しかし82年にバンドは一旦空中分解。ディフォード&ティルブルックはデュオとして84年にセルフ・タイトルのアルバムを発表したが、『Cosi Fan Tutti Frutti』(85年)以降は再びスクイーズ名義での活動に戻る。87年にはビデオが反響を呼んだ「Hourglass」が米15位、英16位とヒット、MTV世代の支持も獲得した。
バンドは99年に解散したが、2007年にリユニオンが実現。久々のオリジナル・アルバム『Cradle To The Grave』(2015年)は全英アルバム・チャートで12位まで上昇した。飛行機嫌いのクリス・ディフォードは残念ながら不参加だったが、2016年に三度目の来日も果たしている。
2017年の『The Knowledge』以来となる最新アルバム『Trixies』は、デビューの遥か以前、1974年にディフォード&ティルブルックが共作しながら、お蔵入りになっていたコンセプト・アルバム1枚分の楽曲を、現在のメンバーで再録音したもの。A&M期よりも陰影に富んだ詞世界と、記憶にこびりつくメロディは想像以上に強烈で、当時10代後半だった二人の共作とはにわかに信じがたい佳曲の数々に驚かされる。
しかも『Trixies』を完成させる上で大いに貢献したのが、2020年に加入した元ザ・ルーツのベーシスト、オーウェン・ビドルだったと聞いて興味津々。アルバムのプロモーションで忙しいグレン・ティルブルックをキャッチして、新作の背景についてたっぷり語ってもらった。
『Trixie』の先行シングル「You Get The Feeling」ミュージックビデオ
ディフォード&ティルブルック「運命の出会い」
─新作の話に入る前に、レコーディングで活躍したというベーシスト、オーウェン・ビドルについて聞かせてください。
グレン:共通の知人を通して知り合ったんだ。僕らの大ファンだというザ・ルーツと仕事をしたこともある、スティーヴン・マンデル(エレクトリック・レディ・スタジオでディアンジェロやザ・ルーツを手がけたエンジニア/プロデューサー)の紹介でね。オーウェンと最初に会ったのは、ザ・ルーツがハウス・バンドを務めているアメリカのトーク番組(「The Tonight Show Starring Jimmy Fallon」)に自分たちが出演した時だった。確か2010年頃だったと思う。その時は軽く挨拶をしたくらいで、2020年に僕らが新しいメンバーを探していた際に、スティーヴン・マンデルがオーウェンを推薦してくれたんだ。これ以上ない人選だったよ。
オーウェン・ビドルが新作『Trixies』を語る動画
─新作『Trixies』のプロジェクトは、いつ頃実現を思いついたんでしょう?
グレン:『Trixies』の曲の存在はずっと頭にあったけど、レコード契約を結んだ1978年頃には、既に古びたものになってしまっていたんだ。1974年に書いた楽曲群で、その当時の自分たちのサウンドを反映しているから。バンドとしては、後戻りすることなく、常に前進したいと思っているし、『Trixies』は一つのまとまった作品だったこともあって、レコーディングするタイミングに恵まれず、そもそも僕らに意欲もなかった。あれを書いてから50周年という節目を迎えて初めて「このタイミングで世に出したら自分たちにとっても、リスナーにとっても面白いかもしれない」と思うようになったんだ。実際、結成したばかりの自分たちが書いた楽曲が、今でも十分通用するという点でも非常に誇りに思える。
─すべての始まりは、あなたとクリス・ディフォードが出会ったことにあると思います。
グレン:彼は既にいろいろ曲を書いていてね。僕は10曲くらい持ち歌があったけど、彼にはもっとたくさんあった。彼のほうが3歳年上で、会ってすぐに意気投合したんだ。本当に最高だったよ。すぐに共作するようになった。彼が歌詞をくれて、それに僕がメロディをつけた。続いて6曲、さらに12曲、とね。そうやって曲を書き続けた。こんな関係は他に経験したことがないから、どう説明すればいいのかわからないんだけど、もしクリスと出会ってなかったら自分は成功してなかったと思うし、彼も成功してなかったかもしれない。でも僕たちには、自分たちにもわからない魔法のようなつながりが間違いなくあった。
—スクイーズというバンド名がヴェルヴェット・アンダーグラウンドの最後のアルバムから取られたというのは有名な話ですが。
グレン:ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムから取ったのは本当の話だ。面白いと思ったんだよ。ルー・リードとジョン・ケイル、どちらも参加していない唯一のアルバムだからバカにしていたんだけど、今では大好きなアルバムだ(笑)。あれはヴェルヴェット・アンダーグラウンドによる良質なポップ・アルバムだと思う。いずれにせよ、そのアルバムからバンド名をつけたのは確かだよ。
『Trixies』と1974年という時代
─クリスの発言を読むと、『Trixies』は歌詞を先に書いたようですが。実際歌詞が先でした? それとも曲が先?
グレン:いや、僕らは常に歌詞が先にあった。今世紀に入るまではずっとそうだった、と言っておこうか(笑)。それがバンドの強みだったからね。出会ってからレコード契約を結ぶまでの間、おそらく二人で200~300曲近く書いたんじゃないかな。本当に、常に曲を書いていたんだ。
─『Trixies』の歌詞はあまりにもリアルなので、実在するバーの話かと思い込みそうです。でも当時はあなたもクリスもティーンエイジャーで酒場に入れる年齢ではないですし、クリスは想像を膨らませてこの歌詞を書いていったようですね。
グレン:そうだね。70年代のイギリスのテレビでは1930年代~40年代のアメリカのギャング映画をよく流していたし、クリスはデイモン・ラニアンの小説を読んで、たくさんの刺激をもらっていた。それが彼の綴る物語の源になったんだ。
─クリスはデヴィッド・ボウイが英訳して歌っていたシャンソンからも影響されていたとか。それについて何か覚えてます?
グレン:ボウイの影響で、クリスがジャック・ブレルを聴いていたのを覚えているよ。当時彼が書いていた曲にも影響が出ていた。彼がそういった世界観を持ち込んできた時は、「凄いな!」と思ったよ。僕のほうは、いつだってポップ志向だった。昔からポップ・ミュージックが大好きで、それは今も変わらない。
─当時はコンセプト・アルバムが流行った時代ですが、何かお手本にした作品はありますか?
グレン:そうだなぁ、わかりやすいもので言えば、ザ・フーの『Tommy』とかになるけど、お手本にしたというよりも、当時多くの人がそういった作品を話題にしていた、という感じだった。そういう時代だったんだ。そういうコンセプチュアルな作品を目指したのはクリスで、僕のアイディアではない。クリスが紙の上に「Trixies」と書いてある歌詞を渡してきて、『これは楽曲集になるかもしれない』と言ってきたんだ。
—ルー・リードの『Berlin』に似た部分もあるなと感じましたが、それはないですか?
グレン:通じるものはあるね。僕の曲作りというのは、その当時に聴いていた音楽の影響が滲み出ていて、曲を聞けば何に触発されたのかがわかる。「The Place We Call Mars」がボウイの影響を受けているのはわかるよね。「What More Can I Say」はいかにもスティーヴィー・ワンダーだ。僕の頭の中ではそう。当時聴いていた音楽を全て自分の中に吸収しては吐き出していたんだ。
─「Why Don't You」のタンゴのような曲調など、10代の少年が作曲したとは信じられません。こういうエキゾティックなメロディは、何からインスパイアされたもの?
グレン:当時はスパークスに影響されてたんだと思う。タンゴにも非常にハマっていた。実はタンゴ調の曲を4曲書いたくらいだ。「Why Don't You」は最初のタンゴ調の曲で、「Take Me I'm Yours」(スクイーズのデビューシングル)がそのシリーズの最後。当時は自分が何に影響されているか、あまり意識していなかった。時間が経った今では、特定することができるけどね。あらゆる音楽を聴いて貪欲に吸収していたんだよ。
「また日本に行こうと思ってる」
─今回のレコーディングで、特に留意したことや、「これはしない」と決めていたことはありますか?
グレン:今回アルバムの曲と改めて向き合った時、今でも通用すると感じた。だから全て原曲のままレコーディングすることにした。でも大きく違うのは、僕らの演奏技術とアレンジ力が昔より上がったこと。特にオーウェン・ビドルの貢献が素晴らしかった。音楽的な部分で唯一変更を加えた曲が「Don't Go Out In The Dark」だった。歌のメロディはそのままレコーディングしたんだけど、コード進行がもっと単純で未熟だったから、歌メロを支えるコード進行を書き直したら、断然良くなった。変更を加えた曲はそれだけだ。
─物語になっているアルバムなので、ステージで全曲を再現してもらえたらと皆期待すると思います。そういう計画は?
グレン:まさにそうしたいと思っているよ。45分ほどの尺になる。全部を披露することで作品としてちゃんと成り立つと思っているから、みんながそれに関心を持ってくれることを祈っている。もちろん、それに加えて他の曲もやるけどね。
─最近のTVライブで、ウイングスの「Junior's Farm」をカバーしていましたね。最高でした。
グレン:あれにはちゃんと背景があってね。1974年に僕らは1本だけライブをやったんだけど、そのライブで「Junior's Farm」を演奏したんだ。当時リリースされたばっかりだったと思う。以来、一度も演奏していないんだけど、そんな繋がりがあったというのと、ポール・マッカートニーの曲の中では飛び抜けて有名な曲ではないかもしれないけど、遊び心があって大好きな曲なんだ。
—ところで、ポールと面識はありますか?
グレン:同じ部屋の遠くからうなずいたことはあるけど(笑)、対面したことはないな。
—スクイーズはクインシー・ジョーンズに気に入られたこともあったし、いろいろな大物と接してきたと思いますが。いわゆる”レジェンド”級のミュージシャンと会った時の面白いエピソードはありますか?
グレン:1978年に初めてアメリカへツアーで行った時のことなんだけど、NYの通りに出て写真撮影をしていたら、当時のドラマーのギルソン・レイヴィスが敬愛するバディ・リッチがたまたま通りを歩いてきたんだ。バディは気難しい人だったけど、なんとか説得してみんなで一緒に写真を撮らせてもらった。ギルソンは有頂天だったよ。ただ、残念ながらフィルムが露光されてしまって、現像できなかったんだ(笑)。ツアーでジョージアを訪れた時は、まだ若かったR.E.M.のメンバーが僕たちのライブのポスターを貼ったり、チラシを配ってくれてね(笑)。会った時も凄く喜んでくれて、好青年たちだったよ。
初期の代表曲「Up The Junction」
—いい話ですね。R.E.M.と言えば、ピーター・バックとあなたが参加したロビン・ヒッチコック&ジ・エジプシャンズの「Flesh Number One (Beatle Dennis)」が忘れられません。ロビンとあなたのハーモニーが見事でしたが、あの曲のレコーディングで覚えていることはありますか。
グレン:ロビンと一緒にスタジオに入ったのを今でもよく覚えている。彼とは会う機会が何度かあって、大好きな人だよ。一緒にマイクの前で歌ってヴォーカルを録ったんだけど、声の相性が本当に良くて、参加できて本当にうれしかった。
—あの曲をロビンとライブでやったことはあるのでしょうか? 是非二人がハモるところを見たいです。
グレン:ライブであれを歌ったことはないと思う。君の言う通りで、やったら最高だと思うよ!
—日本にはソロも含めて何度も来ていますが、特に思い出に残っている出来事は?
グレン:いろいろな思い出があるよ。日本のお客さんが特に印象的だ。ヨウコさん(THE MUSIC PLANTの野崎洋子)が一生懸命手配してくれた日本でのライブはどれも、僕にとって最高のライブだよ。お客さんの温かさを今でも覚えている。今年はぜひスクイーズで、また日本に行こうと思ってる。今から楽しみだよ。
—それは朗報です! でも、クリスが日本に来るのはやっぱり難しいですか?
グレン:そうだね……クリスが行くのは難しいだろうね。彼にも来てほしいけど、こればかりはね。
—ところで、実はLAで、もう1枚ニュー・アルバムを作ったそうですね。そちらはどんな内容なんでしょうか?
グレン:今回は古い曲だけではなく、新曲もレコーディングすることが僕にとって大事だった。古い曲だけやると複雑な気持ちになると思ったから。なので、同時に2枚のアルバムをレコーディングした。『Trixies』で古い曲をやったことが、新曲のアルバムにいい影響をもたらしてくれた。全てをフレッシュなサウンドにする上で、いいやり方だったと思う。その新作は今年か来年に発売されるだろう。その辺はレコード会社次第さ(笑)。
代表曲「Tempted」2019年のライブ映像
スクイーズ
『Trixies』
発売中
再生・購入:https://squeeze.lnk.to/Trixies


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