中谷潤人
「今回は、WBCカラーのトランクスを穿こうと考えて、グリーンを選びました」
WBCバンタム級タイトル3度目の防衛に成功した中谷潤人は、リングを降りてからおよそ4時間後、快活に話した。
減量に苦しんだ中谷が、WBOスーパーフライ級王座を返上し、バンタム級で世界のベルトを巻いたのはちょうど一年前の2024年2月24日だった。
メインイベントが始まる3時間半前、有明アリーナに備えられた大型スクリーンに、控え室入りする中谷の姿が映る。WBOフライ級チャンピオン、アンソニー・オラスクアガと談笑する中谷は、リラックスしていた。
「やるだけですから、HAPPYな気持ちでした。もちろん、緊張感はありますよ。今まで練習でやってきたことを本番のリングで出せるか? という緊張です。ただ、こうした状況を味わえるのは僕だけなので、いつも楽しもうと考えています。恐怖心は一切無いですね」
そんな中谷のターニングポイントとなったのが、WBOスーパーフライ級王座決定戦としてラスベガスで組まれたアンドリュー・モロニー戦である。2023年5月20日のファイトだった。
2度のダウンを奪い、試合を優勢に進めていた中谷だが、最終ラウンドに敢えて倒しに行く。
「モロニー戦で倒すタイミングを掴んだので、練習時から意識して何度も試します。ノックアウトに結び付くまでの過程が大事なんです。
今回は、左ストレートをスタートから打っていく作戦でした。正直なところ、もっと簡単にパンチが当たると想定していたのですが、ヒットさせてもらえなかったですね。クエジャール選手が頭を上手く動かしていましたから、合わせたいのにズレた部分があります。
彼は、ゴング直後からグイグイ出て来ました。パンチはなかったんですが、おそらく1ラウンドに掌で打ってきたオープンブローで、僕の右鼓膜が破れました」
中谷はどんな局面に立たされても、冷静に相手を観察する。
「しっかり気持ちを持っていた挑戦者ですが、"強さ"はほとんど感じなかったです。
僕のストレートが当たるタイミングは見えていたのですが、その分狙い過ぎてしまったと振り返って思います。完璧にやろうとし過ぎてしまいましたね。そこが反省点です」
中谷はこのところ「体が勝手に反応する」と口にする。
「練習から、繰り返しタイミングを計っていますから、体に染みついてきているのかな、と。進歩は感じていますね。今回は、2ラウンド目の途中から、ストレートを胸に打てという指示が出ました」
第3ラウンド、残り32秒。中谷は、左右のボディブローでクエジャールにダメージを与えると、獲物を仕留めにかかる。ワンツーのダブル。
「自分が出したパンチは覚えていません。本当に、体が反応していました。レフェリーがカウントしている時にコーナーに目をやったら、『5~6発、手を出せ!』という声が聞こえたので、ああ効いているんだろうな、と感じました」

起き上がってきたチャレンジャーに、中谷はジャブ、そして左フックをぶち込む。再び崩れ行くクエジャールに向かって、更にフォローのジャブ、左フックを見舞う。メキシコ人挑戦者は、堪らずキャンバスに沈んだ。
腹への攻撃で下を警戒させておいて、顔面。ストレートへの意識を高めさせておき、フックで屠(ほふ)る。一気に畳みかけた連打のスピードも、理詰めで繰り出したものであるかのようだったが、中谷は否定した。
「練習の成果だと思います。スムーズに出たとは思うのですが、本当に細かくは覚えていないんですよ(笑)。2度目のダウン時のクエジャール選手は気持ちが折れていましたし、パンチも効いているようでしたから、もう立てないだろうと感じました」
快勝した中谷は、IBF同級王者である西田凌佑との統一戦が具体化しそうだ。
「西田選手は戦略を実行することに長けています。サウスポーなので、アレンジというか調整が必要でしょう。統一戦は是非やりたいので、実現に向かって欲しいですね」
もはや53.5キログラムで中谷を脅かす存在は見受けられない。それでも、WBCバンタム級チャンピオンが己に満足することは無い。
試合の2日後、彼は改善点を述べた。
「真っすぐ下がり過ぎて相手を勢い付かせてしまったところと、見えていたからこそ左ストレートを狙い過ぎた点を次への課題とします。今後は相手の動きをしっかり把握して、適切な動きをチョイスすることを心掛け、より自分のボクシングを伸ばしていきたいと思います」
進化し続ける中谷潤人。彼は対戦相手を打ち負かすことよりも、自分を磨き上げることを己に課している。
「まだまだ飢えていますね。
僕のリングパフォーマンス、そして生き方を見せたいという思いがあります。自分と相手選手の生き様がぶつかった時に感動が生まれたりしますよね。向こうだって人生を懸けてくる訳ですから。そんな時にドラマというか、何かを感じてくれる人が増えると思うんです。それが僕がやるべき仕事だと考えています」
LAキャンプに密着した筆者の目には、クエジャール戦の中谷はまだ自身の能力の3割ほどしか出していないように感じられた。彼はどこまで上っていくのか。中谷潤人は紛れもなく自分自身との闘いを続けている。

取材・文・写真/林壮一