「困った人=発達障害/愛着障害/その他精神疾患者」から「いい人」が身を守るためのトリセツ
本書は、組織の中で業務が集中しがちな「能力がある人」「仕事を断らない人」「責任感が強い人」を「デキる人」「いい人」とした上で、そのモチベーションを下げる「困った人」を以下の6つのタイプに分類。●あなたの周りの「困った人」はどのタイプ?
タイプ1 こだわり強めの過集中さん ≫≫ ASDタイプ
タイプ2 天真爛漫なひらめきダッシュさん ≫≫ ADHDタイプ
タイプ3 愛情不足のかまってさん ≫≫ 愛着障害タイプ
タイプ4 心に傷を抱えた敏感さん ≫≫ トラウマ障害タイプ
タイプ5 変化に対応できない価値観迷子さん ≫≫ 世代ギャップタイプ
タイプ6 頑張りすぎて心が疲れたおやすみさん ≫≫ 疾患タイプ
上記のような「困った人」に対する対応マニュアルや取扱説明書(トリセツ)を作成し、身を守るテクニックを紹介するという趣旨のビジネス啓発書だ。
障害や疾患に分類するのは血液型占いや動物占いと同じノリ
24~25ページに見開き図版で展開されている「【簡易版】タイプ診断チャート あなたの周りの「困ったさん」はどのタイプ」によると、ASDはナマケモノ、ADHDはサルとして表現されている。
「※本チャートは簡易的なものであり、診断結果を保証するものではありません。厳密に診断したい場合は、お近くの医療機関の受診をお勧めします」との但し書きが入っているものの、チャートの質問に答えていくと、何かしらの障害に分類される。唯一、タイプ5の「世代ギャップ 変化に対応できない価値観迷子さん」のみ障害に関連しないタイプだ。どれにも当てはまらない場合は、「観察不十分!もっと対話や観察を重ねてその人の傾向を知ろう!」という項目に行き着く。
なぜこのような分類を採用したのか、本書では【「困ったさんのことを『怖い』と思う」のは、「困ったさんのような人が、それまで身近に存在しなかった」からであり、「血液型をもとに性格を診断したり、動物にたとえて相性を占う動物占い」のように「〇〇の人はこういう傾向があると断定してくれることで相手のことをわかったような気持ちに」なり、「対処法が見えてくることから安心感につながる」】と神田氏は書いている(「」内原文ママ)。
血液型占いのノリで、「この障害」「あの精神疾患」などと雑なレッテルを貼られる側はたまったものではない。このあたりも炎上に繋がったとみられる。
特性に合わせた環境調整や企業の配慮の責務、特性の濃淡に触れられた記載はある。発達障害をレッテル貼りに利用して欲しいのではなく、個性として面白がるくらいの寛容さが必要だ、周囲の人は困ったさんも傷つきやすいという “事情” を理解しておく必要があるとも説いている。
自身も発達障害当事者で、中高年発達障害当事者の会「みどる」代表理事の山瀬健治氏(59歳)は、本書について以下のように指摘する。
職場に混乱を招くリスクが高い

さらに山瀬氏はイラストの問題にも言及した。
「一番の問題は、『敵が分かれば対策ができる』ので、占いレベルで『当てはめてみました(原文ママ)』としている点です。動物占い感覚で、障害者を動物のイラストで分類するのは不適切。対策本としては疑問な上に、当てはめられた障害者を傷つけ、炎上したのは当然といえます」
実際に、書籍の目次や帯を見て精神科受診に至った当事者もいたという。
企業側の受け入れ態勢への公的な支援が不足
また、Xで本書の出版を擁護する声の中には、当事者の抗議に対して「怠けている “困った人” 」が、対策本によって働かされるのを嫌って、差別と騒いでいるというものもあった。この本に擁護論が出ているという事実は無視できないと山瀬氏は続けた。「本書への擁護論がでる背景には、発達障害のある社員特有のマネージメントノウハウもなく、一緒に働かされる上司や同僚への負担に対する公的な手当てが足らないことが大きいと思っています」
合理的配慮を要求されて、その気持ちはあっても具体的なノウハウも支援もない状態では、負荷ばかりかかる。その負荷は、現場の社員の個人負担となる。
「『〇〇さんへの合理的配慮をしていたので作業が遅れました』が許されないなら、発達障害のある社員と働くことへの忌避感が生まれてきても不思議はありません」
また、実際に発達障害のある社員の中には、職業準備性(障害の有無にかかわらず、働く上で必要とされる基礎的な能力や資質のこと)のない人や、不十分な人がいることも事実だ。
「公的支援制度が “就労ありき” で、就労支援制度の事業者が、障害者を就労させないと、収入が減る仕組みになっています。そのため本来は、働くのが難しい人も、職場に押し込んでいるケースが多々あると思っています」
一度職場を離れて、再度、就労支援を受けるのも選択肢ではある。
「企業側(特に現場)の受け入れ態勢への公的な支援が不足している中で、機械的に法定雇用率をあげる。更に、表面上の障害者の就労率を上げるために、職業準備性の整っていない人を就労させてしまう。そういう状況が続くようでは、また今回のような粗雑ともいえるノウハウ本が出てしまうではないか」と山瀬氏は危惧する。
医師法や障害者差別解消法違反に抵触する恐れは?

「出版は医業(人体に危害を及ぼすあるいはその恐れある行為)ではないので医師法は適用されません。また、出版は事業者が障害者を雇用したり、障害者にサービスを提供しているものではないので、障害者差別解消法の適用も難しいです」
では、本書で解説されている個別の対策についてはどうか。
例えば、【Fさんは感覚過敏(ASD)だから、お風呂シャワーが苦手。上司の注意も聞かない。彼の上司は彼の机だけを他の人たちから離すという環境調整をした。机の配置は空調の風の流れを考慮し、風下に他の人を置かないようレイアウトしたという】という本書の記述を実践することに問題はないのか。
「それが個別具体の対処であれば、むしろ、事業者による『職場環境配慮義務の実践』あるいは『合理的配慮』とも言えなくもありません。
発言相手の立場によっては法的責任の可能性
また、【怒りっぽいH課長が居酒屋で人と触れ喧嘩になった。「間違ってたら申し訳ありませんが、H課長は感覚的に敏感なのでしょうか。例えば、触覚やにおいで気に障ることはありますか?」と聞いてみよう!】と本書で記述されていることについては「同僚、上司に対しては特に法的リスクは少なく 、上司が部下に発言した場合、パワハラとして法的責任が生じます。これには、反復継続して、障害者が職場にいづらくなった等の付加条件が必要にはなります」本書は、発達障害のある社員との向き合い方を軽率に扱ったとされて出版前に炎上した。山瀬氏は、企業側の受け入れ態勢や公的支援の不足がこうした書籍が生まれる土壌だと指摘。岩本弁護士は、本書に記述された個別対策の誤用が、法的責任の追及を受ける可能性となることを示唆した。
発達障害社員のマネジメントに関する書籍は、医師や専門家による有用なものが多数存在する。職場での課題に直面する人は、その情報源が信頼できるか否かについて、改めて考えるべきかもしれない。
<取材・文/田口ゆう>
【田口ゆう】
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。