馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はナリタブライアン(武豊)が勝った1996年の阪神大賞典を取り上げる。

マヤノトップガン(田原)との壮絶な一騎打ちは競馬史に残る伝説の一戦だ。

 熱くなった。ナリタブライアンとマヤノトップガン。この年度代表馬2頭のためだけに用意された最後の直線で感動が生まれた。息をつかせない壮絶なたたき合いを制したのは5冠馬だった。昨秋の逆境を糧に、強いナリタブライアンがついに帰ってきた。

 4コーナー、武豊が勝負に出る。「来たか」ワンテンポ遅らせて田原がGOサイン。352・5メートルの直線をフルに使った激闘が始まった。「勝たなくちゃいけない」武豊はそう言い聞かせた。「負けられない」田原は魂をささげた。何も入り込めない。

どんなわずかなミスさえ許されない。緊迫の中でうなるステッキ。果てしなく続いた首の上げ下げにピリオドを打ったのは、武豊とブライアンの執念だった。他馬に9馬身もの差をつけたマッチレース。わずかに頭差だけ前に出て、ちょうどー年ぶりの待ちに待った飲喜のVゴールだ。

 体中からわき出る興奮を天才でさえ抑えることはできなかった。「絶対負けられないと思っていた。ブライアンという名馬で何とか勝ちたかった。小細工せず、気分よく走らせた。最後はブライアンが勝とうとした。ゴールした瞬間は島肌が立った。こんな素晴らしいレースを勝てて本当にうれしい。

これで最後の騎乗になるが、いい形で南井さんにバトンを渡せるし、名馬に乗れて勝てたことを誇りに思う」過去、数々の名勝負を演じてきた武豊の声が震えていた。

 田原にも悔しさはなかった。「有馬記念の時と比べると息遣いがひと息だった。でも、トップガンもこれをたたいてよくなるはず。いい競馬だった。うん、いい競馬だったよ」死力を尽くした激闘をさわやかに振り返った。

 この劇的な復活ランをだれよりも待ち望んでいたのは大久保正調教師だった。「感無量です。自分で描いた通りの調教を完全に消化できたし、よく勝ってくれた」昨秋の屈辱的なG1・3連敗。現役続行を疑問視する声もあった中で、その強さを信じ、鍛えに鍛え抜いたトレーナーの執念が実を結んだ。

 その後、主戦の南井とのコンビ復活で天皇賞・春に臨んだナリタブライアンだが2着。次戦には、その年から1200メートルのG1に生まれ変わった高松宮記念を選び、世間をアッと言わせたが4着。

その後、屈けん炎が判明し、1994年の牡馬3冠などG1・5勝を挙げたスーパーホースは現役を引退した。この歴史的な死闘が最後の勝利だった。

 種牡馬としては、オグリキャップを上回る内国産種牡馬最高額(当時)の20億7000万円(1株3450万×60口)でシンジケートが組まれたが、1998年9月27日に種牡馬生活を送っていた北海道・新冠のCBスタッドで胃破裂のため、天国へと旅立ち、子供はわずか2世代しか残すことができなかった。

 なお、年度代表馬対決に沸いた阪神競馬場は5万9896人のファンでぎっしり。これは同競馬場の土曜日の入場人員レコードで、1レースの売得金も60億9756万7600円と前年比130・9%の伸び。77年有馬記念のテンポイント、トウショウボーイ、 89年マイルCSのオグリキャップ、バンブーメモリー以来の迫力あるマッチレースに熱狂した。

編集部おすすめ