日本時間6月16日未明、W杯初出場のカーボベルデが優勝候補スペインと0-0で引き分けた。この大番狂わせで、米予測市場「ポリマーケット」では、勝率92%とされたスペイン勝利に約100万ドル(約1億6000万円)を張って全額を失った者と、逆側に約6400万円を張って7億円超の払い戻しを手にした者が生まれた。

 無論、日本からの利用は賭博罪に当たるが、この禁断の賭場でAIを駆使して稼ぐ日本人が実在するという。

化け物同士が殴り合う〝テックの戦場〟

 この熱狂をどう見るか。スポーツベット市場に詳しい投資家のマイキー佐野氏はこう分析する。

「今のスポーツベットは、単なるギャンブルではなく最先端テックの戦場です。今大会はグループステージだけで予測市場の取引額が50億ドルを突破。ここで理解すべきは、『ブックメーカー』と『予測市場』は別物だということ。ブックメーカーは胴元が確実に勝つ設計の〝ぼったくりゲー〟。一方の予測市場は、ユーザー同士が試合結果の確率を株のように売買する金融市場に近い仕組みで、米国では先物取引の規制下にある。オッズが板取引で動き続けるので、頭のいい人間が儲けられる場所なんです」

 その「頭のいい人間」=プロのベッター集団の武器がAIだ。

「彼らのAIは、過去の成績を分析するようなレベルではありません。試合映像から選手の位置や速度、守備ラインの歪みまで1試合で数十億個のデータとして追跡し、パスやドリブルを〝単語〟、攻撃を〝文章〟として読み込ませる。さらに記者会見の音声やSNSを吸い上げて感情分析を行い、チーム内の不和や疲労といったピッチ外のノイズまで計算に入れる。そうやって胴元のオッズと実態の歪みを見つけて張ってくるんです」

 対する胴元も、退場や負傷のたびに瞬時にオッズを書き換え、どちらが勝っても手数料が抜けるように市場を調整しているという。


狙うのは勝敗ではなく「引き分け」

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 そんな化け物同士が殴り合う賭場で稼いだ日本人がいる。都内のITエンジニア、戸川啓輔さん(仮名・36歳)が使うのは、仮想通貨で入金する海外ブックメーカー。日本語表示に対応し、試合のライブ配信まで見られるという。

「きっかけは大会方式の変更です。今回から48か国が12組に分かれ、各組3位でも12チーム中8チームが決勝トーナメントに進める。つまり『負けなければ突破できる』大会になったんです。どの国も落とせない初戦は固く来ると読みました。AIに試算させると、引き分けの想定確率は3割超。それなのにオッズは平均3倍台のまま。期待値が1を超える賭けなんて、めったに転がっていませんから、分散してベットした」

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今大会、台風の目となったカーボ・ベルデもドローに賭け、的中。「4.1倍のペイアウトとなり、おいしかった」(戸川さん)
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 読みは的中した。今大会のグループステージは72試合中20試合が引き分け。率にして28%と、’18年大会の19%、’22年大会の21%から跳ね上がった。

「初戦の24試合から、実力が拮抗した10試合ほどに絞って数万円ずつ張りました。
結果、初戦は9試合がドローですよ。スペイン対カーボベルデも遊びで1万円だけ張っていて、これが13倍。慣れてくると、最終節は〝両チームとも引き分けなら突破〟という試合が事前に分かる。オーストラリア対パラグアイなんて、ドローが2.2倍まで潰れていたのに案の定0-0。カーボベルデにいたっては3戦全部引き分け、勝ち点3で突破ですから。この大会、引き分けは事故じゃなくて〝戦略〟なんです」

 元手の50万円は、3週間で3倍になったという。

一撃200万円勝った猛者も

 食品メーカー営業の三好隆二さん(仮名・42歳)は、試合を重ねるたびにAIを成長させていった。

「最初は『どっちが勝つ?』と聞くだけの博打でした。そこから、AIに与える指示文=プロンプトをAI自身に採点させて改良を重ねたんです。今は直前のスタメン、負傷者、ゴール期待値、疲労度、審判の傾向、各社のオッズなど10以上の要素を読み込ませ、『推測で補完せず、Web検索で最新情報を取り、不確かな点は明記しろ』と縛る。仕上げはモンテカルロシミュレーション。同じ試合を乱数で1000回戦わせ、最も多く出たスコアを採る。実際に計算するわけじゃなく、そういう体で推論させるだけですが、答えがグッと締まるんです」

 予測の磨き込みに使うのも、AIだ。


「鍛えた質問をChatGPT、Claude、Gemini、Grokの4つに同時に投げてみました。6月30日の日本対ブラジル戦は、4つ全部が『ブラジルの2-1』で一致。結果はその通りでした。日本には申し訳ないですけど、これは使えると確信して、続くフランス対スウェーデン戦で勝負に出たんです。4つのうち3つが、最有力スコアに『3-0』を挙げた。フランスはグループステージ3試合で10得点、スウェーデンは日本と引き分けるような決定力でしたから、迷わずコレクトスコアの一点張り。30万円を突っ込みました。夏のボーナスが、200万円に化けました」

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時差観戦が辛く、大会期間中は鰻を食べて精をつけたと語る三好さん。「一番使ったのはClaude。トークン消費がえぐかったので、最終的には月額4万円近くするプランに加入した」
 ただし、こうした〝勝者〟も日本の法律では黒だ。’24年にはサッカーなどに賭けた公務員や主婦らが書類送検された。警察庁が’25年に初公表した推計では、国内オンラインカジノの賭け金だけで年約1兆2400億円。海外スポーツベットの違法市場は、民間推計で年6兆円超に上る。

AIが本当に効くのは合法の〝投資市場〟。
どこまでいっても胴元の勝ち

 勝った2人は「AIのおかげ」と口を揃えるが、前出の佐野氏は一蹴する。

「プロのAIと胴元のAIが殴り合う市場で、素人が勝ち続けるのは至難の業。それに大前提として、日本からスポーツに賭ければ犯罪であり、手出しするべきではありません。ただ、AIと予測の相性については、本物だと考えます。先の米大統領選でも、世論調査より参加者が自分の金を張る予測市場のほうが正確でした。同じ構造は株や債券にもあります。SNS上の感情まで多角的に読ませるオルタナティブデータ分析は、データが公開された合法の投資市場でこそ真価を発揮する。本気でAIで勝負したいなら、賭場ではなく市場を選ぶべきです」

 確実に勝ち続けるのは、瞬時にオッズを書き換える胴元と手数料を抜くプラットフォームだけだ。しかし、AIで勝てる市場はたしかにあるかもしれない。

投資家
マイキー佐野氏
’82年生まれ。世界40か国以上で事業を手掛け、海外経済やAIを駆使した市場分析に精通。大ヒット中の著書『ずる賢い人のための億万長者入門』やYouTubeでも発信中

取材・文/桜井カズキ
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