自然素材を生かしたスモールハウスで村を活性化したい――そう考える彼女に、檜原村での暮らしと、その先に描く夢を語ってもらった。
移住のきっかけは偶然に
――宮崎県から東京都・檜原村へ移住された経緯を教えてください。内田:宮崎県で夫と別居して住んでいた6帖のスモールハウスが、第10回日本漆喰協会作品賞を受賞したんです。それをきっかけに全国から見学者が訪れるようになりました。その一人が檜原村に住む女性で、「同じ家を建てたい」と言ってくださって。「ついでに遊びに来たら?」と誘われたんです。
私はちょうど親との確執もあって、宮崎を離れたいと思っていた時期でした。その方が冗談半分で「いっそ移住してきたら?」と言ったのを、私が本気にしちゃって(笑)。そのまま檜原村へ行って、その方の家に1年間居候しました。
さすがに「いつ帰るの?」と言われて、住む場所を探し始めたところ、空き家になっていた築80年ほどの木造平屋の古民家と出会い、借りることができたんです。
――宮崎に残られた旦那様とは、その後どのような関係なのでしょうか。
内田:檜原村へ引っ越すとき、夫には「もう二度と会わないかもね。
私が親の会社を継いだ後、親が勝手に会社を従業員へ売ってしまったことが許せなくて、心が荒れていました。夫は、私が親の近くにいると気持ちの整理がつかないことを分かっていたので、檜原村へ来て落ち着いたことに、きっと安堵していると思います。
たまにこちらで足りないものを宮崎から送ってくれたりして、ちょうどいい関係が続いています。
――長年築いてきた仕事や人間関係を離れることに、不安はありませんでしたか。
内田:ミニマリストになったので、人間関係も一回リセットしてみようと思ったんです。長年インテリア職人として働いてきましたけど、体力仕事だから、いつか限界が来るだろうなと思っていました。
「いつ引退するんだろう」と考えていた矢先でもあったので、「もういいや」と思って移住しました。
バイトで資金をためて古民家を改装
内田:2年前に宮崎県から移住してきたんですが、その前年に一度だけ来て、2、3日滞在したんです。
まず、水と空気が本当にきれい。私は水がきれいな場所が大好きなんですよ。伝統構法で建築するには、水がきれいなことがすごく大事です。
寺社仏閣が長年残っているのは、立地条件がいいから。水と空気がきれいじゃないと、100年建築にはならないんです。檜原村には歴史ある神社や美しい滝もたくさんあって、そういう自然環境に惹かれました。寺社仏閣には御神木がありますよね。御神木が育つような自然に恵まれた土地だからこそ、建物も長持ちするんです。
――実際に暮らしてみて、檜原村の魅力はどんなところにありますか。
内田:一番は、人がいいことですね。散歩していると、手ぶらで帰れないくらい、みんな野菜をくださるんですよ。
コミュニティもしっかりしていて、人づてに情報がすぐ伝わる。ネットやSNSより早いですよ(笑)。村中みんな親戚みたいな感じて、本当に住みやすい。働こうと思えば、「こんな仕事があるよ」と仕事も紹介してもらえますしね。
――檜原村へ移ってからは、どのようなお仕事をされているのでしょうか。
内田:こんにゃく屋さんでパック詰めをしたり、旅館の掃除をしたり、都道の交通整理や落ち葉の片付けをしたりしました。多いときは4つのアルバイトを掛け持ちして、とにかく働いて、お金を貯めました。
そのお金で、借家のオーナーさんに許可をいただいて、フローリングだったリビングやキッチンの床を張り替えたんです。
使ったのは、私が商品開発した「江戸杉3cm」という素材です。自然乾燥させた檜原村産の杉を厚さ3センチの板に加工したもので、断熱効果があるので冬でも暖かいんです。関心のある方にはモデルルームとして公開しています。
良いことづくめの「ヤギがいる生活」
内田:家賃は月3万円です。光熱費は6,000~7,000円くらいかな。焚き火でご飯を炊くので、電気代もあまりかからないんです。食費も野菜はほとんどご近所さんがくださるので、買うのは肉くらい。
たまに贅沢もするので食費は3万円くらい。
――ご自宅ではヤギを飼われていますね。飼い始めたきっかけを教えてください。
内田:宮崎でもヤギを2匹飼っていました。農地の雑草を食べてもらうためです。雑草が生えっぱなしになっていると、除草剤を撒かれてしまうんですよ。私は除草剤が撒かれると、頭が割れるほど痛くなったり、発疹が出たりする。だから、撒かれる前にヤギに雑草を食べてもらっていたんです。
檜原村に来てからも、きれいな景色を作りたくて、「ヤギを飼いたいので耕作放棄地を貸してください」とお願いしたら、意外とすんなり貸していただけました。ヤギ小屋も宮大工さんにお願いして、伝統構法で建ててもらいました。
私が庭の草むしりをしなくても、ヤギが植木屋さん並みにいい仕事をしてくれる。おかげで景観もきれいになりましたし、ヤギを見ていると平和すぎて癒やされますね。
――現在も建築やインテリアのお仕事は続けているのでしょうか。
内田:もう以前のような仕事はできません。宮崎ではミシンを10台持っていましたけど、今はもうないですから。
ただ、伝統構法で天然素材の木材を使った家を建てたいという相談があれば、知り合いの宮大工さんをご紹介したりしています。趣味みたいなものですね。そうやって自然素材の家が少しでも増えたらいいなと思っています。
スモールハウスで村の活性化を目指す
――今、親御さんへのお気持ちは変わりましたか。内田:今となっては、会社を乗っ取られたことも、檜原村へ来るきっかけになりました。人生に無駄はないって言うでしょう。どんな経験にも意味があるんですよ。
親への恨みが消えたわけではないけれど、今はすっきりしました。縁が切れたことは、私にとっては良かったと思っています。
――今後、檜原村で実現したいことはありますか。
内田:私は、檜原村でも伝統構法で建てた自然素材のスモールハウスを広めていきたいんです。健康のために住みたい人もいるし、自分だけのプライベートスペースが欲しい人もいる。別荘として持つにも、それほどコストはかかりません。
実際、山梨県の小菅村では2017年から過疎対策としてタイニーハウスプロジェクトを始めています。私もそのコンテストで村長特別賞をいただきました。古民家を「あげます」と言われても、「広すぎて管理できない」と敬遠する人は多い。スモールハウスなら生活コストも維持費も抑えられるので、もっと気軽に移住できます。
檜原村の面積は森林が約95%を占めています。こんなに豊かな森林資源があるんだから、新建材ではなく、自然の木をそのまま生かした家づくりを伝えていきたいですね。
私が移住してきた頃は人口が2,000人でしたが、年々減っています。この自然を生かしたスモールハウスで移住する人が増えて、村がもっと元気になったらうれしいです。
――家づくりで大切なのは、どんなことだと思いますか。
内田:私は、家は最初から完成していなくていいと思っています。子どもが生まれたら一部屋増築して、子どもが巣立ったら、その部屋は撤去すればいい。暮らしに合わせて増改築していけばいいんです。
大きな家を建てても、子どもが独立したら広すぎて住みにくくなるでしょう。小さく始めて、その時々の暮らしに合わせて変えていく。私は、そんな家のほうが、ずっと自由で住みやすいと思っています。
【秋山志緒】
大阪府出身。外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle
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