日本語と中国語(135)-上野惠司(日本中国語検定協会理事長)

 年賀状を交換しているご婦人と顔を合わせた折に、「一度お尋ねしたいと思っていたのですが」と前置きして、宛名にいつも旧字の「樣」を使っているのはなぜかと聞かれた。

 私は終戦翌年の1946年に小学校に上がっているから、当用漢字世代のはしりである。
サマは「様」と習ったし、ふだんはそう書いてもいる。ただ、いつどなたに教わったかは記憶が定かでないが、手紙の宛名の後に敬称として添える場合は「樣」と書いている。何十年もの習慣で、意識しなくてもそう書いてしまう。

 質問の主は年輩の方で、中国語を勉強している人であったので、「宛名にはヨンサマのサマを使うんです」と答えてみたが、このイタズラは通じなかった。「エイサマといって縁起がいいんですよ」と付け加えたところ、こんどは通じたらしく、「エイ(永)の字が入っていますからね」と答えが返ってきた。「だからヨン(永)サマというんです」と出来のわるいダジャレの種明かしをしたら、おつきあいに笑ってくれた。
中国語で「永」の字はヨンと発音する。

 本当に縁起がよいからかどうかは確かでないが、「様」の字の旁(つくり)の下の部分を「永」と書いた「樣」の字はエイサマと称して、最も敬意を込めた書き方であるとされている。

 私は書かないが、「永」の代わりに「次」と書く人もいる。これは次に位する意、つまり一段劣っていることをいうツギザマ(次様)、シモザマ(下様)に通じるので、敬意の度合が低いとされる。

 ほかにも草書体に崩して旁の部分を「美」に似た形に書いたり、「平」に近い形に書いたりすることがあり、前者をビザマ、後者をヒラザマと称している。ビザマはエイサマに次いで敬意が高いとされる。
ヒラザマは目上の人に対しては用いない。手書きの字で最後の右払いを長く伸ばして、おまけに点を2つ付けて書く人がいるが、あれはなんのまじないなのだろう。サマにならない。ブザマとでも名付けますか。

 いかがですか?来年の年賀状には相手をランク分けして、サマの字を使い分けてみるなどというのは?ワープロはそんなややこしい注文には応じてくれません、ですか?お気の毒サマ。せめて宛名くらいは手書きになさっては?

 そうそう、もうひとつありましたね。
旁の部分を「羊」とする字。中国語の簡体字がそうでした。

 「羊」はいい。ヨン(永)サマもいいが、ヤン(羊)サマも悪くない。(またダジャレの解説ですが、「羊」の字の中国語の発音はヤンです。)吉祥の「祥」の字にも通じ、十二支の動物の中でも最も好まれる。
「美」「善」「羨」「義」・・・・・・。「羊」の部首に属する字には、よい意味のものが多い。

 肉も尊ばれる。漢王朝創業の功臣・盧綰(ろわん)は高祖劉邦と同郷の人で、高祖と同日に生まれたが、この日村人たちは祝儀の品として羊の肉と酒を両家に贈ったと『史記』の盧綰伝にある。

 看板に羊の頭をつるしておいて、実際は犬の肉を売ることを「羊頭狗肉」というのも、羊の肉が美味であるとされるところから生まれた語であろう。

 余談ながら、「羊羹」という中国語は、もとは羊の肉のあつものの意。
今は日本語の「ようかん」と同じものを指している。それにしても、どうして「虎屋」で売っているのでしょうね。(執筆者:上野惠司)

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