60年前の1966年。日本のテレビドラマ界に革新的な作品が登場した。
桜井浩子が俳優として壁に当たっていた1964年のある日。東京・世田谷の砧(きぬた)にある東宝撮影所の所長・柴山胖から「ある作品のオーディションを受けるように」と指示された。
「『スリー・チャッピーズ』で人気になって、東宝のカレンダーにまで出たスターが『またオーディションなのっ!』なんて思っちゃいました(笑い)。でも、こういう場合、普通は演技課から言われるのに、所長から直接、指示されるのは珍しいんです。で、呼ばれたところが『円谷プロ』作品のオーディションだった。東宝撮影所の中で2回くらい面接を受けた後に、柴山所長から『円谷さんの所にいってらっしゃい』と言われたんです」
東宝撮影所のすぐ近くに円谷プロダクション(当時・円谷特技プロダクション)はあった。日本における特撮界のパイオニア・円谷英二が設立し、円谷を慕って、才能あるクリエイターが集っていた。
てくてくと歩いて行った桜井の第一印象は「なんだか小汚いところだなあ」というものだった。
「そこにいらしたのが円谷一さん(当時TBS=円谷英二の長男)、金城哲夫さん(脚本家)、中川晴之助さん(TBS)でした。その時の印象は、すごく異質なものを感じました。映画界の人ではない、何かパキパキしたものを感じたんです。金城さんから台本をもらったんですが、『変なの』っていう感想でした(笑い)」
面接にいた3人は、監督として、脚本家として「ウルトラQ」に携わっていく男たちだった。円谷プロの企画文芸室長の金城から「君がこの作品のヒロインだよ」と言われても、ピンと来なかった。
だって、テレビでしょ。映画じゃない―
桜井には、そんな感情が溢れていた。
※参考資料 ウルトラマン45周年特別号、ウルトラマン50周年特別号(報知新聞社・2011年、16年)ヒロコ ウルトラの女神(ミューズ)誕生物語(小学館・2011年)
◆金城 哲夫(きんじょう・てつお) 1938年7月5日、沖縄生まれ。玉川大卒業後、円谷特技プロに入社。「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」などを担当。69年に同プロを退社、沖縄に戻り、演劇やテレビの脚本、構成などを担当した。76年2月26日、37歳の若さで死去。

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