「M-1の存在意義自体がちょっと揺らいでる」 9番街レトロ・...の画像はこちら >>

9番街レトロのボケ担当・京極風斗。ネタ作りも担当しているが、相方なかむら☆しゅんの突拍子もないアドリブもあり、想定外の漫才になることも

冬に決勝を控えたお笑い賞レース「M-1グランプリ2023」や「キングオブコント2023」の1回戦がスタートし、初戦からすでに誰がその栄冠を手にするのか、注目しているお笑いファンも多いはず。

一方で今年は、結成16年以上のコンビによる「THE SECOND~漫才トーナメント~」や、芸歴5年目以内の芸人を対象とした「UNDER5 AWARD」といった新しい大会も始まり、お笑い賞レースはまさに乱立状態。

多くの芸人にチャンスが増えることはいいことだが、チャンピオンになってもなかなか活躍できない芸人がいたり、その一方で無冠の芸人が活躍していたり......。お笑い賞レースってこれでいいのだろうか?

そこで、今後ブレイクするであろう若手漫才コンビの中で、M-1、R-1グランプリ、キングオブコントに出場経験があり、独自のお笑い論を持っている「9番街レトロ」のボケ担当・京極風斗に、芸人目線で賞レースの現状やお笑いの見方について語ってもらった。

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M-1の存在意義自体がちょっと揺らいでる

――今年の七夕、京極さんがTwitter(現X)に「七夕ですね。SNSと賞レースがこれ以上増えませんように。」とツイートしていましたが、あのツイートの真意から教えてもらえますか。

京極 ちょうどThreads(スレッズ)ができて話題になっていたタイミングで、何というか、どちらも多ければいいってもんではないですよね。

芸人はみんな、やっぱり年末にある一番大きな大会であるM-1に向けて、1年かけて一番強いネタを作るんですけど、1年間でそんなに強いネタなんてボコボコ生まれないんです。

そういうネタができた時に、M-1より手前にある「NHK(新人お笑い大賞/10月開催)」とか「上方漫才大賞(4月開催)」とかに、M-1で初めて出したかったネタを出さないといけないということもある。だから、大会が増えるとネタの強さが分散されてしまうし、これ以上賞レースが増えてもしゃあないなっていう気持ちがあるんです。

――今年からは「THE SECOND」や「UNDER5 AWARD」もスタートして、いろんな芸人にチャンスが増えるのはいいことでもありますよね。

京極 もちろんいいところはあると思うんです。ただ、ひとつひとつの賞の強さは薄まるし、言い方は悪いかもしれないですけど、賞レースの始まりは「ネタでしか売れない芸人のための救済措置」という側面があったと思うんですよ。そもそもM-1グランプリは島田紳助さんが、「才能のない芸人が、ここであかんかったら辞めたほうが幸せだ」という考えのもとに作ったと言われていますよね。

賞レースというのは本来そういうもんやったのに、今は「M-1決勝に行かないと売れない」みたいな風潮がある。だから本末転倒というか、M-1の存在意義自体がちょっと揺らいでるところがあると思います。もちろん大会が大きくなって、存在意義が変わっていくこと自体は全然悪いことだとは思わないですけど、「当初の目的とは多分違うんだよな」ということは頭に入れておかないといけないなと思います。

――でも、9番街レトロもM-1には出続けるんですよね。

京極 もちろん出続けますし、優勝したいと思っています。ただ、それは芸能界で売れるための「箔」のひとつであって、例えば「『(人志松本の)すべらない話』に出てMVS(Most Valuable すべらない話)を取りました」でもいいし、「ドッキリにかけられて、それがこんなにバズりました」でもいいし、トロフィーがなくたっていろんな功績の残し方があると思うんです。

M-1も、そのうちのひとつでいいくらいの大会やと思うんですよね。

今は「M-1至上主義」じゃないですけど、観ているお客さんの熱のこもり方も以前と違うし、逆に「『M-1』に出ていない芸人だからおもんない」なんて考えがあるとしたらそれはもったいないですよね。

――M-1は1回戦から観客が満員の会場も多いみたいですね。そういった「M-1至上主義」は、京極さんにとっては良くないことですか?

京極 良くないということはないです。けど、賞レースの力が大きすぎて、他の面白いことに目が向きにくくなってるとは思います。それは「M-1が悪い」とか「賞レースが悪い」とか、そういう問題ではないんですけどね。

例えば昔だったら、「はねるのトびら」や「めちゃイケ(めちゃ×2イケてるッ!)」といった番組に出た若手が爪痕を残して、そこから売れるルートもありましたよね。今はそういうルートが結構なくなってきていて、売れた人だけがテレビに出られるっていう、ある意味、軸が逆になってきてるなと思います。

――なるほど。ちなみに京極さんにとって「売れる」とはどういうことですか?

京極 自分が満足することだと思います。それは決してお金のことではなくて。そもそも、僕は芸人を「仕事」と思ってやってないんですよ。

仕事ってつらいじゃないですか。だから仕事は嫌いなんですよ。「明日はこんな仕事があります」って言われても、つらいと思わず、仕事と思わずに生きていける方法があったらそれが最強やと思います。

でも、売れてないとつらい仕事をしないといけないこともあります。だからそれが無くなった時が「売れた」っていうことだと思いますね。

もちろん「売れる」っていうのは時代によって変わるもので、今だったら人によってはYouTubeで100万人登録されて売れたという人もいるし、テレビに全然出なくても売れてる人もいっぱいいる。

10年後は全然違う市場になってるかもしれない。ただ現状はまだ、テレビでレギュラー何十本とか、冠番組でMCを持つとか、そういうことは分かりやすく「売れた」って言えますけどね。

「M-1の存在意義自体がちょっと揺らいでる」 9番街レトロ・京極風斗が語るお笑い賞レース
「片方がブレーン、片方がポンコツみたいなコンビで、ブレーンがきっちりやって売れるというパターンもありますけど、ウチは両方が考えるタイプ。擦り合わせてもしゃーない時もあるから、感覚でやっていくのが一番モメないんです」

「片方がブレーン、片方がポンコツみたいなコンビで、ブレーンがきっちりやって売れるというパターンもありますけど、ウチは両方が考えるタイプ。擦り合わせてもしゃーない時もあるから、感覚でやっていくのが一番モメないんです」

ぼる塾みたいに華があったら

――話を賞レースに戻すと、芸人の世界では賞を取らずにブレイクする人もいるし、賞をとってもパッとしない人もいますよね。でも賞レースだけは増えている。この状態は芸人から見てどう思いますか?

京極 最後に重要なのはやっぱりタレント性なんですよ。例えば僕の同期に「ぼる塾」がいますけど、あんなに華があったら、たとえ賞を取ってなくてもテレビで見たいじゃないですか。ああいう、ぼる塾みたいなタレント性を持たない人たちが、なんとか付ける「評価バッジ」みたいなものが賞なんでしょうね。

売れてない芸人はテレビに出る時に肩書きがないんですよ。「9番街レトロ」とだけ言われても「ただの若手芸人」っていうだけで何もない。そこに「2000何年M-1チャンピオン」という肩書があるだけでテレビに出す理由ができる。例えばこれが両方東大卒のコンビやったとしたら、もうそれだけで評価バッジになるから要らないかもしれない。それがない芸人は、「ただ面白いだけ」ではテレビにも出させてもらえないんですよね。

――9番街レトロが「ネクストブレイク芸人」と呼ばれることもありますよね。

京極 もうかれこれ9年ぐらいネクストブレイクって言われてますけど、そのネクスト、長いっすね(笑)。多分、ある時、世間にバッチリハマるタイミングが来るんですよ。だって錦鯉さんなんか50歳でM-1を取ってブレイクされたじゃないですか。僕はあんなに長い間、待てないっす。

NSCに通ってた時に一番響いたのが月亭八方師匠の特別授業で、よく「面白くても売れるのは一握り」みたいなことは言われますけど、八方師匠は「面白かったら絶対に売れる」って明言した。ただ、それが明日なのか90年後なのかは誰にも分からないんです。

「確かにそうやな」と思って、それもあってタイミング待ちの状態というか、こちらから変に能動的に仕掛けて変なエンジンのかかり方しても空回りするだけなので、前のめりになりすぎてもよくないと思っています。

「M-1の存在意義自体がちょっと揺らいでる」 9番街レトロ・京極風斗が語るお笑い賞レース
京極いわく「僕らのコンビはどっちもナルシスト。自分たちを信じすぎてて、流れに身を任せてたら勝手に売れるって思ってるんすよ」

京極いわく「僕らのコンビはどっちもナルシスト。自分たちを信じすぎてて、流れに身を任せてたら勝手に売れるって思ってるんすよ」

ほんまに面白いものは、生でリアルタイムの場所にある

――賞レース以前にお笑いは、養成所時代からバトルがたくさんあって、劇場の所属になっても上位ランクに上がるためのシステムがあって、なぜこんなに戦わなければいけないんでしょうか?

京極 例えば更地に全芸人がおって、その中から誰かをピックアップしないといけないという時に、事務所の社員さんやスタッフの方は芸人じゃないので、誰が本当に面白いのか分からないと思うんです。そういう時のために分かりやすい指標を作るのがバトルなんやと思うんです。

ライブでもイベントでも何かをやるってなった時に、その一番上澄みの方にいる、ネタに強い芸人を採用してたらもう間違いはないじゃないですか。フタを開けたら実際には下の方にもオモロいやつがゴロゴロおるんですけどね。でもそんなもん数千組おって、いちいち全部は確認してられない。だから、目立つための分かりやすい基準のために戦い続けないといけないっていうことですよね。

――なるほど。今はお笑いの見方も、テレビ、賞レース、劇場、あるいはYouTubeなどたくさんありますけど、これからお笑いにハマりたい人は何を見ればいいと思いますか?

京極 昔は劇場に行くしか方法がなかったと思うんですけど、今はいろんな入口があるのがいいことですよね。テレビの見逃し配信やYouTubeがあるから、好きな芸人だけを好きなタイミングでずっと見ることもできるし。でも、最終的には劇場にたどり着いてほしいなと思うんです。

例えばYouTubeでネタを見て面白いと思いました。TikTokでちょっとした一言がバズりました。それで好きになるのはいいことですけど、その人がどういう人間か、人となりまではなかなか分からないと思います。それってたまたま運良く出た面白ワードかもしれないし、編集のパワーかもしれない。でも劇場で60分出てたら嘘はつけないんで。ほんまに面白いかどうかは、やっぱり生でリアルタイムの場所にあると思うんです。

劇場だけは外的な要因なしで、芸人が自分の力だけでやらなくちゃいけない。そういう素の面白さを見てほしいので、いつか劇場にたどり着いてほしいなとは思いますね。

とはいえ全劇場の全公演が面白いとは限らないんで(笑)、例えばよしもとの劇場の香盤表をチェックして、全部で15組出るとして、2組知ってる人がおったら多分楽しめると思いますよ。合間やラストに企画コーナーがあって、そこにその知ってる2組も出るはずです。そこで素の面白さが見られると思います。

そこから新しく好きな芸人も見つかるだろうし、劇場では芸人同士の関係性がたくさんあって、仲良い先輩・後輩とか、お互いのYouTubeに出てるとか、お笑いの幅が広がっていくと思います。

――9月には主催ライブ「9番街フェス」も控えていますが、賞レースもたくさんあり、テレビやYouTubeもある中で、9番街レトロは今後何を大事に活動していきますか?

京極 賞レースとか主催ライブの前に、「お笑いを嫌いにならないこと」を大事にしようと思ってます。僕、嫌いになったら辞めちゃうんで。賞レースに根詰めるあまり、まったく同じネタを何度も叩いて嫌いになってまでネタをやるとか、そうは絶対にならないようにと思っています。

だから賞レースに重心を置くということはないし、八方師匠がおっしゃったように「ほんまに面白かったら絶対売れる」っていうのを信じて、できるだけ長く、好きなまま続けたいと思ってます。嫌いになったらそれはもう仕事ですから。仕事したくないから芸人になったんですからね。

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「第七世代ブーム」も去り、「その次」が来ているのでは?という問いに対しては「実感はないですね。世代という言葉自体よく分からないし。ただ、その塊みたいなものが移り変わってきたタイミングかなとは思います」

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■京極風斗(きょうごくかざと) 
1995年8月9日生まれ。大阪府出身。吉本興業所属のお笑いコンビ、9番街レトロのボケ担当。2019年に相方のなかむら☆しゅんと9番街レトロを結成。神保町よしもと漫才劇場を拠点に活動中。コンビでは、M-1グランプリ2022準々決勝進出。個人では、R-1グランプリ2023準決勝進出。 
Twitter:https://twitter.com/9th_kyogoku 

■「9番街フェス2023 in 東京」 
日時:9月15日(金)18:30開場/19:00開演/20:30終演 
場所:銀座ブロッサム(中央会館)ホール 
出演:9番街レトロ、他ゲストあり 

■「9番街フェス2023 in 大阪」 
日時:9月30日(土)18:30開場/19:00開演/20:30終演 
場所:大阪市中央公会堂 大集会室 
出演:9番街レトロ、他ゲストあり 

■9番街レトロ「古参あぴ展」 
日程:2023年9月1日(金)~9月30日(土) 
場所:ラフォーレ原宿 B0.5F「愛と狂気のマーケット」 
営業時間:11:00~20:00 
※9月1日(金)は16:00オープン。9月30日(土)は18:00クローズ 
入場料:無料 

取材・文/酒井優考 撮影/山添 太