だがその一方で、周囲にどんな人が住んでいるのか、どんな環境なのかは、実際に暮らしてみるまでわからない部分も多い。
とくにマンションやアパートなどの集合住宅では、近所の住民の生活スタイルによって快適さが大きく左右されることもある。ちょっとした生活音ならまだしも、度を超えた騒音となれば、日常生活に大きなストレスをもたらすこともあるだろう。
今回は、結婚を機に“修羅の国”と揶揄されることもある、福岡県北九州市へ移住したユウタさん(34歳・仮名)が体験した、騒音トラブルについて話を聞いた。
駐車場に停まる“ヤンキー仕様のN-BOX”
「引っ越してきたのはいまからおよそ4年前。結婚を機に、妻の地元・福岡県北九州へ移住することになりました。住むことになったのは、3階建てアパートの1階部分。落ち着いた住宅街で、穏やかな新生活が始まると思っていました」しかし、引っ越して間もなく、ある“存在”が気になるようになったという。
「アパートの目の前にある住民用駐車場に、黒のN-BOXが停まっていたんです。後部ガラスは濃いスモークで中が見えづらく、足元には軽とは思えないほど大きなメッキホイール。夜になると車内で紫色のLEDが光っているような、いわゆるヤンキー仕様にカスタムされているものでした」
車の持ち主と思われる男性は40代前後。黒のロンTに黒パンツ、黒のサングラスという全身黒づくめの格好で、片手にはいつもIQOSを持っていたという。
「目が合うと、無言のままこちらをじっと睨んでくるんです。舌打ちしながらオラオラと歩く姿はかなり威圧感がありました」
とはいえ、その時点では特にトラブルがあったわけではなかった。
「正直、見た目は完全に苦手なタイプのヤンキーでした。いつも一人で車に乗っていて、長いときは1時間以上そのまま車内にいるんです。スマホをいじったり、たまに外に出てタバコを吸ったりしていました。
でも実際に何かされたわけではなかったので、なるべく関わらないようにしようと思う程度だったんですが……」
夜になると地鳴りのように響く重低音が
問題が起きたのは引っ越しから数ヶ月経ったある日の夜だったそうだ。「ある日、夜になったら突然“ドゥン…ドゥン…”という重低音が響き始めたんです。最初はどこから聴こえているのかわからなかったんですが、窓の外を見ると、どうやらあのN-BOXから流れている音楽のようでした。
低音だけがやたら強調されていて、部屋の中にまでズーンと響いてくるんです。重低音すぎて地鳴りのようにもなっていて、うちの窓ガラスが微妙に震えるレベルでした。でも最初は『あのヤンキー怖いし、今日くらいは我慢しよう』と思っていたんですが……翌日も、その次の日も同じような騒音が轟いたんです」
それから騒音はほぼ毎晩のように続くようになったという。
「時間帯はだいたい夜9時ごろから始まって、それから2時間近くも毎日のように車の中で音楽を流しているんです……。正直、何のためなのかはわかりません。嫌がらせなのかと疑いたくなることもありました。
うちのテレビの音が聴こえなくなるほどではないんですが、とにかく低音だけがずっと響くんです。
最初は我慢していたユウタさんだが、ついに管理会社へ相談することにしたそうだ。
「さすがに耐えられなくなって管理会社に相談しました。担当の人も『注意してみます』とは言ってくれたんですが……。その後も状況はほとんど変わりませんでした。むしろ、注意された腹いせなのか、音量が上がったように感じた日もありましたね」
思いついた「音には音を」のお経作戦
どうすれば騒音を止められるのか? 直接注意するのはトラブルに発展する可能性があり、ユウタさんは悩み続けていたという。「正直、見た目がかなり怖い人だったので、直接言いに行く勇気はありませんでした。どうしたらいいんだろうと考えているうちに、ふと思いついたのが『音には音を作戦』です」
その方法は、シンプルだがインパクトのあるものだった。半ばヤケクソの思いつきだったが……これが意外な結果を生むことになる。
「いつものようにN-BOXから重低音が鳴り始めた瞬間、窓を全開にして、カーテンで部屋の中が見えないようにしました。そしてYouTubeでお経を爆音で再生してみたんです」
住宅街の夜に、突然響き渡る読経。冷静に考えればなかなか異様な光景である。
アパートの他の部屋の方々など近隣の住人たちにも迷惑になってしまうとは理解していたが、当時のユウタさんにはそれ以外の対策が思いつかなかったそうだ。
「苦肉の策ではありましたが、見事、翌日からあの重低音の騒音はピタッと止まりました」
周囲の反応も気になったが、特に問題はなかったという。
「この作戦に対して近隣住民から苦情が来ることはありませんでした。もしかすると、他の住民のみなさんもN-BOXの重低音に悩まされていたのかもしれません。うちのお経が“騒音対策”になっていると、目をつぶってくれていた可能性もありますね。結果的に、騒音は完全に止まり、当時は心の底から安堵したのを覚えています。
北九州は“修羅の国”なんて言われることもありますけど、実際に住んでみると暮らしやすい街です。ただ、あのときの騒音トラブルだけは本当に困りましたね。今では『修羅の国より怖いのは、むしろ自分の発想力だったかもしれない』なんて妻と笑っています」
――ご近所トラブルは、直接抗議しにいくなど正面からぶつかるとかえって事態がこじれることもあるだろう。だが時には、大胆な“奇策”が状況を打開するきっかけになることもあるようだ。
<取材・文/逢ヶ瀬十吾(A4studio)>
【逢ヶ瀬十吾】
編集プロダクションA4studio(エーヨンスタジオ)所属のライター。興味のあるジャンルは映画・ドラマ・舞台などエンタメ系全般について。美味しい料理店を発掘することが趣味。
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