◆陸上 富士北麓ワールドトライアル(3日、山梨・富士北麓公園)
男子100メートル予選2組で、元日本記録保持者の桐生祥秀(29)=日本生命=が9秒99(追い風1・5メートル)をマークした。桐生が9秒台を出すのは、日本選手で初めて10秒の壁を突破した2017年の9秒98以来2度目。
8年前の日本人初の快挙から、強さを増して帰ってきた。「10秒の壁」を再び突破した桐生は「9秒台じゃないと世界と勝負できない。勝負できることを証明できた」と他選手と肩を抱き合いながら、喜びに浸った。重圧やけがに病気。何度も壁にぶち当たったが、それでも速くなれると信じて乗り越え「陸上のトップでやっている以上、夢を与えられる選手でいたい」と表情に充実感がにじんだ。
悩まされ続けたアキレス腱(けん)痛が昨秋に癒えたのが大きかった。ジャンプ系の練習を再開し「スタートで踏む動作がちゃんとできなかったが、力を使わなくてもうまく進めるようになった」と、この日も号砲から滑らかに加速。中盤も力強い走りでライバルを突き放す。ゴール後は風の条件だけが心配だったというが、公認記録になると確認し「ほっとした」と表情を緩めた。
短距離界でも主流で、反発力が得られる厚底スパイクに慣れるのにも時間がかかったが「自分の感覚を裏切ってでも、武器を手にしないといけない」と走りをつくり直した。私生活から、スリッパも含めて底の厚い靴を約10足そろえて足を慣らし、今季は新たな走りに手応えを得た。
家族の支えが大きかった。20年に結婚し、21年に長男が生まれた。22年は国が指定する難病「潰瘍性大腸炎」を患っていたことを明かし、同年は休養を発表。「こうやって勝負しているのは家族がいるから。息子に頑張れとか言われるから」。この日、応援に駆けつけた家族に“かっこいいパパ”を見せ「来てくれた家族の前でタイムを出せたのは良かった」とはにかんだ。
3枠の世陸代表は、7月は圏外だった4番手からごぼう抜きで当確一番乗り。五輪を含めた世界大会で、この種目の代表入りも19年の世陸以来となり、自身のXには「待っててくれてありがとう」と記した。34年ぶり東京開催の世陸へ「まだ(参加)標準を突破しただけ。9秒99を超えていきたい」。
◆男子100メートルの代表選考 内定者がいない最大3枠の代表争いは、桐生と守の好記録で大きく変動した。日本陸連の選考基準では、参加標準記録突破者で日本選手権の順位が高い選手が優先される。日本選手権優勝の桐生は代表入り確実。同7位の守も2番手に浮上し、2~6位の複数選手が標準記録を突破しなければ、代表入りとなる。
日本選手権予選落ちながら、9秒96で標準記録を突破しているサニブラウンは1番手から圏内最後の3番手に。全国高校総体を10秒00で制した清水は2番手から4番手となり、世界ランキングで出場圏内の柳田は3番手から5番手に後退した。清水、柳田は有効期間の24日までに9秒96を超えるタイムを出さない限り、代表入りが厳しくなった。
◆桐生 祥秀(きりゅう・よしひで)1995年12月15日、滋賀・彦根市生まれ。29歳。彦根南中1年で陸上を始め、京都・洛南高3年時の織田記念で高校記録(当時)の10秒01を樹立。8月のモスクワ世界陸上に100メートルで出場し、予選敗退。