俳優の妻夫木聡が、米国統治下時代の沖縄を舞台にした映画「宝島」(公開中、大友啓史監督)で主役を熱演している。「この映画は『奇跡の力』みたいなものを持っている」とうなずいた大作に加え、9月まで放送されたNHK連続テレビ小説「あんぱん」では元軍人役を演じて大きな反響を呼んだ。
まっすぐで澄んだまなざしは、妻夫木の演技に対する姿勢を投影しているかのようだ。本土復帰前の沖縄を描いた「宝島」への思い入れは、半端ではない。「映画で誰かの人生が変わるきっかけになるかもしれない、という希望を込めて作っている」と声に熱がこもった。
原作は2019年の直木賞に選ばれた真藤順丈氏による同名小説。妻夫木は実在した窃盗団「戦果アギヤー」の一員で、後に刑事になる主人公・グスクを演じる。史実を織り交ぜた3時間超の大作だ。
悲惨な地上戦の末に米国統治下となった沖縄について「どこか分かった気になっていた」と言う妻夫木。新たな気づきを与えてくれたのは、同地を舞台にした06年の主演映画「涙そうそう」で意気投合した現地の親友だった。宜野湾市の佐喜眞美術館を案内され、展示されている絵画「沖縄戦の図」に衝撃を受けた。「いろんな痛みが僕の中に入り込んできて、初めて『声』を聞いた気がした。俳優をやる上で一番大切な『感じる』ということを呼び起こしてくれた」
嘉手納基地近くのカフェでは米軍機の轟音(ごうおん)が響いた。
「沖縄の人たちに温かくしてもらっていながら、見て見ぬふりをしている。僕は俳優として何ができるのか。まだまだやり残したことがある。今回のお話が来て運命的なものを感じたし、内地の人間だからこそ、やらなければいけないという使命感があった」
コロナ禍による2度の撮影延期を経て、昨年2月にクランクイン。「息する間もないようなシーンばかりだった。体力勝負でした」。フェンスを乗り越えて米軍基地に忍び込むシーンでは、リハーサルから全力ダッシュを繰り返した。2児の父でもある44歳は「周りのパパ友からは運動会とかで足をくじく話をよく聞くけど、自分はなかった。ボクシングをしてるのがかなり効いてたんじゃないかな」。22年公開の主演映画「ある男」を機に始めた趣味が効果てきめんだった。
ボクシング仲間でもある窪田正孝(37)とのシーンでは、独自の“役づくり”をした。
くしくも戦後80年を迎えた年での公開。沖縄の過去を知ることに「ゴールはない」と言い切る。「亡くなった人たちの思いを受けて、僕たちは支えられて生きている。次の世代に託していかなきゃいけない」
役者としての覚悟をぶつけた「宝島」。「願わくば、日本だけじゃなく世界中の人に見てほしい。それぐらい、この映画は『奇跡の力』みたいなものを持っている」と力を込めた。
今年は、同じく戦争を題材に取り入れた「あんぱん」での好演も光った。元軍人でサンリオの創業者をモデルにした八木信之介役が評判に。主人公・のぶ(今田美桜)の妹・蘭子(河合優実)との恋の行方も、SNSでトレンド入りするほど注目された。
「朝ドラでここまで戦争と向き合うとは思っていなかったので、ビックリした。
競馬の世界で夢を追い続ける大人たちを描いた12日スタートの「ザ・ロイヤルファミリー」では、大手税理士法人に勤める主人公・栗須栄治を演じる。原作を手がけた小説家・早見和真氏(48)とは10年来の親交があり「直々に『演じてほしい』と連絡をもらっていた。求められることはうれしかった」。
現場の熱量も高く、「制作陣と最初から心一つになったのは民放ドラマでは(経験が)なかった。衣装合わせの段階からみんなの意気込みをすごく感じた。こういう現場に携われるのは、本当にラッキーで幸せ」と喜びをかみ締めている。
「競馬界の皆さんは馬や人に思いを託す。これも『宝島』と少し通ずる部分があるけど、競馬は継承の歴史。今回描かれていない方々の思いも全部背負ってできたらいい」
「宝島」で演じるグスクは、登場時の設定が18歳。妻夫木が俳優デビューして間もない頃だ。「18歳の時はまだ覚悟を持てていなかった。
そんな俳優生活も25年を超えた。過去の出演作品について「僕にとっては全部代表作ですよ」と言い切る。「転機は多分『ウォーターボーイズ』とか『悪人』なんだろうけど、全部がかわいい子供のような存在。そういう意味では『宝島』も、大事な大事な家族が増えたよう。心の部屋に『おいで~』と言ってあげられたらいいかな」
長年出演するサッポロ生ビール黒ラベルのCM「大人エレベーター」では、芸能界以外の著名人とも共演してきた。ここ数年は演技のワークショップを主宰するなど後進育成にも携わるが、謙虚な姿勢を崩さない。
「僕は確実に、天才じゃない人間。僕に何か才能があるかといったら、運なんですよね。人や作品との出会い、ホリプロという事務所も。
妻夫木の大人エレベーターは、まだ旅の途中。遠くを見つめる瞳には、確かな情熱が宿っていた。
◆妻夫木 聡(つまぶき・さとし)1980年12月13日、福岡県生まれ。44歳。97年の「ザ・スタアオーディション」でグランプリを獲得し、芸能界入り。2001年、初主演映画「ウォーターボーイズ」でブレイク。「ジョゼと虎と魚たち」など3本で04年の報知映画賞主演男優賞を受賞。09年、NHK大河ドラマ「天地人」に直江兼続役で主演。10年「悪人」と22年「ある男」で日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞、16年「怒り」で同・最優秀助演男優賞を受賞。身長171センチ、血液型O。
◆宝島 審査委員から満場一致で直木賞に選出された小説で、第9回山田風太郎賞、第5回沖縄書店大賞も受賞。米軍からさまざまな物資を略奪する「戦果アギヤー」の英雄・オンちゃん(永山瑛太)が、嘉手納基地襲撃に失敗し行方不明に。残された親友グスク(妻夫木)、オンちゃんの弟・レイ(窪田)、恋人・ヤマコ(広瀬)の3人は、それぞれの道を歩みつつ、失踪の謎を追う。