俳優・毎熊克哉(38)の活躍が目覚ましい。NHK大河ドラマ「光る君へ」で脚光を浴びた昨年に続き、7月4日公開の主演映画「『桐島です』」(高橋伴明監督)では、1970年代に連続企業爆破事件で指名手配された過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者(被疑者死亡で不起訴処分)の約50年にわたる逃亡生活を熱演。
見る者を刺すような鋭い瞳。それとは裏腹に、毎熊の語り口はいたって柔和だ。映画「『桐島です』」で有名逃亡犯になりきった自身を振り返る口調も、謙虚そのものだった。「不安はあったんですけど、『桐島にしか見えないよ』っていろんな人から言われますね。じゃあよかったな、と。顔はそんなに似てないと思いますし、ヘアメイクの力ですね」
昨年1月に日本中を駆け巡った「桐島聡容疑者、発見か」のニュース。名乗った病院で4日後に死去したことも話題をさらった。「顔だけは昔から知っていた」という桐島役のオファーを受けたのは、半年もたたないうちだった。「まず、どんな人だったか分からない。みんなが勝手にイメージを持ってるという意味では織田信長も一緒なんですけど、ついこの間まで同じ世界に生きていた人を演じる怖さはあった」
共通点を役作りに生かした。音楽が好きでミュージックバーによく通い、何といっても同じ広島・福山市出身。
20歳から70歳までの桐島を演じ切る不安は、撮影を進める中で拭い去っていった。物語の終盤には病棟で「桐島です」と名乗るシーンがある。「疑似体験してきた50年分の蓄積がないと、このセリフは言えなかったかも」。すべて一発撮りだったという現場で、演技に全身全霊を込めた。
常に迷いながらの映画人生だった。幼い頃から映画監督を志したが、高校卒業後に進学した東京フィルムセンタースクールオブアート専門学校(現・東京俳優・映画&放送専門学校)では「撮影の知識がないと監督ができない」と撮影・照明のコースを選択。1年で「やっぱり楽しそうだな」と映画監督コースに移ったが、撮りたいシーンのイメージが俳優に伝わらない。「自分でやってみよう」。進路指導の先生からの反対を突っぱね、俳優活動を本格的に始めた。
「学校としてはどこかの制作会社に入る方が実績としてはいいわけじゃないですか。ただ、合同企業説明会で話を聞いても『なんか違うな』みたいな感じがずっとあった。俳優に対する演出は、3年間では全く分からなくて。それをもう少し自分で体感して理解したいという気持ちが強かった。自分の人生は自分で決めます、と」
とはいえ仕事はなく、30歳で新人賞を取るまではアルバイト生活。TSUTAYAの店員も経験した。勤めていた飲食店が潰れた時に求人誌で見つけたのが、引っ越しのアルバイトだった。「結構時給が良かったんです。でも初日がしんどくて。怖い人たちが『お前、そこの洗濯機を早く階段へ持ってこいよ』と。こっちは『1人で持っていけるわけねえだろバカヤロウ』みたいな。でもみんな持っていくんですよ。
この頃に「ようやくスイッチが入った」という役者の道で花開いた。近年はテレビにも活躍の場を広げ、昨年の大河ドラマ「光る君へ」では町中で風刺劇を披露する散楽(さんがく)一座の男を好演。役名にちなんだ「直秀ロス」も話題になった。主演の吉高由里子がいたずら好きで「すぐ足カックンされた」のもいい思い出だ。
映画監督を夢見ていたはずの毎熊だが、すっかり役者業が軸になった。「今、自分で監督しようとかあまり思ってなくて。とにかく『現場にいる人』でいたい。1つのシーンのためにああでもないこうでもないと話し合いをする、一見面倒くさそうなのがたぶん楽しい」。昨年公開された自主制作映画「東京ランドマーク」ではプロデュースと配給を手がけた。「監督に等しい立ち位置な気がする。もっと勉強してみてもいいのかな」と新たな発見があったという。
今年は映画「初級演技レッスン」「悪い夏」にも出演。作品に取り組む意欲の源泉として「挑戦」という言葉を繰り返した。「自分にとっての挑戦になるかどうかと、作品自体が挑戦的だなと感じるかどうかは大きい。こういう役やったことないけど自分にできるのかな、って思うのも一つの挑戦ですし。今回の桐島役も怖かったですけど、挑戦だと思ってやってました」
高校時代に夢中になり、上京後も週3回習っていたストリートダンスが演技に生きている。「目の前に映っている自分と向き合うしかない。客観性を持って自分の体を見なきゃいけないし。(桐島役として)今、70代に見えてるかな?とか。そういう意味では無関係ではなかったのかな」。過去を懐かしむ表情は生き生きとしていた。
「いろんな役を演じるチャンスをどこまで発展させられるか」ともくろむ毎熊は、あと2年で40歳。ずっと「上には上がいる」と格闘してきたが、40代に向けてあるテーマを意識している。
◆毎熊 克哉(まいぐま・かつや)1987年3月28日、広島県生まれ。38歳。専門学校を卒業後に俳優活動を始め、2010年に初出演舞台「TIC―TAC」で主演。16年、専門学校時代の同級生である小路紘史監督の映画「ケンとカズ」で主演を務め、第31回高崎映画祭最優秀新進男優賞などを受賞。公開待機作に「時には懺悔を」がある。180センチ、64キロ。血液型A。