NHK連続テレビ小説「あんぱん」(月~土曜・前8時)で、ヒロイン・のぶ(今田美桜)の夫で、漫画家のやなせたかしさんをモチーフにした柳井嵩を演じている北村匠海がこのほど、取材会を行った。

 「アンパンマン」を生んだ漫画家・やなせたかしさんと妻の暢さんをモチーフにしたドラマ

12日放送の第120回で嵩は、長い生みの苦しみを経て、「逆転しない正義」を体現する存在「アンパンマン」を誕生させる。

 120回の当該シーンは、第1回にも“予告”として登場している。初回放送の冒頭、嵩がのぶにアンパンマンへの思いを説く―というシーンを再び演じた。北村は「冒頭のあのシーンは、やっぱり先々のことが分からない中だったので、とにかくやなせさんの模倣をしようと。でも、120回になって『アンパンマン』を見たときに、やっぱりあの頃とは全く感覚が違う。それはなぜかと考えたときに、やっぱり僕はやなせたかしとして生きたのではなく、柳井嵩として生きたからだというのを感じました」と思いを明かす。

 やなせさんと嵩は似て非なる存在。「嵩はやなせさんと比べると暗いですし、寛さん(竹野内豊)をはじめ、いろんな方が、やなせさんの言葉をおっしゃる。やなせさんはこの作品全体を包んでいて、僕(嵩)はある種、象徴なんだなというところに行き着きました。根を生やしているのはやなせさんのイズムであって、柳井嵩として育ってきたのは違う花や草木だったのだと…」

 やなせさんではなく、嵩としてたどりついた「アンパンマン」から見える景色。「愛しさと、ここまでの苦しさと、今まで出会ってきた人たちのいろんな顔が浮かんだ。でもやっぱり一番はすごくのぶちゃんを感じた。

アンパンマン自身は千尋(中沢元紀)なんですけど、作品全体を思うとすごく、のぶと嵩の軌跡を感じられて、これはきっと柳井嵩オリジナルの感情なのかもしれないです」

 のぶを演じた今田との関係性について「もう後半は本当に支え合うという言葉が一番正しかった」としみじみ。「1年通して今田さんが何度も立ち止まり、後ろを振り返る瞬間みたいのも一番横で見てきた。いろんなことを話し合いながら、のぶの思いや嵩の思い、二人の道筋を確かめ合いながらやってきた。お互いの歩みを松葉杖のように支え合いながらやってきましたが、その中でも、何があっても前を向いているのはやっぱり、のぶだった」とたたえた。

 北村は「あんぱん」にクランクインする際、自分の楽屋には戻らず前室(本番セットの近くにある待機場所)で過ごすことを決めていたというが、途中からは今田も合流。次第に他のキャストも増えていったという。「僕は最初は『楽屋に帰らない』とある種、使命のようにいたんですけど、本当に居心地が良くなっていって。まさに、のぶと嵩が最初はすごく距離があったものが、今やこうやって一緒に同じ家で生活しているような…」と作品とリンクしたような関係性が「あんぱん」チームにも生まれたという。

 世代を超えて受け入れられてきた「アンパンマン」だが、北村自身もドラマ「あんぱん」を通して見つけたことがあった。「アンパンマンの普遍性っていうのは、見習うという言葉ではおこがましいほど素晴らしくて。その背景にあるやなせさんの思いを考えると、『あんぱん』という作品が届けなければならないのはやっぱり戦争。でもその一方で、のぶと嵩の生活だったりとか二人が歩んできた普通の日常なんですよね」と、何の変哲もない日々の尊さをより強く感じた。

 「もちろん、ドラマですからいろんなことが起こっていく。けれども、僕ら2人が日々感じていたのって、それこそすごく普通な毎日…。『ごはんがおいしいね』っていう毎日なんですよ。僕はこの温かさを届けられただけでも『あんぱん』という作品に意義があったのではないかなと。世界ではまだ悲しい出来事が起きている中で届けなければいけないメッセージは戦争パートが背負ってくれている。僕らは普通の毎日をどれだけ大事にできるかというのを、のぶと嵩は日々かみ締めていた。これを世に届けるっていうことがとても大事な一つのピースであったと、僕自身は思っています」

 やなせさんが残した「何のために生まれて、何をして生きるのか」という言葉。「これに対しては常に自問自答する日々でもありましたし、これこそエンタメ業界に課せられている言葉な気もします。その作品、一つ一つに対して、自分は何を残して、何を伝えたいのかとか、何のためにこの作品に僕が選ばれているのか。理由を自分の中にしっかり持ち続けないと時間はどんどんと過ぎていく。一日一日、役者としてどう向き合うかっていうのを、常にその言葉から突きつけられていたような気がしてました」

 作品はこのほどクランクアップ。嵩を演じ抜いた1年間について「本当に、この1年という期間は長くて。

1年間、ウジウジしたお芝居をしなきゃいけなくて、視聴者をイラつかせた瞬間もあると思いますが(笑)、役と一体となって日々を過ごしていく感覚は改めてぜいたくな時間だった」。嵩と伴走しながら、北村は「『あんぱん』という作品自体がやなせたかしさんだった」と結論に達したという。

 「誰が欠けても柳井嵩はきっとアンパンマンは描けなかった。戦争で出会った一人ひとりもそうですが、嵩が出会ってきた全員がいて、いろんな言葉を投げかけてくれて、のぶちゃんが僕の手を引っ張ってくれて、初めてアンパンマンというものができ上がった。今回『あんぱん』に出てくる全役柄にアンパンマンのキャラクターが当てがわれているわけなんですけど、それって『あんぱん』には誰ひとり欠けてはいけないということ。それってみんなが『何々マン』だからですよね」。すべての人たちとの出会いを胸に、嵩は「アンパンマン」を生み落とした。(宮路 美穂)

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