2018年1月、珍しく東京に雪が積もった日。映画「生きてるだけで、愛。」(関根光才監督)の撮影中の趣里を取材した。
それから5年後、父の水谷豊をインタビューした。すぐに趣里との出会いのエピソードを話すと、手をたたいて大笑い。「面白い子でしょ?」。あの日の趣里と同じ豪快な笑い方。似たもの親子だと感じた。
長らく公表していなかったが、水谷は1988年に膀胱(ぼうこう)がんと診断された。大親友・松田優作さん(享年40)と同時期に、同じ大病を患い、主治医も同じ。
優作さんが亡くなった翌年、優作さんの誕生日だった9月21日に生まれたのが、ひとり娘・趣里。水谷が幼稚園の送り迎えを担当し、ママ友会にも参加した。小学生の時、自転車で最寄りの駅まで送り届けた。
「冬、寒い時に自転車の後ろに乗る娘が僕の服の(ポケット)ところに手を入れてくるんですよね。父親としてはうれしいんですよ。でも、5~6年生になると、手を入れることもなく、駅が近づくと『バカ、バカ!降ろして!』。ショックですよ」とうれしそうに振り返り、「手は尽くしたというと、おおげさですが…ずいぶん、一緒に時間を過ごすことができたなって思います」。親として宝物のような時間を過ごした。
2011年、趣里が芸能界入りしたが、「天国と地獄のある世界」と反対した。出世作になった「生きてるだけで、愛。」の公開時、同作にヌードシーンがあるため、水谷が怒ったと週刊誌に報じられたが、本当は後押ししていたという。
趣里の関係者は以前、「不仲説が嫌で、人目のつく街を2人で手をつないで歩いたそうですが、『そういうときにかぎって、週刊誌に撮られない』と嘆いていました」と話していた。
23年、趣里は2471人の応募から、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」のヒロインを勝ち取った。当時31歳。オーディション組では、最年長ヒロインだった。水谷は「僕が『子の七光り』って言われないようにしないと」。いわゆる二世俳優の趣里へ、最大級の賛辞を贈った。(水野 佑紀)