俳優・吉沢亮の主演映画「国宝」(李相日監督)が邦画の実写映画として22年ぶりの大台突破となる興収105億円超の大ヒットを記録している。決して公開当初から大ヒットを確実視されたわけではなく、内容を評価されたことで、じわじわと評判が広がった。

その軌跡は「エンタメのあるべき姿」だと感じた。

 日頃、映画の取材をしていて疑問に思うことがある。映画業界には「公開初日の興収で、ヒットの成否が分かる」という定説があり、記念すべき初日舞台あいさつなのに監督が浮かない表情をしていることがある。それを見る度に「ヒットするかどうかは、映画の内容以前にキャスティングや宣伝によって決まるのではないか」とモヤモヤした気持ちになる。

 「国宝」はそんな常識を打ち破り、異例の上昇曲線を描いた。6月6日の公開直後、関係者に興収を問い合わせたところ「悪くはないけど、それほど良くもないんですよね」と歯切れが悪かった。その時の感触では「最終的な興収は20億円くらいかな」と予想したが、内容を評価する声は多く、徐々に評判が広がるにつれて観客動員も増加。劇場では満席が続出し、その評判がさらなる観客を呼ぶ好循環となった。

 歌舞伎の取材も担当する記者としては、女形の発声や所作に注目して観賞したが、違和感なく見ることができた。歌舞伎俳優・中村鴈治郎らの指導を受けた吉沢の努力の成果だろう。鴈治郎は「吉沢くんは精魂尽き果てたと思いますよ」と真摯な姿勢を評価していた。李監督は「役者の息づかいを撮りたかった」と語っていた。

まさに全身全霊の息づかいが映像に刻まれ、観客の心を震わせる作品に仕上がった。

 2時間55分の上映時間も話題になっているが、吉田修一氏の原作があまりにも壮大なので「よく1本の映画にまとめたな」と思う。李監督に「前後編は検討しなかったんですか?」と質問したが、「とにかく1本の映画にすることしか考えてなかった」と言っていた。大英断だと思う。断腸の思いでカットした場面も少なくないだろうが、結果として見どころがギュッと凝縮された。公開期間が2か月を過ぎても勢いは衰えず、国宝旋風は続きそうだ。(有野 博幸)

編集部おすすめ