行列ができているラーメン店を見ると、つい「おいしいのかな」と並びたくなる。ネットの口コミで星がたくさん付いていると、それだけで安心してしまう。
人がたくさん集まっている場所は、それだけで良さそうに見えるものです。
「パチンコ店のサクラ」で月40万円稼いだ44歳。怪しまれない...の画像はこちら >>
警察庁の発表によると、全国のパチンコ店とパチスロ店はあわせて、2021年末の8458軒から2025年末には6464軒に。この4年だけで、約2000軒が姿を消しています。

今回ご紹介するのは、過去に大きな反響を呼んだ人気記事から、20代のころにパチンコ店の「サクラ」としてアルバイトをしていた男性の話。業界の都市伝説とも言われてきた仕事の中身を、本人が語ってくれました。

記事の後半では、パチンコ店の数の移り変わりと、ギャンブルとの付き合い方について調べてみました。

*  *  *

 昔から業界都市伝説として聞いたことがある人も多いであろうパチンコ店のサクラ。あらかじめ出玉やメダルの大量獲得が期待しやすい優良台で遊技し、「この店は出ている」とお客に思わせる印象操作がその目的だと言われている。

 金属部品工場で働く武田恭司さん(仮名・40代)は、20代前半の数年間、パチンコホールのサクラとしてアルバイトしていたとか。もともと趣味でスロットを打っていたそうだが最初は勝ったり負けたりの繰り返し。トータルでの収支はマイナスのどこにでもいるごく普通の一般客だった。

 だが、2002年のある晩、中高生の頃に自分のことを可愛がってくれていた地元のT先輩から久々の電話。
はじめは近況報告やスロットの話で盛り上がっていたが、唐突に「ちょっとバイトする気ないか?」と言われたそうだ。

日給は1万5000円。獲得メダルの枚数が多ければボーナスも

「それがパチンコ屋のサクラでした。そんな話が本当にあるんだという驚きと自分がそれをできる嬉しさもあり、その場で『喜んで!』でバイト先の居酒屋みたいなノリで返事したのを覚えています」

 筆者は若手ライター時代、パチンコ店や新機種の広告記事などを担当していた時期があり、業界関係者との付き合いはそれなりにある。実は、都市伝説などではなく昔はサクラが存在していたこと、当時はそういう連中を使う一部のホールがあったことを噂レベルの情報として認識していた。

「パチンコ店のサクラ」で月40万円稼いだ44歳。怪しまれないために存在した“ルール”とは…/パチンコ店は20年あまりでどれくらい減ったのか調べてみた
※画像は生成AIによるイメージです
 ちなみに武田さんを誘ったT先輩はサクラのグループの幹部。連絡は携帯メールで行い、打ちに行くのは週3~4日。基本的に住んでいた県や隣県のホールが多かったが遠方に打ちに行くことも時々あったそうだ。

「半月くらい前には『この日空けといて』と言われますが、場所についての連絡は前々日か前日。情報漏洩を防ぐために直前まで教えないようにしていたそうです。いずれにしても普通の仕事との両立は難しいため、それまで働いていた居酒屋のバイトは辞めました」

 あと、気になる報酬についても組織によって多少異なるようだが、彼が所属していたグループの場合、基本日給1万5000円。これに収支がプラス10~15万円で1万円、15~20万円だと1万5000円、20~25万円なら2万円といった具合でボーナスが加算される仕組みだったそうだ。


ホールでは仲間と他人のフリをする

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「打つのはスロットオンリーで、座る台は必ず高設定でした。私はどういうやりとりが行われているのかは知りませんが、事前に先輩のほうから『○○は○番台』って感じで指示があり、好きな機種を打てるわけではありません。まあ、高設定台なら万枚オーバーでボーナスが付くことも多かったし、どの機種でもこっちは全然文句なかったですけどね(笑)」

 なお、サクラとしての武田さんの最高勝ち額は、2万数千枚のメダルを獲得して40数万円勝ち。取り分は基本給1万5000円+ボーナス4万円の計5万5000円だったが、それでも取り分としては十分すぎるほどだ。

 このほかに交通費は実費を別途支給。ただし、食事代や遊技中の飲み物代は自己負担だったそうだ。

「大体月の半分はサクラのバイトが入り、平均月収は30~40万円。まあ、好きなスロットでそれだけ稼げるなら文句はないですよね。けど、プライベートでもスロットを打ちに行ってたから収入は半分やそれ以下に目減りすることも多いんですよ。私の場合、パチプロのようにコンスタントに勝てる技術も実力もなかったので」

 ホールにはT先輩を含む、4~5人1チームで行くが、ホール内では全員他人のフリで声をかけたりはしなかったそう。用事がある場合は、すべて携帯メールを通じて行う念の入れようだったそうだ。

「常連客とのトラブルを避け、サクラのことを知らないホール従業員から怪しまれないためです。だから、見た目に関しても『派手な格好は控えるように』なんて指示もありました」

「爆裂機」が減ったことでサクラの需要がなくなり…

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※画像は生成AIによるイメージです
 ところが、武田さんはサクラの仕事を3年で辞めてしまう。00年代半ばに入ると、仕事の機会が激減してしまったためだ。


「それまで主流だった4号機と呼ばれる爆裂機が射幸性が高いとして規制が入り、大量出玉が期待できない機種に移行し、スロット人気が一時的に落ち込んだんです。次第に週2~3日、週1~2日と減ってしまい、そろそろ潮時かなと。人に胸張って言えるような仕事じゃないし、誰がどう見ても怪しいだけじゃないですか。もう20代半ばに差し掛かっていたし、そろそろちゃんとした仕事に就こうと思って辞めました。まあ、何度も万枚オーバーを達成できたし、半分ズルでもそういう経験ができたのはよかったですけどね」

 ホール側が集客目的にサクラを起用していたとしてもこれはお客に対する重大な裏切り行為。その片棒を担いだ形となり、確かに人には言えないだろう。

 倫理的には許されないが、それでもスロットで飯が食えていたのは事実。彼の中ではそんなに悪い思い出にはなっていないようだ。

<取材・文/トシタカマサ>

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■パチンコ店は、20年あまりで約1万軒減った

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さらにさかのぼると、減り方はもっとはっきりします。警察庁の発表によると、全国のパチンコ店とパチスロ店はあわせて、1995年末の18244軒がピークでした。武田さんがサクラをしていた2002年末には、すでに16504軒まで減っています。そこから20年あまりで約1万軒、6割ほどが減った計算です。

パチスロ専門店にかぎると、2002年末の1249軒から2006年末には2086軒まで増えましたが、2008年末には1137軒に。
4号機の撤去期限だった2007年をはさんで、2年でおよそ半分近くまで減っています。

■ギャンブル依存が疑われる人は、成人の1.7%

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厚生労働省が公表した2023年度の調査によると、過去1年にギャンブル等への依存が疑われる人は、成人の1.7%と推計されています。

武田さんは、サクラとしては平均で月30万~40万円を稼いでいました。ただ、自分のお金で打ちに行く分もあったため、手元に残るのは半分やそれ以下になることが多かったそうです。勝てる台を教えてもらえた人でさえ、自分のお金で打つと、なかなか勝てなかったということになります。

もちろん、今回の数字から、サクラが今もいるかどうかはわかりません。依存の調査も、パチンコだけを調べたものではありません。それでも、隣の台からメダルがあふれているのを見ると、「この店は出ている」「もう少しだけ」と思ってしまう気持ちは、多くの人に覚えがあるのではないでしょうか。次にお店の前を通ったとき、その「もう少しだけ」がどこから来ているのか、ちょっとだけ立ち止まって考えてみてもいいのかもしれません。

<再構成/日刊SPA!編集部>

【トシタカマサ】
ビジネスや旅行、サブカルなど幅広いジャンルを扱うフリーライター。リサーチャーとしても活動しており、大好物は一般男女のスカッと話やトンデモエピソード。4年前から東京と地方の二拠点生活を満喫中。

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