけど、Eventideのディレイの方がさらにいいかもね。でもEventideはものすごく大きくて重いから、ツアーには持ち運べないんだよなぁ……って感じだよ。
『Lullaby for the Lost』での挑戦
―新作の『Lullaby for the Lost』はギタリストが効果的に入っているアルバムだという印象を受けました。LINE6ペダルはギターペダルだということですが、ここ数年であなたはギタリストが出せるエフェクトへのリテラシーがかなり上がったんじゃないかと思います。そのことと新作の音作りや作曲に関係しているのかと思ったのですが、いかがですか?
ダニー:一言で言っちゃうと「その通り!」なんだけど(笑)……アルバムにおけるギターの役割は、あくまでも自然な流れで決まったと思う。
「KID」はティム・ルフェーヴルと書いた曲で、『I Want More』の時に録音したものの、完成させられず、何カ月も放置されてた曲だった。ある時また聴き返して、ティムがごく自然にギターをたくさん加える形でプロデュースしてくれた。それをフリッドマンに送ったところ、素晴らしいミックスになって戻ってきた。その瞬間、『Lullaby for the Lost』の方向性が見えて、自分が書きたい音楽がはっきりと見えた。ギターが際立っていること、そしてティムの弾き方──そこにはロック的な精神と美学が宿ってて──それを耳にしたとき、すごく刺激を受け、それがアルバムの土台になったんだ。
ダニー・マッキャスリン(ts)、ジェイソン・リンドナー(synth, el-p)、ベン・モンダー(g)、ティム・ルフェーヴル(el-b, g, synth, synth b)、ジョナサン・マロン(el-b)、ザック・ダンジガー、ネイト・ウッド、マーク・ジュリアナ(ds)
★2024年12月18日、19日、ニューヨーク、バンカー・スタジオにて録音
―アルバムのコンセプトは?
ダニー:きっかけは、ニール・ヤングが『Saturday Night Live』で披露した「Rockin in the Free World」のパフォーマンスだ。ツアー中にティムから見せられ、二人してその圧倒的なパワーに完全に魅了されてしまって。むき出しのエネルギーはパンクと呼んでいいくらい、めちゃくちゃぶっ飛んでた。「ああいう感覚を演奏しながら表現できる曲を書きたい」と思って書いたのが「Wasteland」だ。
さっきも名前を挙げたけど、ニール・ヤングでいうとダニエル・ラノワがプロデュースした『Le Noise』の影響も大きかった。特に最初の3曲──基本、ギター1本とニールの歌だけなんだけど、すごくパワフルで。しかもギターが驚くほど美しく録音されていた。自分のシンセから、それに近いギターのサンプル音を探し出し、即興で書き始めた曲が、最終的にタイトル曲「Lullaby for the Lost」になったんだ。
―ニール・ヤングの存在が大きかったんですね。
ダニー:他にはナイン・インチ・ネイルズもね。ティムと僕が共通で大好きなバンドだ。彼らがプロデュースしたホールジーのアルバム『If I Can't Have Love, I Want Power』は名盤だと思う。トレント・レズナーとアッティカス・ロスのプロダクションは圧巻だし想像力をかき立てられる。彼らがよく用いる、ルート音→ナチュラル3度→フラット3度という独特の和声の動きは、NINでもよく耳にするし、このアルバムでも聴こえてくるはずだ。それが「Stately」の基盤になっている。
「Blonde Crush」は若い頃、大好きだったブロンディとカーズの思い出を曲にしたんだ。曲は書けたけど、問題はそれをどうやって単なるレトロソングではない、2025年のサウンドにするかだった。プロデューサーとしてティムが見事な仕事をしてくれて、ジェイソンも一緒に音を操作し、最大限の効果が引き出せる曲の形を目指したんだ。
「Tokyo Game Show」はティムのアイデアから生まれたと言っていい。いつもサウンドチェックを録音するようにしてるんだ。即興演奏が飛び出てくることが多いからね。ティムはある種の”仕掛け人”。彼が効果的なベースラインを弾き、それにみんなが自然と乗っかって、ジャムが始まっていく。あの時も、彼が弾いたベース音がすごく良かったから、僕がそれを曲にしたんだ。曲を推し進めるのは、恍惚感のあるベースライン。その上に広がるのは、即興的かつ原始的なエネルギーが高まる空間。その真ん中で即興演奏するメンバーはまるでMachine Girl みたいだったりする……そんな曲だよ。

Photo by Dave Stapleton
―今回は特に音作りやスタジオワークにこだわったのではないかと。でもプロデューサーはティム・ルフェーヴルが務めているので、今作はこれまでプロデューサーに委ねていた部分を自分たちでやったのではないかと思ったのですが、どうでしたか?
ダニー:スタジオに入る前の準備はしたよ。ティム、ジェイソンと僕とでツアーを回りながら、音や曲の構成といった細かい部分まで話し合った。そうすることで、スタジオに入ってからは、演奏だけに集中することができると思ったからね。実際のスタジオワークは2日間。そこでかなりの曲数を録音し、オーバーダブを重ねた後は、ティムがファイルを自宅に持ち帰って、ベースを加えたり、「Wasteland」や「Blonde Crush」や「Solace」にギターを重ね、シンセサイザーの音色を加え、さらに編集作業をしてくれた。その過程ではZoomで繋いで、僕も一緒に曲を聴き、いろんなことを決めていった。
同時にジェイソンも自宅でオーバーダブをしてた。最終的には、僕がもう一度スタジオに入って、サックスや木管楽器を録音したよ。そんなわけで、プロダクション作業はかなりこだわったと思う。ただ、全ては最初のスタジオでライブ録音した上に積み重ねられた、という感じだね。
―そのあと、何人かのエンジニアにミックスしてもらったと。
ダニー:全体のラフミックスはティムが作り、その後デイヴ・フリッドマン、スティーヴ・ウォール、Steve Wall、Aaron Nevezieに曲を送り、こちらのイメージをおおまかに伝えた。最終的には、ミキサーが複数いるにも関わらず、1枚のアルバムを通して一貫した美学が貫かれたんだ。
―最初聴いた時、バスドラの鳴りがすごくてびっくりしました。
ダニー:「Blonde Crush」のバスドラには僕もびっくりしたよ(笑)。あれはデイヴ・フリッドマンのミックスだけど「バスドラが大すぎないか?」と正直思ったよ。さっきも話したけど、アコースティック・ジャズのバックグラウンドからすると、ああいうバスドラには違和感がある。でもだからこそ、音楽を全く別の音響的空間に置くことができて、そこであるべき姿としてリアルに響かせるんだろうね。
―しかし、 典型的なジャズ・サックス奏者だったあなたが、いつの間にかスタジオ・ミュージシャンのように様々な機材を使いこなし、プロデューサーのようなアルバムを作るようになった。すごい変化ですね。
ダニー:この旅路は僕自身も予想していなかった。もし君と15年前に話をしてたら、こんな展開はまるで予想できなかったと思う。でも実際そうなったわけで、それは僕にとって真実だと思える音楽を追いかけ、できるだけ誠実に、勇気を持って取り組もうとした結果だ。それは時に、ジャズ的なメンタリティを手放すことを意味している。「もっとたくさん音を吹かなきゃ」という思い込みや期待。それを捨て、その瞬間に生き、流れのままに身を委ねる。たとえ居心地が悪かったり、どう転ぶかわからなかったとしてもね。最終的にそれが本物なら、きっと面白いものになると信じてたんだ。

ダニー・マッキャスリン
『Lullaby for the Lost』
発売中
再生・購入:https://donny-mccaslin.lnk.to/LullabyfortheLost