昨年6月3日に89歳で亡くなった長嶋茂雄氏の栄光の野球人生をたどる展覧会「長嶋茂雄追悼展 ミスタージャイアンツ 不滅の背番号『3』」が18日、東京・日本橋高島屋S.C.本館8階で開幕した。

 主催は読売新聞社、読売巨人軍、日本テレビ放送網、報知新聞社の4社。

日本橋高島屋では30日までの予定で、その後2027年5月まで全国を巡回する。

 本展では120点を超える秘蔵写真や映像、ゆかりの品を通してミスターの栄光の軌跡をたどる。

 初日のこの日は、開場前にメディア向け内覧が行われ、OBの原辰徳氏、斎藤雅樹氏、元木大介氏のトークイベントが行われた。

 原氏は1980年ドラフトで東海大から巨人にドラフト1位指名された後、11月に長嶋氏と初対面した当時を回想。長嶋氏が監督退任し、藤田元司監督に代わった約3週間後だった。

 「ちょうどミスターが監督をお辞めになられて、僕がその年のドラフトでジャイアンツに入団することになって。そういう時期にお会いして、いろんなお話をして。なぜかその時に、たぶん当時の藤田監督とお話されたんだと思うんですけど、僕にセカンドをやらせるということを言われたんですよ。で、僕はセカンドなんて全くやる気はなかったんです。それでも『セカンドはどう? セカンドは』とミスターが言うわけ。で『僕はジャイアンツでセカンドなんですか』という質問をしたのをよく覚えてます。そしたら慌ててミスターも『いやいや、そういうことを言ってるんじゃないの』っていうね」と明かした。

 巨人のサード長嶋に憧れて野球をやってきた当時の原辰徳選手。「あの時は、もう揚々と、とにかく長嶋さんが守っていたジャイアンツの三塁手、このサードベースで戦うんだと、暴れるんだという気持ちの一心だったもんですから。結果的にはその年の開幕には私はセカンドを守っていました。それで数試合後にサードに戻って、サード原、ファースト中畑、セカンド篠塚、そしてショート河埜という黄金内野陣ができたんですね」と懐かしそうに振り返った。

編集部おすすめ