ウルフ アロンが新日本プロレス入団を発表
6月23日、東京五輪の柔道男子100㎏級で金メダルを獲得したウルフ・アロンが新日本プロレス入団を発表。史上初の"金メダリストプロレスラー"誕生に世間が沸いた。
だが彼自身が語るように柔道とプロレスは似て非なる競技。果たして柔道を制した男は新世界でも活躍できるのか? プロレスを愛する3人の男たちが彼の未来を占った!
■「本当に入ってくれた」ファンからは歓喜の声
前代未聞のビッグニュースにプロレス界が沸いている。2021年開催の東京五輪柔道男子100㎏級を制し、金メダリストとなったウルフ・アロンが国内プロレス界の最大手・新日本プロレス(以下、新日本)への入団を決めたのだ。
柔道の五輪メダリストのプロレスラー転向は、1992年にバルセロナ五輪男子95㎏級で銀メダルを獲得した小川直也以来28年ぶり。さらに言えば、日本人の柔道金メダリストからの転向は史上初だ。その注目度からプロレスメディアだけにとどまらず、世間の関心も高まっている。
「大学生の頃は録画したプロレスを見るのが楽しみだった」と入団会見で語ったウルフ。柔道で頂点を極めた男の前代未聞の転向について、長年プロレスを愛する芸人・ユリオカ超特Q氏が熱く語る。
「ウルフ選手は現役時代からさまざまな場所でプロレスラーになる可能性を示唆してきました。だからこそ新日本入団の話を聞いたときは、驚きというより『本当に入ってくれたのか』と安堵に近い喜びがありましたね」

芸人・ユリオカ超特Q「生来の愛嬌と柔道世界一の実力を生かせばスター選手になるかもしれない」
■スター選手の離脱が相次いでいた新日本
こうした喜びの声の背景にあるのが、オカダ・カズチカの海外団体移籍、内藤哲也の退団など、近年相次いだスター選手離脱による新日本ファンの不安だ。
「来年1月4日の棚橋弘至選手の現役引退も控える中、実績も知名度もあり、プロレス愛にもあふれるウルフ選手の転向は、新日本ファンにとっても、業界全体にとっても明るいニュースなんです」
過去、プロレスに転向した柔道経験者は新日本の社長にもなった坂口征二、先述の小川、武藤敬司、橋本真也らがいる。
「柔道経験者のレスラーは寝技に強く、空中殺法を使うのは武藤さんを除けばまれ。ウルフ選手は今現在、130㎏近いそうなので、重みを生かした試合をしてほしいですね。
今の新日本はヘビー級でも、華やかでスピーディなメキシコのルチャをベースにした闘い方が主流。
さらに、ウルフには「闘魂三銃士」として名をはせた橋本に通ずる部分があると語る。
「橋本選手は強さだけでなく、ちゃめっ気のあるキャラクターで人気もあった。ウルフ選手も荒々しい顔ではあるけど笑うとかわいらしくて愛嬌がある。
ウルフ選手は『プロレスは自分の強さも弱さも表現できる』と言っていましたが、まさに橋本がそういう選手だった。強さも弱さも見せたからこそ、ファンがみんな応援した。生来の愛嬌と柔道世界一の実力を生かせば〝令和の橋本真也〟とも言えるスター選手になるかもしれません」
■注目するのはウルフの〝負けどころ〟
新たなスターレスラーの誕生を期待する一方、プロレスラーでもある総合格闘家・青木真也氏は別の見方を示す。
「ひと昔前だったら、ウルフ選手が総合格闘技という道を選択した可能性もあったでしょう。そうしなかった理由のひとつに、08年北京五輪柔道男子100㎏超級で金メダルを獲得した石井 慧(いしい・さとし)選手が総合転向後に苦戦したというのがあると思います。
現役バリバリだった若手金メダリストでさえ活躍が難しいのが総合の難しさ。そうした認識がウルフ選手の中にもあったのではないでしょうか。
その上で、自分の知名度や表現力などを最も発揮できる場所がプロレスとわかっている。だからウルフ選手の選択は100%正解。
彼が新日本ファンというのは前提としてありますが、彼ほどの選手ならストレートに海外の団体に挑戦してほしかった。そういう〝大きな挑戦〟を彼にはしてほしかったのが本音です」

格闘家・青木真也「彼の選択は100%正解。なんだけど......クレバーすぎて俺は面白くない(笑)」
そんな青木氏だが、ウルフのプロレス転向成功のカギは〝ちゃんと負けられるか〟だと語る。
「ギブアップで思いっ切り負けるとか、一発でダウンして負けるといった〝大きな負け〟ができなければファンもついてこない。プロレスって〝負けるカルチャー〟だから。負けを価値にできるかが問われる特殊な競技なんです。
果たしてそれを五輪王者だった男ができるのか。そういった点で非常に注目しています」
■プロレスという枠を超え〝世間〟と対峙できるか
ウルフ同様、柔道からプロレスに転向した小川直也氏はどうみるのか。
「俺の子供が柔道をやっていて、ちょうどウルフが同世代なんだよ。だから子供のライバルみたいな感じで見ていた。とにかく攻める、いい柔道をするんだ。
ウルフが獲った100㎏級より上の階級には(テディ・)リネール(フランス)という絶対王者が君臨していた。
その中で勝ち抜いてきたのがウルフ。それぐらいの逸材だからこそ、大きなスケールの選手に育ってほしいと俺は思う。やっぱり俺はアントニオ猪木さんに育てられたからさ。
プロレスという枠を超えて総合格闘技に出たり、テレビのバラエティに出たり、〝対世間〟を意識して世の中と対峙していってほしい。今、プロレス界がこぢんまりしているのは、そういう選手が乏しいから。それができるのがウルフだと思う」

柔道家・小川直也「自分の世界をつくり上げてファンを引っ張っていく。それがプロレス」
■ファンに〝こびない〟猪木イズム
プロレスのリングで頂点を極めるのはもちろんだが、ウルフの力でプロレスをより世間に浸透させてほしい。その思いの裏には現代のプロレスへの物足りなさもあるようだ。
「俺たちが昔見ていたプロレスって、タイガーマスクがいて、長州力さん、藤波辰爾さんの闘いがあって、最後にアントニオ猪木さんがしっかりとメインで締めていた。
それぞれのレスラーがまったく違うプロレスの魅力を出してお客さんを楽しませていた。今は言い方が悪いけど、金太郎あめのように似たような試合が多くなってしまった。
入団時点からここまで話題にされる選手はまずいない。そんなウルフがプロレスラーとして成功するためには何が必要なのか。前出のユリオカ氏が語る。
「キャリアの浅いうちに、多種多様な選手との試合を経験することでしょうね。期待されている選手でかわいそうなのが、きちんと下積みの期間が過ごせないところなんです。ウルフ選手も来年の1月4日に東京ドームでデビューするわけですが、前座で試合をさせるという育て方がしづらい。
その点で気になるのが、デビュー後に地方巡業にもきちんと出るのかというところ。巡業に出ないとプロレスファンはなかなか認めてくれませんから(笑)。いつまでもお客さま扱いになる。
ただ、そうやって試合数を増やしすぎれば、今度はせっかくの注目度が下がってしまう。ここらへんのかじ取りを新日本がどのようにしていくのかが見ものですね」
スターの原石だからこそ、どのように磨くかが問われているのだ。小川氏が語る。
「今、新日本はスター選手の退団が相次いでいて、ウルフはいきなりメインを張るチャンスもある。ただ、大事なのはそれをファンが受け入れるかどうか。どれだけ会社がこいつを主役にしようって言ったところで、ファンが嫌だって言ったらそれで終わり。
でも猪木さんは『ファンにこびるな』とも言っていた。お客さんが望むこともやりつつ、裏切ることもしなきゃいけない。そうやって自分の世界をつくり上げてファンを引っ張っていく。それがプロレス、エンターテインメントの世界で必要とされることなんだよ」
ひとりの金メダリストが入ったことでプロレス業界に大きな波が押し寄せている。この新たな大地で、ウルフは大輪の花を咲かせることができるのだろうか。
●芸人・ユリオカ超特Q
1968年生まれ、兵庫県出身。立命館大学ではプロレス同好会に入り、実況を担当。大学卒業後、サラリーマンを経て大竹まこと氏に弟子入り。特技はプロレスラーのモノマネ(藤波辰爾など)
●格闘家・青木真也
1983年生まれ、静岡県出身。
●柔道家・小川直也
1968年生まれ、東京都出身。バルセロナ五輪銀メダリスト。柔道家として活躍後、1997年にプロレスラーデビュー。総合格闘技にも参戦。現在は神奈川県茅ケ崎市で柔道の後進指導に当たる
取材・文/南ハトバ 撮影/宮下祐介 写真/共同通信社