◆WBC 準々決勝 日本―ベネズエラ(14日・米フロリダ州マイアミ=ローンデポパーク)

 侍ジャパンドジャース大谷翔平投手(31)が14日(日本時間15日)、WBC準々決勝のベネズエラ戦に「1番・指名打者」でスタメン出場し、1回裏先頭の1打席目に、ベネズエラの先発左腕ランヘル・スアレス投手(30)から先頭打者本塁打を放った。1回表に山本(ドジャース)がアクーニャ(ブレーブス)に先頭弾を浴びたが、先頭弾でお返しした。

 注目の1番打者対決が、初回から熱を帯びた。まずはベネズエラのアクーニャが山本から右中間席に先取点となるソロ。ベネズエラベンチは大盛り上がりとなった。0―1の1回裏。今度は大谷がカウント2ボール、1ストライクから低めの78・8マイル(約126・8キロ)カーブを捉えると、打球速度113・6マイル(約182・8キロ)、打球角度24度のライナー性の当たりを右翼席に飛距離427フィート(約130メートル)で突き刺して試合を振り出しに戻した。

 WBCで、侍ジャパンの選手が先頭打者本塁打を放つのは06年イチローマリナーズ)13年鳥谷(阪神)17年山田(ヤクルト)に続いて4本目。大谷にとっては強化試合を含めて侍ジャパンでは初の先頭弾となった。海を渡った米マイアミでの初戦、1打席目から圧巻のアーチを描いた。

 またしてもアーチを描いた。大谷は6日の1次ラウンド初戦・台湾戦(東京ドーム)で、両軍無得点で迎えた2回1死満塁の2打席目に、チームを勢いに乗せる先制の満塁本塁打を放つと、7日の韓国戦でも1点を追う3回1死走者なしの2打席目に同点ソロを放って逆転勝ちにつなげた。8日のオーストラリア戦は無安打に終わり、10日のチェコ戦は欠場したが、米マイアミへ移動しても勢いは止まらなかった。

 大谷は今大会、出場した試合では2試合ぶりのアーチで3号。

WBCで23年に1本塁打を放っており、通算4号となった。多村仁、中田翔筒香嘉智の通算3本を抜き、吉田正尚に並び、史上最多となった。

 やっぱりマイアミでは大谷が暴れる。米マイアミのローンデポパークでは23年WBCで準決勝、決勝を戦い優勝を経験。準決勝・メキシコ戦では1点を追う9回先頭で二塁打を放って「カモーン!」と絶叫し、村上(当時ヤクルト)の逆転サヨナラ打につなげた。決勝の米国戦では「3番・指名打者」でスタメン出場しながら、1点リードの9回に登板。2死走者なしで最後は当時同僚だったトラウト(エンゼルス)から空振り三振を奪って胴上げ投手になり、大谷伝説の新たな1ページとなった。

 24年9月19日には、3本塁打を放つなど6打数6安打、10打点、2盗塁の大暴れ。メジャー史上初の「50―50」(50本塁打&50盗塁)を達成しただけでなく「51―51」まで数字を伸ばし、自身初のポストシーズン進出も決めた。エ軍時代から同球場ではこの日の試合前の時点で10試合に出場したが、9試合連続安打中で、通算41打数16安打の打率3割9分で6本塁打、16打点をマーク。12日(同13日)には「いい思い出が多くある場所なので、それを次の試合に持ち込むということはないですけど、自然にプラスになってくれればというのは大いにあると思う」と口にしていた。

 試合前には東京ドームでの1次ラウンドに続いてフリー打撃を行った大谷。

中継の解説のため23年に侍ジャパン入りしていたヌートバー(カージナルス)も見つめる中、33スイングで13本が柵越えで、右翼の4階席に推定飛距離140メートルの特大弾を連発した。

 ◆大谷の侍ジャパンでの本塁打 初アーチは日本ハム時代の16年11月12日、強化試合・オランダ戦(東京ドーム)。23年のWBC前には強化試合の阪神戦(京セラドーム)で2打席連続弾を放った。23年WBCではオーストラリア戦の1本のみ。26年初戦の台湾戦では満塁弾、2戦目の韓国戦ではソロを放った。WBCでは4本目、強化試合を含めると7本目で、先頭打者本塁打は初だ。

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