IISIAが読み解くマーケットと国内外情勢

 北朝鮮が2003年に麻薬密輸容疑で逮捕し、拘留してきた「日本エンタープライズ株式会社」の日本人(サワダ・ヨシアキ氏)を人道的措置により釈放し、出国させたとの報道がなされている。当初、北朝鮮は、「2003年に日本人の逮捕について、北朝鮮人を買収して第三国経由で麻薬を入手させて、北朝鮮船舶『万景峰92号』を利用して麻薬を日本に密輸することを試みた」と発表していた。
しかし、北朝鮮メディアによれば、今回北朝鮮は「該当機関による調査の結果、日本の謀略団体が嫌疑人を利用して万景峰92号を麻薬密輸船にでっち上げ、これを機に、北朝鮮と在日朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を害しようとした卑劣な陰謀が明らかになった」とし、逮捕者が自らの犯罪と背後勢力らとの関係を正直に認めて謝罪したことから「北朝鮮の該当機関では、彼に人道主義的に接し、本人が帰国を希望したことや健康状態などを考慮して寛大に処分した」という。
 
 このように、今回、北朝鮮が拘留した日本人をこのタイミングで釈放・出国させたことは、一体どのような意味合いを持つのであろうか。―――オバマ政権の成立を控え北朝鮮はここまで「韓国に対する米国の『核の傘』がなくなって米国の核脅威が除去され、米朝関係が正常化するまで核兵器は廃棄できない」との立場を強調する談話を伝えるなど、米国を牽制する動きを見せている。この状況下でなぜ今、北朝鮮が日本への歩み寄りともとれるカードを切ってきたのかが注目に値するのだ。

 北朝鮮側の戦略を考えるにあたっては、去る08年12月に初めて開催された「日中韓首脳会議」(於:福岡県大宰府市)のような日中韓における協力強化への動きを念頭に置く必要がある。ASEAN+3の参加国である日中韓は、1999年以来、毎年ASEAN+3の機会を利用して首脳会議などを積み重ねていく過程で、ASEAN+3の枠を利用するのではなく、三国間における独立した首脳会議を開催するという案を検討し始めた。そして、ついに08年12月13日、麻生首相は、中国の温家宝国務院総理及び韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領を招き、初の「第一回日中韓サミット」を開催したのである。今後、日中韓サミットは、年1回定期的に開催されることとなっており、次回は中国で開催される予定である。

 こうした東アジアにおける協力強化への動きの背景には、米国とアジアとの間で、これまで構築・維持されてきた「富と繁栄のミニ・サイクル」のいわば起点であった米国勢の消費意欲がここにきて明らかに減退している状況下で、日中韓のいずれもが経済的繁栄のため、新たなスキームを必要としているとの事情がある。今回の首脳会議の結果、三ヶ国間における金融協力の強化が合意されたのが正にそのことを示している。つまり、今、東アジアに「富と繁栄のミニ・サイクル」が形成されつつあるのであって、ここに北朝鮮も一枚噛もうという意思が見え隠れし始めているのである。他方、麻生政権としては今春にも解散総選挙を控えており、「北朝鮮問題の前進」が選挙に向けた大きな玉(たま)となる。
日本の内政を細かくウォッチしている北朝鮮は、これを見逃さずカードを切ってきたのだ。この背後には、今までの経緯から言って「日朝間のやり取りが再開している可能性すら推測される」(元日朝関係筋)のだ。

 当然、こうした北朝鮮による動きを米国は懸念しており、保有するイージス艦18隻中、実に16隻を太平洋地域へ展開させているという情報がある。「北朝鮮による弾道ミサイル発射の可能性」がその理由とされているが、昨日(13日(米国当地時間))のヒラリー・クリントン次期米国務長官による議会証言でも「米韓FTAの推進」がハイライトされたとおり、米国としても東アジアを巡る「富と繁栄のミニ・サイクル」へのけん制に余念がない。

 今後、三国間における協力体制強化への動きと、これに歩み寄る北朝鮮、そして、こうした動きに対して牽制的な動きを示す米国という構図が、果たして麻生政権にとってプラス、あるいはマイナス材料となるかが注目に値する。正に東アジア地域だけでなく、国際社会全体にインパクトを与える「潮目」を的確に捉えることが重要である。(執筆者:原田武夫<原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA) CEO>)

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