今回は、日中における漢字と言葉の変転を考えてみましょう。

■日中それぞれで言葉と漢字の意味が変化

 言葉というものは、使っているうちに意味が変化してきます。
「貴様」なんていう言葉も、最初は敬称だった。「貴様とオレとは~」なんて歌になると、敬称の意味はかなり薄れている。最後にはとうとう、相手を見下す言葉になってしまった。日本で仕事をするようになった中国人が、ビジネスレターに「御社」のつもりで「貴様」と書いてしまったことがあるそうです。文字づらからすれば、たしかに「敬語」にみえる。

 漢字の意味も変わってくる。日本は、漢字を自国文化の一部として使い始めましたから、漢字の意味は日中それぞれで変化しました。日本の方が古い意味を保っている文字も多い。「湯」なんか、その例ですね。中国語の古い字義は「熱い水」でしたが、現在は「スープ」となっている。

■西洋文化の導入で、見事な和製漢語も

 前回は、日本が中国などの恩恵を受けたと書きましたが、明治期、中国でいえば清末から民国初期にかけては、逆の現象が発生した。日本は江戸時代から、オランダ語、それから英語なんかから、用語の翻訳をせっせとやった。
西洋の文明・文化を導入するためですね。明治期になっても続いた。漢字という便利なものがあったから、どんどん使った。中国の古典が、ずい分役立った。ある程度似たような言葉を引っ張り出して、新たに意味を付け加えていった。

 中国の古典に頼らずに作った言葉も多い。例えば、数学用語の「関数」。今は漢字制限でこの文字を使うケースが多いですが、明治期の訳語は「函数」。英語の「Function(ファンクション)」の訳語。数学の、「x」という数あるいはモノをブラックボックスみたいなところに放り込んで、何らかの操作を加えると「y」が飛び出してくるという概念ですから、「函」の文字はピタリ。しかも、「函数」の中国語読みは「ハンシュー」。中国語の発音に照らしても語呂が合っているということで、お見事。


 江戸時代の漢学では、日本語調の訓読文体だけでなくて、中国語読みの「華音」を学んだ者も多かった。だから、そこまで考えた。芸が細かいですね。

■国名「中華人民共和国」も、日本語から逆輸入

 で、日本から「逆輸入」した中国語として、よく言われるのが「中華人民共和国」。「人民」も「共和国」も、日本で新しい意味が込められて、中国語が取り入れました。ほかにも、いっぱいあります。特に、政治や学問で使う抽象概念を示す新しい名詞は、あらかた日本から取り入れた、あるいは少々アレンジして取り入れたと言ってよいぐらいです。

 ついでに言うと、「中華人民共和国」の中で、もともとの中国語は「中華」ぐらいだなんて言いますが、これも微妙に違う。国名にある「中華」の概念を、少なくとも中国政府の公式見解から敷衍(ふえん)すれば、昔の使い方と同じではない。少数民族を含めて「中華56民族の、それぞれの文化を尊重する」なんて言っていますからね。

 たしか、本来の意味にさかのぼれば、今で言う「漢族」の文化が「中華の文化」。その他の文化体系に属する人々は、中華の文化を「いまだに受け入れていない遅れた人々」とみなして「化外の民」なんて、言っていたはずでした。
論理的に考えて、いつのまにか意味が変更されていたと解釈するしかない。ま、これは日本と関係があるわけでは、ありませんが。

■「日本は文化の純輸入国」は勘違い

 なお、以前には、現在の中国語単語に日本語からの借用が多いということが、中国ではあまり知られていなかった。2005年ごろから、中国のメディアなどで紹介されるようになり、現在ではかなりの人が知っているようになりました。

 2005年といえば、小泉首相の靖国神社参拝なんかで、中国で反日デモが多発した年。あまりにも盛り上がって、制御不能になると恐れた中国政府が、「中国も日本の恩恵を受けた」という事実を大衆向けに紹介しようとしたなんてことを言います。

 政治的目的はあったようですが、いずれにせよ中国における「日本は中国文化を輸入するだけだった国」という勘違いは、解消されつつあるようです。まあ、漢字を使っている以上、「完全なオリジナル」とはいえませんが、日本は創意工夫で漢字文化に「新たな1頁をつけ加えた」ぐらいは十分に言えると思います。

 前回は少々、長すぎた。今回は、そろそろお開きにします。再見!(編集担当:鈴木秀明)

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