推し活、家族、仕事、治療――長年続けてきたものを手放すには、未練や罪悪感、費やした時間とお金への執着がつきまとう。だが、時に“続ける”ことで、人は身動きが取れなくなる。
自分を守り、次へ進むための「やめどき」はどこにあるのか。人生を左右する大きな決断をした人の実例から、その見極め方を探る。

30歳が芸人をやめる一つの区切りだったが…

「30歳で芸人をやめる」が一つの区切りだったのに…夢を追い続...の画像はこちら >>
芸能界への憧れを持つ若人は少なくないが、周知のとおり狭き門だ。が、その夢を捨てきれず、やめどきを見失う人が少なくない。その典型が、芸人の世界だという。

「錦鯉がM-1で優勝したことが本当に悪い影響を与えてしまって。『俺もまだいけるかもしれない』と中年・熟年の芸人に儚い希望を与えてしまった(笑)」

こう話すのはお笑いコンビ「飛石連休」の藤井ペイジ氏。「やめる芸人」を数多く見てきた人物だ。

「カンニング竹山さんがブチギレ漫才でブレイクしたとき『30歳にもなって全然売れてへんわ!』とつかみで叫んでいたように、30歳が芸人をやめる一つの区切りだった。でも今は『中年でも売れるかもしれない』と続ける芸人が増えた。劇場やテレビでお笑いを披露する以外にも、YouTubeなど別の稼ぎ口が増えた影響もあります。

実際には、錦鯉はライブ後の打ち上げにも顔を出さずに、2人でネタを作るストイックなヤツらで、だからこそブレイクを果たしたんですけど、そういう努力を知らない芸人までもが“遅咲き”を夢見て、やめどきを見失っている」

自らを「やめさせない」最大の原因は…

そのため、やめるにはそれなりの理由が必要になるとか。

「正直、自分のお笑いの才能のあるなしなんて、5年もやればわかると思うんです。でも、天才じゃないなりの戦い方をみんな考えるんですよね。
それであがいて、矢尽き刀折れて負けを認めた人からやめていくんじゃないですかね。やめるはやめるでしんどいですよ。なんやかんやで楽しい世界なので」

だが、自らを「やめさせない」最大の原因は、芸人ならではの成功体験にある。

「舞台で一度でもドンッて笑い声が返ってくる快感を知ってしまったら、やめられませんよ。お笑い以外にはバイト経験しかないヤツが大半だけど、間違いなく、ほかの仕事じゃ味わえない快感なので。その点で、夢屋まさる(『パンケーキ食べたい』で一時、大ブレイク)は潔かった。

大学卒業のタイミングで芸人をスパッとやめ、現在はテレビ局員としてバラエティ番組の制作に携わっています。一方で、野々村友紀子さんのように芸人を一度やめたけど、またテレビで活躍している人もいる。結局、本当に面白い人はやめても新しい活躍の場が見つかるんです」

「やめるときは死ぬとき」壮絶な総理の引き際

「30歳で芸人をやめる」が一つの区切りだったのに…夢を追い続ける中年芸人が増えた“意外な背景”
ジャーナリストの岩田明子氏
見る人を笑顔にする芸人に対して、国民を豊かにしようと努めるのが政治家だ。その日本政治の最高権力者たる内閣総理大臣ともなると、「やめどき」は国の趨勢にも直結する。多くの総理の引き際を間近で見てきた元NHK政治部記者の岩田明子氏が話す。

「安倍晋三元首相は第1次政権のときは、やめどきを誤りました。その責任の一端は私にもあった。
’07年の参院選で与党過半数割れの歴史的惨敗を喫して政権運営に自信をなくした安倍さんに、私は記者の立場をわきまえずに『絶対にやり抜くべきだ!』と声を張り上げていたので……。その結果、閣僚の不祥事が明るみに出て、安倍さんはさらに追い込まれて政権を放り出すような形でやめることになった。

でも、この経験があったからこそ、’12年の第2次政権発足時に安倍さんは私に『次にやめるときは死ぬときだ』と言い切った。実際、難病の潰瘍性大腸炎が再発してもレミケードという薬を服用し、副作用に悩まされながらもギリギリまで務め上げた。辞任直前までトランプ氏らとの電話会談をこなし、政権の引き継ぎをしっかり行った。だから、後任の菅政権は“居抜き”のような人事で安倍路線を継承したんです」

やめどきを見失う人も少なくない

総理という仕事には異常な重圧が伴うので、やめどきを見失う人も少なくないという。

「麻生太郎元首相が『どす黒いまでの孤独』と表現したように、とてつもなく孤独なんです。重圧もすさまじく、多くの人が睡眠薬を服用し、夢の中でも答弁をする。支持率が低迷しても、それだけの理由でやめて政治空白をつくるわけにはいかない。だから、森喜朗元首相のように支持率が一桁まで落ち込んで辞任する人もいれば、麻生さんのように“追い込まれ解散”を余儀なくされる人もいる。

石破茂前首相も、かつては『安倍、辞めろ』と批判していたのに、自分は参院選・衆院選で惨敗しながら潔く身を引けなかった。きれいなやめ方ができたのは第2次の安倍さんと小泉純一郎元首相あたりでしょう」

一方、反動で元総理は生き生きとする傾向にあるとも。


「森さんは総理辞任後も清和会で隠然たる力を発揮したうえに東京五輪やラグビー業界でも力を振るいました。近年でも岸田文雄元首相はSNSを積極的に活用したり、頻繁に海外視察に行っているし、石破さんは消費減税批判を繰り返すなど、かつての党内野党的な言動を取り戻しています。重圧から解放された元総理だからこそ、できる仕事があるにはある」

いつやめるべきか……? 芸人や総理になったつもりで考えてみるのも手か。

【芸人 藤井ペイジ氏】
1972年大阪府生まれ。お笑いコンビ「飛石連休」のツッコミ担当。YouTubeや書籍を通し、芸人の生き方やキャリアにも向き合っている

「30歳で芸人をやめる」が一つの区切りだったのに…夢を追い続ける中年芸人が増えた“意外な背景”
不幸にならない[やめどき]の正解
【ジャーナリスト 岩田明子氏】
元NHK政治部記者で、「安倍元首相と最も近い記者」と言われ、第2次安倍政権退陣の際には「安倍首相、退陣」の特ダネを抜いた

※2026年9月2日号より

取材・文/週刊SPA!編集部

―[不幸にならない[やめどき]の正解]―
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