J1浦和は5日、元日本代表MF原口元気(34)が海外クラブへの移籍を前提とした手続きと準備のため、チームを離脱すると発表した。

 18年ロシアW杯に出場し、A代表通算74試合で11得点の原口は昨年9月、ドイツ1部シュツットガルトから10年ぶりに浦和に復帰。

今季はエースナンバーの「9」を着けて奮起を誓ったが、21試合の出場で無得点。先発出場も2試合のみにとどまっていた。

 原口はクラブを通じて「1年前に浦和レッズへ復帰してから、思い描いていた姿をみなさんに示すことができなかったと感じており、非常に残念な気持ちです」とコメント。選手引退後には指導者を目指すつもりであることも明かし、「もしかなうのならば、僕自身の浦和レッズでの3度目の挑戦を、指導者としてできる日を大きなモチベーションとし、ヨーロッパへ渡りたいと感じています」と思いを示した。

 ◆原口元気のコメント全文

 「1年前に浦和レッズへ復帰してから、思い描いていた姿をみなさんに示すことができなかったと感じており、非常に残念な気持ちです。

 もう一度、自分が輝くために出来る限りの努力を重ね、いろんな挑戦をしてきました。それでも思い通りにはいかず、その責任も強く感じていますが、同時にここが一区切りのタイミングだと、見切りをつけることができました。自分自身と向き合い続け、この1年間挑戦し続けたからこそ、今は次のステップに進むべきだと率直に感じています。

 もう一度浦和のユニフォームを着て埼スタでプレーできたことが、何よりもうれしかったです。本当はファン・サポーターのみなさんともっと多くの喜びを分かち合い、最高の形でこの挑戦を締めくくりたかったという思いがあります。

 ただ、もう一度一緒に闘えたことは、僕のサッカー人生に再び大きな喜びを与えてくれましたし、本当に幸せな時間を過ごすことができたと思っています。

 次の挑戦について、選手引退後に指導者としての道を考えています。

 まだ選手として価値のあるこのタイミングでヨーロッパへ渡り、指導者としての下積みも経験することが自分にとって一番良い選択だと考えました。もう少し選手としてプレーを続けますが、その後はヨーロッパに残り、将来的にはヨーロッパで活躍できる監督になることを目指しています。

 浦和レッズユースから昇格して過ごした6年半と、今回の1年間で達成できなかったことへの悔しさを忘れず、もしかなうのならば、僕自身の浦和レッズでの3度目の挑戦を、指導者としてできる日を大きなモチベーションとし、ヨーロッパへ渡りたいと感じています。

 移籍にあたっては、堀之内スポーツダイレクターと何度も話し合いを重ねてきました。最終的に今の自分の年齢やこれからのキャリアを踏まえたうえで、僕自身のことを思って決断してくれたことに本当に感謝しています。

 最後に、このチームでは仲間に恵まれ、選手や監督・コーチ、スタッフと素晴らしい出会いがありました。この1年で得た関係は、僕にとって大きな財産です。このチームには大きな可能性があると感じています。本当はもっと大きな背中でチームを引っ張りたかったという思いもあります。ただ、彼らとの関係性や過ごした時間は非常に素晴らしいものでした。これからもJ1リーグやルヴァンカップでタイトル争いが続きます。2つのタイトルをつかみ取れるよう、心からこの仲間たちを応援したいと思っています。

 ファン・サポーターのみなさんへ。

僕自身は、選手がファン・サポーターに謝ることはあまり好きではありません。ですが、今回は、みなさんの期待に応えられず申し訳なかったと伝えたいです。大きなことを口にしながら何も達成できなかったこと、その落差の大きさは自分でも痛感しています。それでも、どんな状況でも変わらず応援してくださったことに心から感謝しています。

 これまでファン・サポーターのみなさんとは、時に言い争いや衝突もありましたが、それでも僕にとって変わらない大切な存在です。どうかこれからも、浦和レッズを支える心強い存在であり続けてください。そして変わらぬ情熱でクラブを応援し続けていただけたらうれしいです」(原文まま)

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