17日の放送の日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」(月~金曜・午後1時55分)では、サッカー北中米W杯の第2戦のチュニジア戦を控えた森保ジャパンについて特集。元日本代表で、1993年の“ドーハの悲劇”を森保一監督(57)とともに経験した武田修宏さん(59)が生出演した。

 1993年にオフト監督が指揮した日本代表から待遇が大きく変わったという話題で、それまで飛行機のエコノミーを利用していたのがビジネスクラスに変わったこと、宿泊ホテルが同じポジション2人部屋だったのが、高級ホテルのシングルルームになったこと、現地食だったものがシェフが帯同するようになったことなどが紹介された。

 これについて武田さんは「Jリーグができたから。それまでは日本リーグってアマチュアで、企業だったから。僕も5年間、日本リーグでやってたので、代表で出ても“日当”なんですよ。日当5000円とか3000円とか。(日本代表も)名誉なんですよ当時は」と回顧。

 「90年の北京アジア大会は、カズさん(三浦知良)と同室だったんですけど、僕はあまりにイビキがうるさいので、1人部屋にもっていかれました」とのエピソードも明かした。

 その後、「91年に三浦知良さんがお金を出してくれとか主張することで、お金が出たり、色んなことが変わってきて、さっきカズさんに確認したんですけど、91年のキリン杯で赤いユニホーム着て、優勝したら1人50万円っていうのを交渉して、それから日本代表にお金が出るようになったんです。ありがとうございました」と、59歳の今も現役の“キングカズ”こと元日本代表・三浦知良(J3福島)の“功績”を語った。

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