昨年6月3日に89歳で亡くなった長嶋茂雄氏の栄光の野球人生をたどる展覧会「長嶋茂雄追悼展 ミスタージャイアンツ 不滅の背番号『3』」が18日、東京・日本橋高島屋S.C.本館8階で開幕した。主催は読売新聞社、読売巨人軍、日本テレビ放送網、報知新聞社の4社。

日本橋高島屋では30日までの予定で、その後2027年5月まで全国を巡回する。

 本展では120点を超える写真や映像、ゆかりの品を通してミスターの栄光の軌跡をたどる。高校時代、大学時代の写真やプロ入り後の選手、監督時代の秘蔵写真や映像、80年に監督を退任して92年秋に監督復帰するまでの「充電期間」に訪れたアフリカでの映像や写真など、盛りだくさんの内容となっている。会場特設ショップではオリジナルグッズも販売される。

 初日のこの日は、開場前にメディア向け内覧が行われ、OBの原辰徳氏、斎藤雅樹氏、元木大介氏のトークイベントが行われた。

 原氏は「神様的な大先輩」という長嶋氏との印象に残っている場面として「やはり2000年のON対決。ミスター率いるジャイアンツ、ダイエーホークスを率いる王さん。2連敗から始まって、(そこから)結果的には4連勝で日本一になる。その時に私はヘッドコーチでした。ミスターを胴上げしてる時には非常に感無量でした」と回想した。

 少年時代は長嶋氏に憧れて野球をやっていた。「私は昭和33年に長嶋さんが巨人に入られて、その時におぎゃあと生まれてるんですね。

ですから、物心ついた時には、長嶋さんが巨人軍のサードで。とにかく3番が憧れで。プレースタイルというのは、飛び跳ねているような、バッティングでも守備でも走塁でも、そういう印象がすごく強いですね。背番号3というものに対して憧れた野球少年だった。そういう時期の長嶋茂雄という印象がすごく強いですね」と振り返った。

 その他にも伝説の「10・8決戦」の裏話や東京ドームの監督室に呼ばれて監督継承を伝えられた時の思い出話を披露した原氏。

 今回の追悼展について「長嶋さんの現役を知っている人たちは、写真を見ていろんな思い出がよぎると思う。子どもたちは、激動のプロ野球の時代の中でこういう素晴らしいスーパースターがいて、現在のプロ野球、WBCがあるんだよと。プロ野球のパイオニアであり先駆者であると。そういう憧れ、夢を持ちながら野球少年少女が増えて欲しい」と思いを口にした。

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