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――はたして、抵抗勢力に打ち勝つことはできるのでしょうか。
古屋:まず試験区は李克強首相ひとりの力でできるものではないということです。多数の仲間がいるかどうか。賛同者を得て「チーム李克強」を作ることができるかどうかが大きなカギを握っています。
共青団の出身者は秀才ですが、人と人の関係を作るのが下手だと言われています。(有力者の2世である)太子党のメンバーはその点、父や祖父の時代から周囲にたくさんの人が出入りしており、数多くの人脈を作っていますので、政策を進める場合は有利ですね。人間関係の強い結びつきがあるので物事が比較的スムーズに運びやすい。
逆に共青団のメンバーは、優等生にありがちな「ひ弱さ」とか「ひとりよがり」な側面があって合意形成が下手なのではないかという印象を持っています。
李克強首相の改革は不可能という人もいます。たしかに、ひとつの政権ではできません。完成するまでに10年単位の時間がかかるかもしれない。しかし、まず始めないと成功も失敗もありません。前途は多難です。今後の中国経済は決して楽観できません。
――規制を緩和しても、中国人の商道徳そのものに問題ありとの意見もあります。
古屋:たしかにその通りです。そこで、中国を見る上で、「インビジブル・アセット(invisible asset=見えない資産)」というものを私は重視しています。
たとえば、規律や約束、ルールを守る、信義を大切にするといったことです。健全な市場が成立するかどうかは、インビジブル・アセットのあるなしが決定的な条件になる。資本と技術力と市場さえあれば、経済が成長すると考えるのは大きな間違いです。
「インビジブル・アセット」は資本や技術力のように、そう簡単に手に入れることはできません。長い年月をかけて官民が努力してやっと身につけることができるものです。
「インビジブル・アセット」は「カネで買えない資産」と言いかえてもよいでしょう。なんでもカネで解決する風潮が強い中国全土に「インビジブル・アセット」が定着するのは難しいのではないか。身につくには、やはり100年単位の時間が掛かると見なければいけません。
日本には江戸時代からそれがあった。明治になって日本資本主義の黎明期を迎えるのですが、さして困難もなく資本主義が定着していったのも江戸時代の、お客さんや社員、取引業者や消費者を大事にする伝統があったからです。
近江商人の「三方よし」の精神は、売り手よし、買い手よし、世間よし、という商人哲学ですが、資本主義に欠かせない3つの要素を見事に表現し、しかも、言葉通り実践されました。
中国にとっては政治改革、民主改革も必要です。政治の不自由さや民主化の立ち遅れは経済の発展に決定的な影響を与えます。金融の発展にとっても大きな制約となります。
民主、人権、自由などの概念は説明不要ですが、中国の場合、法治は難しいですね。法治ではなく人治が横行する社会ですから、法より人間関係、あるいは「情」が優先されてしまいます。情大于法(注)という中国語があるくらいです。中国には法律はたくさんありますが、法治はありません。
邱永漢さんは、「お金は臆病者」と、お金を擬人化しました。「お金は自由のないところに行かない。自分の身が削られてしまうようなところには行かない」ということです。金融の発展には、自由や民主や法の支配が絶対条件です。(つづく)
注)
<情大于法>(チン・ダー・ユー・ファー)
「情けは法より大きい」。法や各種の規則があっても、「扱う人の気持ちで、適用されない場合がある」の意。この場合の「情」は、日本語にすれば「情実」に近い。
【プロフィール】
古屋 明(ふるや・あきら)
1947年生まれ/1972年3月 東京外国語大学中国語科卒業
72年4月 伊藤忠商事(株)自動車第二部/80年4月 中国室機械チーム/84年5月上海事務所副所長(兼)機械部長/89年10月中国室機械チーム
92年9月 大連工業団地投資(株)取締役(東京駐在)/93年10月 伊藤忠商事(株)大連事務所長/1994年8月 大連事務所長(兼)伊藤忠(大連)有限公司総経理
97年4月 海外市場開発部アジア・中国・大洋州室長代行/98年7月 海外・開発部アジア・中国・大洋州室長/2001年4月 海外市場グループ長代行(兼)中国室長
06年10月 伊藤忠中国総合研究所 代表
07年4月 亜細亜大学非常勤講師(-現在)
08年4月 中央競馬会・競馬国際交流協会評議員(-現在)
11年10月 日中経済貿易センター特別顧問(-現在)
13年4月 伊藤忠商事(株)伊藤忠中国総合研究所顧問(-現在)
(聞き手・構成:如月隼人)