我が国では洋楽マニアにしか名前が知られていない好事家向けグループのような存在だったスパークスが、80年代中盤からたびたび日本の音楽メディアに登場するようになったのは、サロン・ミュージックとの交流が大きい。事あるごとにスパークスをフェイバリットに挙げてきた彼らは、ラッセル・メイル、ロン・メイルをゲストに招いてレコーディングした経験もある親友。ファンの悲願だったスパークス初来日公演が2001年にやっと実現した時にも、東京公演のオープニング・アクトをサロン・ミュージックが務めた。
そして小山田圭吾がかつて在籍していたフリッパーズ・ギターのプロデューサーも、サロン・ミュージックの吉田仁。Corneliusと同じトラットリアにサロン・ミュージックが在籍していた時期もあり、吉田仁と小山田圭吾は師弟と言っていい間柄だ。そんなCorneliusが、吉田仁が愛し続けてきたスパークスと対バンを行なう特別な機会に、ぜひ彼ら2人とスパークスのオンライン座談会をしたいとリクエストしたところ、メイル兄弟も即快諾! 音楽を通じてつながった4人の、世代を越えて共振し合う会話をお届けしよう。
スパークスは5月6日(水・振休)東京・渋谷duo MUSIC EXCHANGEで単独公演も開催(詳細は記事末尾にて)
吉田 仁
1980年、竹中仁見とともにサロン・ミュージックを結成。以降2011年までに13枚のアルバムをリリース。1989年からフリッパーズ・ギター、Venus Peter、The Collectors、The Pillows、羊文学など多数のアーティストをプロデュース。デビュー以前からの音楽活動を一冊にまとめた著書「Lecture and Interviews」(N4書房)発売中
スパークスは小山田圭吾と吉田仁の「仲人」?
—昨年スパークスが来日した際に吉田仁さんと小山田圭吾さんがEXシアターの楽屋を訪れるところを見かけてから、この4人で対談をお願いしたいと思っていました。今日は時間を頂き、ありがとうございます。
ロン:どういたしまして。我々も凄くうれしいよ。ありがとう。
—吉田仁さんにスパークスを知ったきっかけについて伺ったところ、最初に聴いたのはラジオから流れてきた「This Town Aint Big Enough For Both Of Us」で、違う惑星から流れてきたオペラのように感じたこと、ギターサウンドがハードだったのも好みに合ったことを教えて頂きました。その後すぐに新宿の輸入レコード店へ『Kimono My House』を買いに行ったら新譜の『Propaganda』があって、ジャケットが表裏共にかっこよかった上に、インナースリーヴのベッドで二人が縛られている写真や、その写真のシールがジャケットに貼られているアートワークにしびれると同時に、「奇想天外な展開の曲や歌詞に夢中になって、毎日聴いてた」そうで。解説や歌詞の対訳も読みたくなり、その後に発売された『Propaganda』の日本盤も購入するほど惚れ込んだそうです。
ロン:ありがとう、Zinがそう言ってくれてうれしいよ。僕らが一番注力するのは当然音楽だけど、ビジュアル面に関しても、単にアルバムを売るためのものではなく、バンドの感性を伝える上で欠かせないものだと気づいて意識するようになった。だから、ステージの演出ももちろんだけど、アルバムのジャケットに関しても手間暇をかけてきた。アナログ盤の需要がまた高まってきていて本当にうれしいよ。CDの時代と比べてアートワークの重要性が高まっているっていうことだからね。
—仁さんはスパークスのファッションからも影響を受けていて、『Propaganda』のジャケットでロンさんがかけているサングラスと似たものを探したり、当時のラッセルさんの髪型を真似て、彼と同じような白いバギーパンツを履いたりしたとおっしゃってました。
ロン:(笑)
吉田:スパークスを知ってから、自分のファッションもそれまで着ていた服から一気に変わった感じでした。アルバムのジャケットや雑誌の写真を見て、めちゃくちゃかっこいいなと思って。二人が着てるような服を探して、同じようなものを着ていた時期が結構ありました。サングラスも、ロンが『Propaganda』でかけていたのと同じようなものを偶然渋谷で見つけて買ったりとかして。
『Propaganda』のジャケ、『Indiscreet』の裏ジャケ
—それぐらい、音楽のみならずアートワークやファッションのセンスも含めて、スパークスというグループの個性が際立っていたということですよね。
ロン:不思議なことに……自分たちは当然アメリカ人なわけだけど、当時のファッションは英国のバンドからの影響が大きかった。典型的なアメリカン・バンドのような格好をしてなかったんだ。アメリカでも僕らは外国人だと思われていたくらいだよ。自分たちにしてみると、アメリカのバンドが着ているものよりもかっこいいと思ったから、ああいうのを着ていただけなんだけどね。
ラッセル:さっきアルバムのジャケットの話が出たけど、その延長線上にあるものとして、僕らが大好きなポップ・ミュージックにはファッションが欠かせない。ファッションだけを切り離して語ることはできないし、それが音楽にさらなる深みを与えているんだ。
僕らと同じ時期に出てきたグループを見てみると、ファッションにしても、ライブの演出にしても、今も変わらず大事なはずなのに、彼らはお洒落に演出することが「音楽的に中身のないもの」を意味していると思うのか、そっちをおろそかにしてしまう。でも僕らは、自分たちをどう見せるかということは、今も大事な要素だと思っているし、楽しんでやっている。特にライブをやるなら、普段着でそのまま登場するより、お客さんとは違う装いで人前に出ることが大事だと思っているんだ。音楽を表現する上で視覚的側面も非常に大事にしているところ。音楽をさらに引き立てるものとして、そこにこだわってきた。ちなみに、さっきZinが言っていた乗馬ブーツは今も持っているよ(笑)。
ロン:そういう姿勢にはKeigoも共感してくれるんじゃないかな。彼を代弁するつもりはないけど、彼もそういうところを大事にしているように見えるよ。
—小山田さんがスパークスを知ったのは何がきっかけでした?
小山田:最初は、多分『Kimono My House』かな。
あと、『Kimono My House』のジャケットの女性が、デヴィッド・ボウイのアルバムで日本語で喋ってるっていう話もあって、そういうところに興味を持ったりしましたね(※『Kimono My House』のジャケットでモデルを務めたミチ・ヒロタは、ボウイの『Scary Monsters』に収録された「It's No Game (Part 1)」でナレーションを担当)。やっぱりジャケットは毎回とてもインパクトがあって、気になってました。それから、70年代後半から80年代頭ぐらいの作品を聴いて。『No.1 In Heaven』ぐらいから聴いて行った感じかな。
ラッセル:「遅くてもやらぬよりまし」ってことだね(笑)。僕らの70年代の作品を90年代に見つけて聴いたってことだけど、自分たちが誇りに思っているのは、初期の作品が、Keigoが聴き出した90年代もそうだけど、今聴いても通用する音楽ということ。時代に縛られることなく生き続けている。僕らの音楽には時代を特定する要素が昔からあまりなかった。
Corneliusがリミックスを手がけた、スパークス「Do Things My Own Way」(原曲のMV)
小山田:最近ね、Spotifyで1967年の「Computer Girl」という曲を聴いたんですけど、それが本当に凄い、とても67年とは思えない曲で。67年に「Computer Girl」ってタイトルで曲を作ってるのも凄いですけど(笑)。アレンジも本当に独特で、びっくりしました。
ラッセル:自分たちでもどうして60年代に、既にコンピュータについて語っていたのかわからないんだ(笑)。あの音源ができた時、自分たちでも驚いたくらいで。僕らが初めて録音した音源の一つだと思う。ロサンゼルスには当時、お金を出せば1時間自分の好きなように何でも録音させてくれる、小さなスタジオがあってね。そこで録ったんだよ。録音したものを持ち帰れるよう、アセテート盤にして渡してくれるんだ。それが当時は録音した音源を手軽に聴き返せる唯一の方法だった。自分たちのアーカイブから「Computer Girl」のデモが出てきた時は驚いたよ。
ロン:それに、当時はまだ曲を構成するやり方なんかも全然わかってなくてね。あとから聴くと、意図してああいう曲にしたように思えるかもしれないけど、そうじゃなくて、自分たちで必死に曲っぽいものを作ってみた結果があれだったんだ。
—日本ではスパークスについて知りたくても情報が少なくて、80年代半ば以降はサロン・ミュージックがスパークスの紹介役のような存在でした。なので、てっきり仁さんから小山田さんにスパークスを聴くようゴリ押ししたのかなと思ってましたけど、違うんですね。
吉田:そうだね。昔、雑誌でドライブする時のBGMを紹介するようなコラムを書いたことがあって、その時にスパークスも入ってたと思うんだけど。あとでフリッパーズ・ギターのオリジナル・メンバーから、そのコラムを読んでサロン・ミュージックにコンタクトしようと思ったという話を聞いたことはある。
小山田:それ、たぶん僕だと思いますね(笑)。『Player』っていう雑誌に「サロン・ミュージックが選ぶドライブ・ミュージック」みたいな企画で、カセットレーベルみたいなのが書いてあって。それを見た時に、「あっ、この人たちは趣味が近いかも」って思ったの。それは覚えてます。
ロン:二人の仲人になれて光栄だよ(笑)。Zinがフリッパーズ・ギターをプロデュースしたことも知ってる。音楽的感性がぴったりな組み合わせだなと思ったよ。僕らとZinとの出会いは、1984年にHitomi(サロン・ミュージックの竹中仁見)と一緒に日本でインタビューしてくれた時だった。日本へ行ったのはそれが最初で、初めてライブを日本でやることができたのはそれから17年後。日本のミュージシャンとつながりができたのもZinとHitomiが最初で、彼らの音楽ももちろん大好きだけど、出会った時から今までずっと友達付き合いが続いているのは素晴らしいことだよね。
1984年、スパークスとサロン・ミュージックが知り合った頃の写真(写真提供:吉田仁)
—しかも単に友達というだけでなく、ロンさんもラッセルさんもサロン・ミュージックのアルバムに参加しましたよね。その時のことを教えて頂けますか?
吉田:僕らは86年に自分たちのスタジオを作って、そこで制作するようになって。その時に『THIS IS SALON MUSIC』(87年)というアルバムを作ったんだけど。ラッセルにボーカルで参加してもらいたいと思って連絡したら、ちょうどスパークスはヨーロッパでプロモーションツアーをしていて忙しい時期で。でもうまく調整してくれて、来てもらえたんです。その時はロンは忙しくて来れなかったんだけど、ラッセルと『寅さん』の新作を観たり、柴又に行ったりもしつつ(笑)、レコーディングもして、という感じでした。
その翌年、87年にはプライベートで二人が来ることになって、せっかくだからということで急遽『O BOY』(88年)のレコーディングに参加してもらいました。だからロンにはその場で曲を聴いてもらって、すぐに録ったような記憶があります。その時は二人とプライベートの時間も結構ずっと一緒で、鎌倉へ行ったり、神田へそばを食べに行ったり、いろんなところに行きましたね。
ロン:もちろん今でも覚えているよ。Zinの車で横浜のラーメン博物館に連れて行ってくれたこともあったよね? 昔の街並みを再現した空間でラーメンが食べられるんだ。いい思い出だよ。その時初めて日本車に乗せてもらったけど、こっちの車は痩せた人向けに作られてるんだなと実感したのを覚えてる(笑)。
ラッセル:僕はZinの車にも乗ったし、Keigoの車にも乗せてもらったよ。その時はロンはいなくて、僕だけね。日本でZinとKeigoが直々に運転手をしてくれて、とても光栄だよ。ところで記憶が曖昧なんだけど、Zinには僕らから『寅さん』が好きだと言って柴又に行くことにしたんだっけ?
吉田:それは二人が『寅さん』を好きだって先に知ってたんで、連れて行かなきゃと思って(笑)。
ロン:街の名前は忘れてしまったけど、食品サンプルをたくさん売ってるエリアにも連れて行ってもらったね。
—合羽橋ですね。84年の初来日時で、雑誌『宝島』の取材をやった時でした。
ロン:今でもその時に買った食品サンプルを全て大事にとってあるよ。僕のアートの趣味にぴったりだ(笑)。
吉田:その時はスパークスがプロモーションか何かで来ていて、『宝島』の取材が終わってから、スタッフの人に「二人が食品サンプルを買いたいと言ってるんだけど、どこで売ってるか知ってますか?」と訊かれたので、僕らが合羽橋までお連れして。それが最初に仲良くなったきっかけ。
小山田:ふーん(笑)。
—日本ではラッセルさんがサロン・ミュージックの『O BOY』で歌ったソフト・セルのカバー「Say Hello, Wave Goodbye」がDJの間で人気で、アナログ盤の値段が高騰してますよ。
ラッセル:僕が歌ったバージョンがってこと? それはうれしいね。あのカバーは凄く気に入ってる。あのレコーディングのためにHitomiとZinが呼んでくれて、下北沢という素晴らしい所を訪れて、特別な体験になった。日本との関係を深めるきっかけになったし、日本がもっと身近な場所になったんだ。それもサロン・ミュージックのおかげだよ。そのつながりが今でも続いている。日本に行くと居心地の良さを感じるし、日本のいろいろな面が気に入っている。そういうきっかけを作ってくれたZinに感謝しているよ。
サロン・ミュージックとスパークスのコラボ曲「Say Hello, Wave Goodbye」(ソフト・セルのカバー、1988年作『O Boy』収録)
テイ・トウワとエドガー・ライトがもたらした出会い
—さて、小山田さんがスパークスの「Do Things My Own Way」をリミックスすることになったきっかけは、ドキュメンタリー『スパークス・ブラザーズ』を監督したエドガー・ライトだったそうですね?
小山田:最初に二人を紹介してくれたのがエドガーで。彼がCorneliusのライブを観に来てくれたのが縁で、前から彼とは知り合いでした。スパークスが来日した時にエドガーも来ていて、僕と立花ハジメさんもいたかな?……その時、一緒にごはんを食べに行く機会があったんです。ホテルへ自分の車で迎えに行って、その時にラッセルを乗せたんじゃないかな(笑)。
だから知り合ったのはエドガーがきっかけなんですけど、実はそれより前にスパークスと遭遇してるんです。原宿でテイ・トウワさんがやってたパーティーに行ったら、高橋幸宏さんもいて。そこにスパークスの二人も現れたんですよ。二人は幸宏さんに会いにきたのかな? その時に撮った写真があるんですよ。もう10年くらい前だと思うけど、それがスパークスとの初対面だった気がします。
高橋幸宏とラッセル・メイル(写真提供:小山田圭吾)
ラッセル:そうそう。入り組んでいるけど、全部覚えているよ。表参道の小さいクラブだよね? その後また行ったらなくなっていた。あの時は、たまたま前を通ったら「今夜テイ・トウワが出演」と書いてあったんだ。だから「入ってみようよ」ってなって。
—偶然だったんですね!
ラッセル:とにかくめちゃくちゃ暑かったのを覚えてる。クラブの中に入った時は汗だくだった。日本特有の、蒸し暑い夏の日だった。あの時のことはよく覚えているよ。それからドキュメンタリーを監督したエドガー・ライトの話だけど、彼と一緒にKeigoが出演していたライブに行ったんだ。誰と対バンしていたのか忘れてしまったけど、野外ライブだったと思う。小さい野外のステージで。
小山田:フジロックかな? エドガーがフジロックに観に来たんですよね。
ラッセル:いや、その時はもっと小規模のイベントだった。エドガーと一緒に観に行って、その流れでKeigoと会って。それからエドガーのホテルに行って、食事に出かけたんじゃないかな。
この投稿をInstagramで見るCornelius(@corneliusofficial)がシェアした投稿昨年のスパークス来日時、ラッセル・メイルと小山田圭吾のツーショット写真
—ロンさんとラッセルさんは、Zinさん、Keigoさんの作品をどんな風に見てるんでしょう。好きな曲とかあったら教えて欲しいです。
ロン:もちろん好きな曲もあるけど、一番好きで共感できるところは、彼らが作品ごとに人の意表を突くところ。ミュージシャンにとって、とても大切なことだと思う。自分の音楽がどう使われるかという文脈においても、Keigoがインスタレーションの音楽も作っていることに惹かれるよ。映画のサントラや自身のアルバムを作るのとは、別の思考回路が必要な気がするから。アルバムでも、前にやったことを繰り返さず、自分らしさを大切にしながらこれまでやっていないことに常に挑戦するのに加えて、従来のアルバムとは違う、自分の音楽がどういう使われ方をするかという部分まで探究しているのが面白い。
ラッセル: Keigoは映像と音楽を融合させ、音楽を別の次元へと昇華させるような表現方法を見出している。ロンも言ったように、インスタレーションもそうだけど、ライブの演出においても、視覚的にどう見えるかという部分に凄くこだわりを感じるし、音楽に合った美しい映像を映して、音楽に新しい命を吹き込んでいるよね。
Corneliusで印象深いのは、美しい曲ももちろんあるけど、僕らと通じるものがあるなと感じるのは、コンセプトを大事にしている曲もあるところ。たとえば、タイプライターの曲とかね(「Typewrite Lesson」)。まるでタイプライターの仕様書のような曲だ。音楽の新たな可能性を感じるよ。もちろん広い意味ではポップ・ミュージックなんだけど、「ポップ・ミュージックとは何か」というその形態の可能性を追求している。
あの曲はナレーターが英語でタイプライターについて説明している。僕らにも似たアプローチの曲があるんだ。「Your Call's Very Important To Us, Please Hold」という曲は、コールセンターに電話した時に流れる自動音声を引用している。ハイコンセプト(一言で内容や面白さが伝わる、シンプルで強烈なコンセプト)なアイディアをもとに曲を書いているんだ。Keigoにもそういう曲がいくつかある。従来のポップ・ミュージックの枠には収まりきらない曲。僕らは、そうやって新しいポップ・ミュージックのあり方を探ろうとするアーティストに惹かれるんだよ。
ロン:Corneliusの「Mic Check」もそう。バンドをやっていれば当たり前にやる、音楽的ではない行為だけど、それをあえて曲にする、という発想だよね。
ラッセル:Keigoはスパークスのために「Do Things My Own Way」の素晴らしいリミックスもやってくれた。自分たちの曲のCornelius Remixができて本当に光栄だよ。
ダブル・ヘッドライン・ショーに向けて
—仁さんと小山田さんに、昨年スパークスのライブをご覧になった感想も伺いたいです。
吉田:スパークスのライブはいつ観ても興奮するし、いちファンに戻るというか、友人であることとか関係なく、いつもファンとして興奮しながら観てます。去年のライブも最高だった。
小山田:二人ともめちゃくちゃ元気(笑)。僕、もうすぐ60ぐらいですけど、僕が生まれた頃からやってるのに、僕より元気で。キーもあんなに高いのに、この年齢で若い頃と同じキーで歌えてる人なんてなかなかいないと思うし。本当に素晴らしいライブだと思いました。
ラッセル:ありがとう! アーティストとして、観客の期待に応えるようなパフォーマンスをするのが責務だと思ってるよ。歳を重ねると、ボーカルのレンジが狭くなる。身体的な問題だから仕方ないけど、僕はそれにできる限り抗いたいと常に思ってるんだ。『Kimono My House』に入ってる初期の曲でも、ファルセットを使って元のキーでちゃんと歌いたいと思っている。キーを落としてアレンジすると、曲の印象が変わってしまうからね。だから元のキーにこだわっている。声の状態を維持するのは、終わりのない戦いさ(笑)。でも、ここまでくると、ファンを失望させたくないというプライドもある。
スパークスによる2025年『MAD!』ツアーのハイライト
—ちなみに5月のライブでは、どんなパフォーマンスが期待できそうでしょう。共演の可能性もありますか?
ラッセル:まだそこまで話せていない。Keigo、このあと電話するから相談しよう(笑)。
ロン:自分たちとしては、共演は大歓迎だよ。Keigoと彼の法務担当に確認するのがいいんじゃないかな(笑)。
ラッセル:何か一緒にできたらクールだよね。今のところCorneliusとスパークスがそれぞれライブをするということしか決まっていないけど、今から5月初旬までの間に共演の話がうまくまとまれば、僕らとしては最高にうれしいよ。
ロン:同じステージでパフォーマンスをするわけだから、機材周りの段取りもさほど大変じゃないだろうし。
ラッセル:Keigoにダンサーをやってもらうのも面白いかもね!
小山田:Yeah!(笑)。何か一緒にできたらうれしいですね。Corneliusのステージでも、スパークスをトリビュートする演出をちょっとやろうかなと思っていて。
ラッセル:それは光栄だ。必ず観るよ。
—楽しみにしてます! ちなみにプロデューサーとして現役で活躍されている吉田仁さんに「もしもスパークスをプロデュースするチャンスがあったら、どんな作品を作りたいですか?」と質問したら、「畏れ多い質問だと思うけれど、その時だけでなく何百年先の未来の音楽好きの人たちにも届くような、最高の作品にしたい」とおっしゃってました。
ラッセル:Wow。それがどんなサウンドか教えてよ!
ロン:今からそれを目指して作るから。
吉田:(笑)
ラッセル:とってもうれしいコメントだ。僕らがZinとKeigoを好きな理由も…これは決して自惚れでもなんでもなくて、僕らは手を抜くことなく、100年後でも意味を持つ音楽を常に目指して作っているわけでさ。Keigoもそうだし、Zinもプロデューサーとして何年も活躍していて、ポップ・ミュージックという枠組みで毎回何か新しいことをやろうとしている。Zinがプロデュースをするバンドからも、彼が好きな音楽からも、彼がポップ・ミュージックを愛してやまないことが伝わってくるよ。そして、新しい形のポップ・ミュージックを発信しようとする姿勢は今も変わっていない。それは僕らもKeigoも同じ。なんらかの実験的なことをしたいという意欲が常にある。
—まったくその通りだと思います。この取材の前に、サロン・ミュージックが84年にスパークスにインタビューした時の記事を読み直したら、その時点でスパークスの二人は「健康好き」だと仁さんが書いていて。80年代もロックの世界は退廃的な生活をしているミュージシャンが多かったですけど、そういうお決まりのライフスタイルとは関係なく、自分たちの信条を守り続けてきたことこそ、スパークスが長続きしている秘訣のひとつなんだろうなと改めて思いました。
ロン:そうだね。僕らは常に、ライフスタイルではなく音楽を通じて、自分たちの個性を表現しようと努めてきた。結果的にそれがここまで音楽を長く続けられる要因になるとは、昔は全く予想もしていなかったよ。でも、自分たちがいかに健康に気を使っているか、というつまらない話はなるべくしないようにしている。できれば、そんなつまらない生き方の話よりも、僕らの音楽に関心を持ってもらいたいからね。
—もちろんです! 今日は長々と、ありがとうございました。
ラッセル:みんなに会えてうれしかったよ。Keigo、Zinの顔が見れてよかった。5月にまた会えるのを楽しみにしている。もうすぐだね、ワクワクしてきた。いいインタビューだったよ、ありがとう。東京でまた会おう。
ロン:また会おう!
SPARKS・Corneliusダブル・ヘッドライン・ショー
2026年5月5日(火・祝)SGCホール有明
OPEN 17:00 / START 18:00
SS指定席:¥16,000 (税込)
S指定席 :¥14,000 (税込)
A指定席 :¥11,000 (税込)
特設ページ:https://www.creativeman.co.jp/artist/2026/05sparks-cornelius/
SPARKS単独公演
2026年5月6日(水・振休)東京・渋谷duo MUSIC EXCHANGE
OPEN 17:00 / START 18:00
チケット:¥12,000(税込)
公演詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/sparks26/
SUMMER SONIC 2026
2026年8月14日(金)・15日(土)・16日(日)
東京会場:ZOZOマリンスタジアム & 幕張メッセ
大阪会場:万博記念公園
※Corneliusは8月15日(土)東京会場、16日(日)大阪会場に出演
https://www.summersonic.com/


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