「第三者行為」という言葉を聞いたことがあるだろうか。鉄道業界で使われる用語で、電車の利用客によって駅や列車内で引き起こされるトラブルを指す。
対象となる行為は様々だが、その中の一つに、駅構内での乗客同士のケンカが挙げられる。現役の鉄道員「鉄道員K」さんに、自身が巻き込まれてしまったケンカの経験談を聞いた。

乗客同士のトラブルに「単独介入はしない」が基本

「駅員の分際で生意気だ!」警察には素直なのに…現役鉄道員がう...の画像はこちら >>
駅は不特定多数が行き来する場所だ。都心のターミナル駅の場合、1日あたりの利用客数は数百万単位にものぼる。これだけ多くの他人が体を寄せ合ったり、すれ違ったりすれば、必然的にトラブルも発生してしまう。

「車内で肩がぶつかったり、ホームで並んでいる列に割り込んできたといった程度でも、大もめのトラブルに発展することはよくあります。何でそうなるのかと、こっちが聞きたくなってしまうぐらいです」とKさんは苦笑する。乗客同士の揉め事が目の前で起こった場合、駅員側はどう対処するのか。

「鉄道会社によっても決まりは異なりますが、自分の会社の場合、基本的に『単独で仲裁には入らないように』と言われています。一人だと危ないから、というのがその理由です」

とはいえ、駅構内での担当業務がそれぞれ異なる以上、他の駅員と物理的に離れて仕事をしていることは多い。そのため、現実的に何か起こっても、初動は一人で対処しなければならないことがままあると話す。

「基本的にするなとは言われているんですけど……やっぱり本能的に入っちゃいますよね、人が揉めていたら」と、Kさんは頭をかく。

揉めている乗客の間に入ろうとして突き飛ばされたことも

特に忘れられない記憶がある。揉めている乗客の間に入ろうとして、結果的に自身が突き飛ばされてしまったのだという。


「平日の終電間際、ホーム上で監視業務に就いていると、背後で揉めている声が聞こえたんです。後ろを振り返ると、若い男女4人連れのグループと、中年の男性が口論していました。男性側がグループのうちの女性一人とぶつかってしまい、謝罪を求めた挙句、口論に発展したようでした」

他の利用客からの視線が集まる中で、双方の言い分を確認しようと近づくと、中年男性は男女グループに掴みかからんばかりの勢いで殴りかかっていた。それを咄嗟に止めようとしたところ、「おめーはそっち(グループ)の肩を持つんか?」と言われ、突き飛ばされてしまったのだ。

幸い怪我こそなかったものの、駅係員・乗務員に対して「殴る」「突き飛ばす」などの振舞いは本来、暴行罪や傷害罪に該当する行為だ。身の危険を感じたKさんは、咄嗟に警察を呼ぶ判断を下す。しかし身柄を引き渡すまでの間にも、再度一悶着が発生したという。

「駅員の分際で生意気だ!」と逆ギレ

「駅員の分際で生意気だ!」警察には素直なのに…現役鉄道員がうんざりする“乗客トラブル”の実態
特に深夜ほど、乗客同士のトラブルが起こりやすい
「待ち時間を使って男女グループに事情を聞いていたところ、突き飛ばした男性が停車中の列車に乗り込んでしまったんです。降りるよう伝えましたが、『何の権利があって俺が降りないといけないんだ』『駅員の分際で生意気だ!』と怒鳴り返されてしまって……。それなのに、警察が到着したら素直に呼びかけに応じて車両を降りていたんです。ああ、自分はナメられているんだなと思いました」

この一件に限らず、些細な内容でクレームをつけたり、暴力行為に及ぶ利用客には、総じて駅員を見下す傾向があるという。

「『駅員の分際で生意気』という言葉が象徴的ですが、こちらを対等な存在としてみなしていないからこそ、平気でイチャモンをつけられるんです。
本当に許せない行為だった場合は警察に被害届を出せますが、業務時間外にしなければいけません。特に夜勤の場合は徹夜覚悟なので、面倒に感じて泣き寝入りする従業員の方が多いのではないでしょうか」

私情にもとづく発言や行動も、駅という公共空間の中では「迷惑行為」と認定されてしまうことがある。従業員や会社まで巻き込む事態に発展しかねないことは、肝に銘じておきたい。

<鉄道員Kさん>
20代の現役鉄道員。大学卒業後に、西日本の鉄道会社で乗務員として数年勤務した後、関東の鉄道会社に転職。鉄道員としての経験する日常について、自身のnoteで発信中。

【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san
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