若害の定義
①「お客さま」体質で業務遂行
②無責任な迷惑行為を多発
③仕事の価値は自分が基準
若手の育成に頭を抱える上司たち
若害。周囲の大人の反感を招く言動が目立つ新人が、また今年も入社してきた――。「新入社員だからと見守ってきましたが、何十年と続いた発注が途切れたときは、“若害”と思わざるを得ませんでした」
深いため息をつき、その胸中を吐露した広告代理店で営業部長を務める吉田雅之さん(仮名・49歳)もまた、若手の育成に頭を抱える一人だ。
「普段話せば“いいコ”なのに、前々からいざ仕事となると齟齬が多くて改善されないんです。新人教育として会議、取引時など“議事録”を任せた時も、AI文字起こしで誤字脱字だらけ。議事録の意図を説明しても『雑務はAIに任せたほうが合理的だ』と、本質がまったく伝わりません」
それでも超売り手市場で会社を“選んでくれた”大切に育てたい金の卵だ。本人が望む企画をお願いするも……。
「馴染みのクライアントへ提案する企画案をお願いしてみると、ものの数十分で送られてきました。驚いて、聞いてみたら『AIで作りました』と即答。
「事務連絡を既読スルー、ミスの説明も謝罪もなし」
製造業で係長の木田智勝さん(仮名・45歳)も、若害部下の言動に振り回される毎日で、うつ病一歩手前の状態だという。「どうせクビになんてならないと高をくくっているのか、態度がひどすぎる。事務書類の提出期限について連絡しても既読スルーは通常運転。振込期限が過ぎた請求書を送りつけてくるだけで説明も謝罪もなし。『天気が悪いので起きられない』『先輩の一言で気分が落ち込んで仕事が進まない』は可愛いもので、何か不都合なことがあると『労基駆け込みますよ』が口癖です……」
これは、この新人だけの話ではないそうで、木田さんは同時入社した別の新入社員の態度にも混乱しているとか。
「日頃は礼儀正しいのに、繁忙期でも有休はガンガン使うんです。挑戦したい!と任せた仕事が佳境でもですよ? その影響でチームはほぼ毎日残業。クビにもできない、人員補充する余裕もない、『事前に調整してほしい』と注意しても、『パワハラ』『怖い』と言われる。以来、放置状態です」
もちろん、いつでも有休を取る権利はあるのだが、現場の心情としては複雑だ。
若手社員に頭を抱える現場からの悲鳴
若手社員に頭を抱える中年社員から困乱の声はほかにも……。・仕事終わりに「お疲れさま」と声をかけ、「ありがとうございます! 明日も頑張るので、よろしくお願いします!」と返ってきた翌日に退職代行から電話が来て「もう無理!」と思った。
・仕事は優秀。ただし、自分のやり方を貫き通すし、気に入らないことがあると「そのやり方って合理的じゃないですよね」と上司や先輩にも堂々と指摘する。クライアントと、上司や先輩を飛び越えて交渉を進めてしまうことも……(男性・42歳・メーカー)
・内定者が仕事内容よりも研修内容や休みばかり気にしている。仕事のための研修なのに……(女性・36歳・人事)
・打ち合わせに遅刻した新人が、自分が時間を間違えたのかと錯覚するくらい、謝罪もなく平然と入室。遅刻に気をつけてと話をした際、「俺遅刻してきたの、あの時だけなので」とドヤ顔をされ言葉を失う(男性・37歳・飲食)
・他部署でモラハラ被害に遭って異動してきた新卒社員。彼に担当案件を引き継いで2週間後くらいに病欠してしまい、翌朝「大丈夫だった?」と声をかけたら、「いやCC入れてますけど。メール見てから聞いてくださいよ」と苦笑され、どんな言葉を返すべきかわからず絶望。パワハラは容認できないけど、報連相ができなすぎる(女性・38歳・印刷会社)
・大変すぎて辞めないように本人のキャパを確認しながら業務を任せていたところ、人づてで「仕事を任されすぎてツラい。業務量に配慮がない」と愚痴っていることが発覚。周りの半分も任せていないんだけど……(男性・40歳・メーカー)

「できるけどやらない」は若者の生存戦略
若害に対する情報提供を呼びかければ、多くの上司・先輩から、「議事録がとれない」「言葉の意味を酌み取ってくれない」など、新人の“害”に悩む声が多数寄せられた。これらの若者育成にまつわる違和感について「容易に想像できる」と話すのは、経営学者で東京大学講師の舟津昌平氏だ。「議事録も取れず受け身に見えてしまうのは、できないのではなく“やらない”のではないでしょうか。学校教育では勝手な言動をせず、言われたことに忠実に、失敗しない生き方を教わります。
また、少子化を背景に若者を過剰にもてなすことで、「どこでもVIP扱いしてもらえる」と若者が錯覚しかねないと舟津氏はつけ加える。
「最近では学校だけでなく、企業でも若者のお客さま化が進んでいます。でもビジネスの現場はシビアで、お客さまでは通用しない。『こんなはずじゃない』と、お客さま気分で横柄な態度を取っても、まじめに仕事をする周りからは認めがたい言動でしかありません。若害なる概念を認めるとして、それは先行世代によるお客さま扱いが招いた“カスハラ”なのではないでしょうか」
こうした敗者を作らない「個の尊重に偏った学校教育」や「超売り手市場」が、中年世代に若害として映る要因となっている。さらに、分断を加速させている一因が、「SNS」だ。リクルートマネジメントソリューションズの主任研究員・桑原正義氏は言う。
「学生時代からSNSがとても身近ですが、そこで些細な失言やミスで大きなダメージを負う人たちをたくさん見ています。そのため、相手からどう見えるかには敏感になりますし、安心空間以外では気軽に意見や感情を出さないのは、自分を守る術ともいえます。上司のメールの返信に時間がかかるのも無視しているのではなく、むしろ反応のされ方を気にしすぎて止まっているケースもありそうです」
自分基準は強く、他人基準が弱い

「成長意欲や自分の強みを生かして貢献したい、組織に馴染みたいという思いは、若者にもある。でもそれは、会社色に染まるという意味ではない。自分が自分でなくなる、会社に改造されることへの抵抗や恐怖は非常に強いですね」
そんな“自分らしさ”を意識するあまり、周囲の人の立場や影響に鈍感な面もある。
「自分らしさを重視する若者はフラットな関係に慣れ、良くも悪くも相手へ忖度しないことがあります。自分基準はしっかりあるものの、自分に意味のないことはやらない、会議に遅れて来ても何も言わずにそのまま参加するなど、周囲への影響を含めた相手基準という視点にも意識を払ってほしいシーンもあります。ここは企業研修でも最近の強化ポイントです」(桑原氏)
故に、“意味づけ”や“納得感”へのこだわりにも繫がる。
「先の見えない社会で、過去の成功モデルや経済成長を知らない彼らは、会社が自分の生活を守ってくれるとは思えない。だからこそ、時間を無駄にせず自己成長できる環境を求める。仕事が自分にとって意味があるかどうかを重視し、タイパやコスパを大切にするのも、この延長線上にあります。将来、実を結ぶから、今は辛くても耐えようといった前途洋々な社会を前提とする期待や感覚は、今の若者には持つことが難しくなっているのだと思います」(ボヴェ氏)
明治維新に匹敵する大激動時代が到来!?
「最近の若者は……」と年長者がぼやくのは世の常のように思えるが、こうした分断は何も日本に限った話ではない。世界的に大きな過渡期を迎えていると、前出のボヴェ氏は分析する。「中国の『寝そべり族』や欧米の『静かな退職』など、行きすぎた競争社会に抵抗するライフスタイルが象徴するように『仕事はほどほどに』する。これは世界的な潮流の一つですし、若者は仕事以外にも、推し活、家族や友人との時間など、熱量を注ぐ領域は分散されている。
大きく異なる価値観が共存することで、互いが「害」に見えてしまう。桑原氏はこの時代の変化について「明治維新に匹敵するほどの大転換期を迎えています」と話す。
「個よりも組織中心のこれまでの仕事観と、個と組織が生かし合うこれからの仕事観、この当たり前が大きく異なる2つの価値観が同居する社会構造になっています。『深層多様性』と言って、同じ日本人でも、育った環境も価値観も住む国が違うくらい異なります。どちらが良い悪いでなく、100年後の教科書に載るかもしれないくらいの価値観の大転換期なので、葛藤が生まれるのは当たり前なのです」
答えのない若手教育に混乱する日々も、異国人レベルだと思えば納得だ。
「若害化」5つのキーワード

少子化や受験ブームの影響で、教育現場から就活現場に至るまで、もてなしすぎた結果、若者のお客さま化に拍車がかかっている
②多様性の尊重
型にハメようとするのは厳禁。自分らしさを生かしたい、強みを伸ばしたいという欲求は強いので、各人に適した育成が求められる
③SNS
SNSを通してさまざまな働き方が可視化された結果、素を出すことへの警戒心が強い。自分の意見を主張しないことが生存戦略に
④社会不安
先行き不透明だからこそ、高い専門性を習得したいという成長意欲が強い。入社企業に物足りなさを感じたら、サクッと辞めてしまう
⑤コスパ・タイパ
インターネットの検索で質の高い情報が簡単に手に入る環境が生んだ考え方だが、考える必要がないと勘違いする若者も続出している
【経営学者 舟津昌平氏】
東京大学大学院経済学研究科講師。コミカルに語った『Z世代化する社会:お客様になっていく若者たち』(東洋経済新報社)が話題

立教大学経営学部兼任講師。NPO法人青春基地にプロボノ参加中。

東京大学教養学部全学ゼミ「ブランドデザインスタジオ」の講師を務めるなど、若者との共創プロジェクトを数多く実施している

―[[若害]の激ヤバ実態]―