10月13日に開催されたLOUD PARK 25。本番前のBullet for My Valentine(ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン)、ボーカル&ギターのマット・タックにインタビューを敢行。
激しさの中にも華が宿るステージで、デビュー・アルバム『The Poison』の名曲たちが色褪せず響き渡り、長年の経験に裏打ちされた圧巻の安定感を見せつけたのだった。

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ー日本とは長い付き合いですね。LOUD PARK、サマーソニック、単独公演などを含めて、もう15年以上になります。日本の印象は、年月とともに変わりましたか?

マット:変わったというより、来るたびにどんどん好きになっていく感じだね。最初に来たのは2004年か2005年だったと思うけど、当時の自分はヨーロッパの外にほとんど出たことがなかったから、ここでライヴをやって日本にいるっていう体験は、すごく非現実的でクレイジーに感じた。だから印象が変化したというより、敬意と愛着が回を重ねるごとに増している。今では、来日するたびに本当に特別な場所だと感じるよ。

ー今回は2005年のデビュー・アルバム『The Poison』発売20周年を祝うスペシャル・セットですが、このデビュー作はUK発モダン・メタルを世界に定着させた金字塔でもあります。『The Poison』を聴いてバンドを始めたという若いミュージシャンやオーディエンスから言われることも多いのでは?

マット:本当にたくさん言ってもらえる。光栄そのものだよ。バンドを始めて、アルバムを書いて録って……っていう最初の段階では、目の前のことに夢中で、何十年も先にまで影響が残るなんて想像もしない。しかも同世代だけじゃなくて、これから音楽やヘヴィメタルに踏み出す若い子たち――男の子も女の子も――にとっての入口になっているなんてね。
ミート&グリートでもライブでも、「最初に聴いたメタルがBFMVだった」「あなたたちを聴いてギターを始めた」と言ってくれる人が毎回のようにいる。20年たった今も、このアルバムが新しい世代を鼓舞していると実感できるのは、本当にうれしい。

ーすでに日本以外では「The Poisoned Ascendancy Tour」で『The Poison』再現ライブを披露していますが、このアルバムの収録曲をライブで通して演奏し、オーディエンスとシェアしてみて改めてどんな気分ですか? 何か発見などはありましたか?

マット:最高だよ。UKとヨーロッパ、最近は北米でもやったし、今日は日本で、次はオーストラリア、その帰りにシンガポールもある。今年やるべきことだと感じたし、この機会はもう二度とないかもしれない。次の節目が来ても、同じ形ではやらないと思う。『The Poison』は僕らの人生を変えたアルバムで、どんなジャンルでもデビュー作があそこまで”爆発”するのは特別だよね。20年前に聴けなかった世代に曲本来の姿で触れてもらう機会でもあるし、長いキャリアの中で脇に置かれてしまった曲をふたたびステージに戻す機会にもなった。過去を一歩引いて見つめ直す時間を持てたのは大きい。自分たちがどこから来て、今どこにいるのかを再確認できた。今年はリフレクション(振り返り)の年。これで一区切りついたら、また未来に向かっていける。


ー『The Poison』時代の自分と、2025年の自分で”変わらない核/変えたもの”は?

マット:変わらない核は、自分たちのベスト・バージョンを目指すこと、そしてこれを仕事としてできている幸運を理解して感謝すること。子どもの頃に夢見たことを、今も現実として生きているわけだからね。変わった部分で言えば、充足感や楽しさを追求する姿勢かな。20年もバンドを続けて、ツアーして、作曲して、毎晩ステージに立って……っていうのは肉体的にも精神的にもハードだし、時に繰り返しのように感じる瞬間もある。そういう時は原点の価値観に立ち返る。結局それが自分たちを動かし続ける。”バンドにいること””曲を書くこと””ステージに立つこと”への飢えが、個人としてもバンドとしても僕らを駆動しているんだ。大変な局面も多いけれど、この仕事を持てていること自体が美しい。その感覚をしっかり握りしめていたい。

Bullet for My Valentineが示す、衰えぬ美学 『The Poison』20周年を語る

©LOUD PARK All Rights Reserved.

最後に立ち返るのはボーカルだ

ー今ではBullet for My Valentineはモダン・ヘヴィ・メタルやメタルコアを広めたバンドとして評価されていると思いますが、20年前、あなたの頭の中にあったビジョンはどんなものでしたか? イメージしていたバンド像やサウンドはありましたか?

マット:正直言うと、特定のビジョンはなかった。とにかく自分たちであり続けること。自分たちが聴きたい音楽を、自分たちのために作っていた。
ある意味自分本位かもしれないけど、アートって本来そうあるべきだと思う。外からどう見えるかとか、トレンド的に”クール”かどうかを気にしていたら、本当のアーティストではいられない。僕らのメタルは折衷的だ。デフ・レパードからスレイヤーまで、それらの間のすべてを聴いて育った。だからそれらの影響を自分たちなりにマッシュアップしただけ。『The Poison』が他の多くのメタル作品と違うのは、その音楽的な多様性だと思う。ヘヴィで、アンセミックで、時にちょっとダサかったり(cheesy)もする——でも臆せずにやりたいことをやった。そこがアルバムの美点だし、僕らがずっとやってきたやり方なんだ。

ー前身バンド結成の1998年頃というと、ちょうどラップメタルやニューメタルが流行っていた時期ですよね。いわゆる”シーン”というもので考えるとしたら、あなたたちはどこに属していた感じなんですか?

マット:何かになろうとはしていなかった。当時ニューメタルは巨大だったけど、僕はメタリカ、メガデス、スレイヤー、パンテラのような、もっとテクニカルで”伝統的”なメタルに惹かれていた。だからニューメタルはクールだと思いつつも自分の心はそこにない、少し異質な存在だった。
僕らはイメージよりも演奏とソングライティングを重視していたし、特定のシーンに属す意識はなかった。今もそうだと思う。エモからメタル、そしていわゆるメタルコアまで、ジャンルをまたいで立っている感じ。人はバンドをラベリングしたがるけど、僕らは当てはめにくい。曲ごとに”あるべき姿”が自然に出てくるからね。ウェールズの小さな町で育った当時、そもそも「属すべきシーン」が近くにあったわけでもない。大きな影響に憧れつつ、実際に曲を作り始めたら自分たち自身になっていった。それだけの話なんだ。

ーデビュー・アルバムが20年を超えても色褪せない理由は”曲の構造”にもあるのでしょうか? これからバンドで世界を目指そうと思っている10代が最初に身につけるべき作曲の基礎(リフの反復、ダイナミクス、フックの置き方など)があれば教えてください。

マット:まずは自分に正直であること。誰かに合わせて自分を変えない。その上で、曲の構造は決定的に重要だ。
なぜ特定の曲やアルバムが特別なのか——”公式(フォーミュラ)”を分解して学ぶといい。そして何より大事なのはボーカルだと思う。リフやソロ、ドラムのグルーヴも重要だけど、良い曲の焦点はコーラスの歌にある。キャッチーで、アンセミックで、歌詞が胸に刺さり、共感できること。ここをクリアできれば、半分は成功に近づく。実務的には、4分前後に収めるなど冗長にしない工夫も有効。言いたいことを明確にし、可能な限りハートフルでリレイタブル(※他人が自身の経験や感情と関連付けて理解しやすい、共感しやすいという意味)にする。そこに素晴らしいリフ、強い構成、最良の音色、良い歌詞、そして最高の歌が乗れば、”キラー”な一曲に近づく。毎回そうはいかないけれど、最後に立ち返るのはボーカルだね。

ーもしあなたがキュレーターになって、メタル以外のアーティストも自由に呼べる理想のフェスを組むなら誰に声をかけますか?

マット:超折衷主義でいくよ。ブルース・スプリングスティーンやルイス・キャパルディから、Lorna ShoreやParkway Driveまで。さらにはDavid GuettaやCalvin Harrisのような大物プロデューサー/DJだってアリだ。
年齢を重ねるほど、アーティストとソングライティングを深く評価するようになった。雑食であることは素晴らしい祝福だと思う。音楽は人生のサウンドトラックになって、過去へ連れ戻しもすれば、未来をインスパイアもしてくれる。耳を開いて、できる限りなんでも聴くべきだ。きっと人生を救うし、忘れられない瞬間をくれるからね。

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