近年、北京の現代アート界に進出し活躍する外国人が目立ち始めた。今回は北京在住の日本人アーティスト・井上玲さん。


<北京での創作生活>

――北京には2006年秋に来たそうですね。きっかけは何だったのですか?

 最初に中国に来たのは06年の夏で旅行です。それまで東京と横浜で活動していたのですが、スタジオのビルが取り壊しされることになり、今後の活動拠点をどこにしようか考えていました。旅行中、大山子798芸術区にも足を運んだのですが、画廊の人やアーティストが私と同年代ぐらいの人が多く、思ったよりも気さくで驚きました。時代もあると思いますが、文化規制されているはずの街に、自由なはずの日本より活気と自由さを感じたのです。住んでいる自分を想像し、住むことを決めました。

――そういうきっかけで直ちに住んでしまうところは若い人ですね。北京ではどのように暮らしていますか?

 08年4月から9月まで一時帰国したのですが、北京に戻った今は、中央美術学院に在籍しつつ、創作活動をしています。学校の日本人の先輩で、北京で作家活動を続けている人には、丁未堂佳子さん、飯田祐子さん、清水恵美さん、金澤友那さん、口田真紀さんらがいます。北京では親しくする煬子(ヤンズ)さんが主宰する望京画画小組という若い人中心のグループのアーティストと交流したりするなど、学校以外の人との交流も多いです。画家の劉野(リィウ・イエ)さんが絵を買ってくれたり、歌手で女優の田原(ティエン・ユエン)さんと一緒に絵を描いたり……これは中国の特徴ではなくあくまで私の周囲での話ですが、画廊のような商売第一主義ではなく、個人の関わりを最も大切にする人たちで、楽しいです。作品の内容で影響しあったり、芸術論を話しあえたりする煬子(ヤンズ)さんは、いろいろ価値観は違うけれど、私にとって同志のような存在です。


――実際に住んでみた北京はどうですか?

 いい意味で緊張感があります。展覧会がいきなり1週間前にキャンセルになったり、パフォーマンスをその場でむりやり中断させられたり、びっくりするようなこともあります。しかしその反面、パフォーマンスを見ていた会場で版画の画廊の人と意気投合できたり、パフォーマンスを中断された顛末を知った呉鴻(ウー・ホン)さんという現代美術のディレクターから、日本のパフォーマンスの講演会をしてほしいと連絡があったり、なにが起こるかわかりません。なにをやっても反応がとても早く、生きている、表現している実感があります。中国のアートはまだ歴史が浅く、急激に商業化されたことにより、これからは質の問題が問われてくると思います。しかし、まだジャンル分けや整理整頓がなされていない中国アートでは、多くの分野の人に出会うことができると私は思います。

<落ち着いて創作できる場所>

――最近は紙でしつらえた赤い花を人物にのせて撮影する作品を手がけていますね。

 「Flower eat woman」という花が女性を食べるイメージのシリーズです。花とは性のことで、どんなに賢くても理性が本能に負けてしまう人間、そんな人間性を知りつつ、そこに愛らしさも感じる今の心境を描いています。最初は日本から紙やのりを取り寄せたりして苦労していたのですが、ある時、市販の安い紙に光を当ててみると繊維がなかなかよくて、中国の紙を使って紙自体の陰影を生かしてやってみるのもおもしろいと思うようになりました。光をあててみたきっかけは北京によくある「停電」です!最初は真っ暗な部屋で蝋燭の火をあててみることから始めました。「Flower eat woman」もそんな試行錯誤の中で始めたものです。


――井上さんは日本にいる時は社会問題などを強く訴えた作品を手がけてきたようですが、このシリーズなどは性にまつわるさまざまな社会問題を露骨に訴えるわけではなく、より内面に向かっている気がします。

 北京での最初の展覧会では切り絵で120カ国の死体の赤ちゃんを作り、世界中で起こっている虐殺や暴力を作品化しました。世界中に広がるグローバリズムが暴力と環境破壊を正当化しているとの思いから作ったものです。しかし、そういう主張をした私自身、作品の材料に、日本で買える品質のいい物を望んでしまいました。その多くはアジアなどで大量生産され、石油を大量に使って輸入されたものです。こんなふうにグローバリズムを否定しながらも飲み込まれてしまう私……そんな自分の矛盾を省みられる場所が、私にとって北京なのです。こちらでの生活は言葉と文化の違いもあり、よりいっそう自分を見つめられるようになったのかもしれません。

――将来も北京でやっていきたいですか?

 現在は奨学金をもらいながら生活しています。滞在期間は決めていませんが、これからもがんばりたいです。現代美術はどうしても西欧が主体的に動向を決めます。私はそれにどうしても違和感がある。日本人として、中国に住む作家として、独自の作品のアイデンティティを深めていきたいです。
(聞き手、文責:麻生晴一郎 企画:サーチナ・メディア事業部)

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