Xに投稿された、わずか数秒の動画だった。しかし、その数秒が競馬ファンの間で思いのほか大きな議論を呼んでいる。

500勝達成セレモニーで起きた“まさかの行動”

 7月5日、小倉競馬場でJRA通算500勝を達成した西村淳也騎手の記念セレモニーが行われた。

 プレゼンターを務めた団野大成騎手から記念品のJRAマスコットキャラクター「ターフィー」を受け取ると、西村淳也騎手は間髪入れずにスタンドへ向かって投げ入れた。

「全然面白くない」「ファンサービスだろ」西村淳也騎手の“記念...の画像はこちら >>
 突然の行動に団野騎手も一瞬驚いたような表情を見せ、その場面は動画として瞬く間に拡散された。

 Xでは「ファンサービス精神があっていい」「西村らしくて好き」と歓迎する声がある一方、「全然面白くない」「記念品を投げるのはどうなのか」「節目のセレモニーなのだから、もう少し配慮があってもよかったのでは」と違和感を示す声も少なくなかった。

批判の本質は「投げたこと」ではなくタイミング?

 なぜ、ここまで賛否が分かれたのだろうか。

 まず整理しておきたいのは、西村淳也騎手に悪意があったと断じる材料は見当たらないということだ。記念品をスタンドへ投げ入れた行動も、おそらくは500勝を支えてくれたファンへの感謝を、自分らしい形で表現したかったか、単にウケ狙いだったのだろう。

 実際、他競技では選手がボールや記念品を観客席へ投げ入れる光景は珍しくない。ファンとの距離を縮めるサービスとして受け入れられているケースも多い。

 だからこそ、「何が問題なのか分からない」という受け止め方があるのも自然なことだ。

 ただ、今回、多くのファンが引っかかったのは、「投げたこと」そのものではなく、「いつ投げたか」だったように思う。西村淳也騎手が記念品を投げたのは、セレモニーの進行中。それも団野騎手から受け取ってすぐのタイミングだった。

 もし写真撮影や関係者への挨拶を終え、式典が締めくくられた後に「皆さん、ありがとう」とスタンドへ投げ入れていたなら、受け止め方はずいぶん違っていたかもしれない。


公式セレモニーだからこそ求められた「節目への敬意」

 違和感を覚えたファンが少なくなかったのは、ファンサービスそのものではなく、「500勝という節目を祝う公式の場で、授与されたばかりの記念品をすぐ手放した」という一連の流れだった。

 JRAの記念セレモニーは単なるイベントではない。500勝という数字は、騎手一人の力だけで積み重ねられるものではなく、馬主や調教師、厩舎スタッフ、生産者、そして数多くの競走馬との巡り合わせがあって初めて到達できる節目でもある。

 だからこそ授与される記念品には、その歩みをたたえる意味が込められている。今回の行動についても「記念品を粗末にした」というより、「節目を祝う場の空気と少しかみ合わなかった」と受け止めた人が少なくなかったのではないだろうか。

 もちろん、数秒の映像だけで西村淳也騎手の真意を決めつけることはできない。ただ、SNS時代は意図よりも「どう見えたか」が先に広がってしまう。

 本人に悪気がなかったとしても、意図とは違う受け取られ方をする振る舞いは、一瞬で議論の的になってしまう。それが現在のトップアスリートを取り巻く環境でもある。

トップジョッキーとして求められる立ち居振る舞い

 そして、もう一つ見逃せないのが、西村淳也騎手自身の立場だ。

 今年は100勝を超えるペースで勝ち鞍を重ねるなど、ここ数年で全国区のトップジョッキーへと成長を遂げた。有力厩舎や有力馬主からの信頼も厚くなり、ノーザンファーム生産馬への騎乗機会も着実に増えている。

 成績が上がり、存在感が増せば増すほど、騎乗以外の振る舞いにも注目が集まる。それは人気ジョッキーの宿命といえるだろう。


 レース後のコメント、敗戦時の態度、表彰式での立ち居振る舞い——そうした一つひとつも含めて、その騎手の印象は形づくられていく。

 窮屈な話に聞こえるかもしれない。しかし、影響力が大きくなればなるほど、求められるものも自然と増えていく。

 武豊騎手が長年にわたって支持され続けている理由の一つも、レース外での振る舞いにある。勝っても負けても変わらない所作は、多くの関係者やファンから厚い信頼を積み重ねてきた。

「西村淳也らしさ」をどう見せるか

 もちろん、西村淳也騎手に武豊騎手と同じスタイルを求める必要はない。西村淳也騎手の明るさや親しみやすさ、型にはまらないキャラクターは、多くのファンを惹きつけてきた魅力でもある。

 だからこそ、その個性を生かす場面と、公式セレモニーという節目の場面は、少し切り分けてもよかったのかもしれない。実際、SNSでも目立ったのは「ファンサービス自体は素晴らしい」「式典が終わってからなら拍手していた」という声だった。

 つまり、多くのファンが気にしたのは、行動そのものではなく、そのタイミングだったのである。今回の出来事に正解はなく、ファンサービスとして歓迎した人もいれば、違和感を覚えた人もいた。その両方が存在する以上、この議論に明確な答えを出すことは難しいだろう。


 それでも一つ確かなのは、西村淳也騎手の一挙手一投足が、これほど大きな話題になる存在になったということだ。500勝はゴールではなく、さらなる飛躍への通過点。これから先、勝利を積み重ねるたびに、騎乗技術だけでなく、その振る舞いまで含めて「西村淳也らしさ」が語られていく。

 今回の騒動は、そのことを改めて印象づけた出来事だったのかもしれない。

文/中川大河

【中川大河】
競馬歴30年以上の競馬ライター。競馬ブーム真っただ中の1990年代前半に競馬に出会う。ダビスタの影響で血統好きだが、最近は追い切りとパドックを重視。競馬情報サイト「GJ」にて、過去に400本ほどの記事を執筆。
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