日本人と中国人との習慣のちがい-孫文、周恩来も訪れた神田の古本屋街

日本人と中国人との習慣のちがい-孫文、周恩来も訪れた神田の古本屋街
1月10日、私は神田神保町の古本屋街に行って来ました。日本では古本屋がとても多く、特に神田神保町は150軒以上の古本屋が集まった、世界でも珍しい街です。(編集担当:水野陽子)<br><br>【関連写真】<br>・<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0324&f=column_0324_006.shtml&pt=large">日本人と中国人との習慣のちがい-日本人は手帳好き?</a>(2009/03/24)<br>・<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0310&f=column_0310_007.shtml&pt=large">日本人と中国人との習慣のちがい-中国人と自動車のシートベルト</a>(2009/03/10)"(サーチナ&CNSPHOTO)
第31回

 1月10日、私は神田神保町の古本屋街に行って来ました。日本では古本屋がとても多く、特に神田神保町は150軒以上の古本屋が集まった、世界でも珍しい街です(中国には骨董品屋の集まった区域、ビルなどは各地にありますが、古本屋の集まった街、ビルというのは寡聞にして知りません)。

 この神田神保町の古本屋街は、130年もの歴史を有しています。またこの街には、古本屋以外に、新刊の本屋、外国の本を専門に扱う本屋もいろいろあります。最近はインターネットでも古本を検索・購入できま
すが、それでも古本屋を見て回るのは、「こんな本が出版されていたのか」と、いろいろな本を知ることができ、楽しいものです。この古本の街をご紹介したいと思います。(神田神保町のオフィシャルサイト)



(以下の記述では、神田神保町の古書店街の業界誌「日本古書通信」編集者として1936年(昭和11年)から72年間、街を見続けてきた“神保町の生き字引”と言われる八木福次郎氏(93歳)の著作『古本屋の手帳』(平凡社)も利用させていただきました)

●なぜ、神田に古本屋街ができたのか?:明治維新(1868年)後、多くの大学(注)が神田周辺に作られた。そのため、多くの学生たちがこの地域に住むようになったから。

(注)東京大学、学習院大学、順天堂大学、お茶の水大学、東京医科歯科大学、東京理科大学、専修大学、明治大学、中央大学、一橋大学、日本大学(大学の名称は設立時には別の名前であった場合などを含む。多くの大学が、その後神田から移転した)...続きを読む

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