新日本プロレスの真夏の最強戦士決定戦「G1 CLIMAX 35」が終盤戦に突入した。

 プロレス界最大のシリーズは今年、7・19北海道・札幌の北海きたえーるで開幕。

10選手がA・Bの2つのブロックに分かれ日本列島を縦断し現在、過酷なリーグ戦を展開している。

 7日の後楽園ホール大会を終えAブロックは10点(5勝3敗)で上村優也とEVILが首位タイ。そのあとを8点(4勝4敗)で棚橋弘至、ボルチン・オレッグ、辻陽太、大岩陵平、カラム・ニューマン、デビッド・フィンレーが追走。Bブロックは、10点(5勝2敗)でザック・セイバーJr.、成田蓮、KONOSUKE TAKESHITAが首位を並走する大混戦に突入している。

 8・14後楽園ホールから決勝トーナメントに入り、8・16有明アリーナで準決勝、そして翌17日に同じ有明で優勝決定戦が行われ今年の最強戦士が決まる。

 1991年の第1回から幾多の伝説を刻んできた真夏の最強戦士決定戦。私は、今年のテーマは「新エース」誕生だと思っている。

 来年1・4東京ドームで「エース」棚橋弘至が引退。1999年10月のデビューからライオンマークを背負うことを自覚しエースの座を実力で勝ち取り、暗黒期と呼ばれる興行が不振だった時代も太陽のような明るさでリングを照らし続け人気をV字回復させた姿は、新日本だけでなく日本プロレス界の「エース」と呼ぶにふさわしいカリスマだった。

 その「エース」が来年から消える。光を失うリングを代わって照らすレスラーの出現は待望。もちろん、IWGP世界王者のザック・セイバーJr.の連覇、さらに最後のG1となる棚橋の意地にも期待、EVILの黒い制覇も見たい気もするが、棚橋「引退」という現実を前にした今年は、このG1が新エースの椅子を争う戦いがメインテーマだと考えている。

 今、日本の主要団体は不思議な現象が起きている。力道山からジャイアント馬場、アントニオ猪木、ジャンボ鶴田、藤波辰爾、三沢光晴、そして棚橋に至るまで絶対的なベビーフェイス、つまりエースがマットを引っ張ってきた。ところが今は、新日本だけでなく他団体も不動のエースが不在で逆にリングを「黒」に塗り尽くす反体制派が席巻しているのだ。

 新日本なら賛否を巻き起こしながらも会場を熱気に包むのはEVILが率いる「H.O.T」。今年に入り興行人気が飛躍的に伸びているプロレスリング・ノアは「T2000X」のOZAWAが昨年までの会場の景色を激変させ後楽園ホールを満員札止めの連続に導いた。明確な反体制ユニットは存在していない全日本プロレスが宮原健斗がエースに君臨するが最高峰の三冠ヘビー級王座から2023年2月を最後にベルトから遠ざかっている。

 ヒールが席巻する理由を考えていた時、7月29日から配信されたNetflixのドキュメンタリーシリーズ「“壮大なるドラマ”の裏側」を見た。「UN REAL」と題されたこのドキュメントは、世界最大の団体「WWE」が「レッスルマニア」を頂点にしたメガイベントを成功させるために奔走するスタッフ、レスラーにカメラが密着し華やかな舞台の裏側に迫る極めて「REAL」な内容となっている。

 この中で最高コンテンツ責任者を務めるトリプルHがヒールが席巻する理由を言い切っていた。発言の詳細はネタバレになるので控えるが、現役時代にトップを極め殿堂入りレスラーでもあるトリプルHは、ベビーフェイスとして世界最大の団体をリードするコーディー・ローデスを絶賛。現代において正義を貫く難しさを明かした上で体制を批判するヒールを「簡単だ」と断言していた。

 ノアには清宮海斗、全日本プロレスには安齊勇馬というベビーフェイスがいる。

そして新日本プロレスは、「本隊」を背負う覚悟をあらわにした海野翔大、上村に加え「無所属」でありながら新日本の中心に立つ決意を示した辻、新日本に加えDDT、AEWと3団体同時契約したTAKESHITAがいる。

 プロレスは、オリジナルだけが生き残る過酷なリング。みんなが「黒」へ走るなら「エース」を独占すればいい。その椅子が空いている今がチャンスだ。何より団体の看板を背負う「エース」がそびえ立たなければ、反体制ユニットのターゲットも曖昧で反抗している理由も不透明で「黒」が際立つこともなくなってしまう。

 絶対的なベビーフェイスが再び誕生するのか。それとも…。今夏の「G1」は歴史の分岐点になる。

 (福留 崇広)

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