馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はアドマイヤムーンが勝った2005年の札幌2歳Sを取り上げる。

のちに日本競馬の中距離路線のエースとなった名馬の初タイトルは意外なパートナーとつかんだものだった。

 速くて、強かった。アドマイヤムーンは中団からの追走。馬群で揉まれる形になりながらも、落ち着いていた。外から仕掛け気味だったマツリダゴッホと併せ馬のように位置を押し上げ、振り払うと、馬場の真ん中に持ち出された直線でも勢いは鈍らない。左ステッキで闘争心に火をつけると、最後までトップスピードをキープ。ゴール前で内にもたれながらも、2着のディープエアーに1馬身半差をつける完勝だった。

 これで新馬、クローバー賞に続く無傷の3連勝。「デビュー2戦は出遅れて後方からの競馬だったが、いい位置に付けられた。マツリダゴッホ(6着)が来たので早めの仕掛けになったが、手応えは十分で我慢できると思っていた」。そう冷静に振り返ったのはデビューから手綱を執っていた本田だ。管理する松田博調教師は引退した2016年までにJRA重賞を実に71勝もしているが、本田とのコンビでつかんだ重賞タイトルはこのレースだけで非常に珍しい組み合わせ。

3歳時からは主戦が武豊、岩田康になったが、当時46歳だったベテランが若い時期に土台をしっかり作っていた。

 父はこれまでサウスヴィグラスやラインクラフトなど、短距離色の強い産駒を出すエンドスウィープ。今後は距離との戦いが大きなポイントになりそうだが、本田に気にする様子はない。「もたれたのは苦しかったからではなく、若さが出たもの。まだ強くなりますよ」と素質に太鼓判を押し、今後に期待を寄せた。

 3歳時は皐月賞(4着)では1番人気に推されるなど素質を買われながらも、G1で勝ち切れなかった。才能を一気に開花させたのは4歳時の2007年。ドバイ・デューティフリーでG1初制覇を飾ると、宝塚記念で国内G1タイトルもつかんだ。このレース後に近藤利一オーナーから「ゴドルフィン」へ約40億円で異例の「トレード」。ラストランとなった秋のジャパンCも制し、同年の年度代表馬に輝いた。

 引退後は種牡馬となり、ファインニードルやハクサンムーン、セイウンコウセイなど数多くの優秀な産駒を送り出している。

 また、本田は翌年の2006年にカワカミプリンセスでオークス、秋華賞の牝馬2冠を達成した。

その翌年の2007年に現役を引退し、同年6月に厩舎を開業。2017年の桜花賞馬レーヌミノルなどを送り出している。

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