長期保存食のパイオニア企業として業界を牽引してきた尾西食品(株)。これまで本紙・米麦日報でも紹介してきた通り、小学生向けの防災教室などによる備蓄の啓蒙に加え、近年はアイデア溢れる長期保存食を展開してきた。
自然災害が多発する近年、長期保存食メーカーとしてどのような取り組みを進めるのか。東日本大震災から12年が経過し、消費者の備蓄意識が高まるこの時期、古澤紳一社長に展望を訊いた。〈インタビュー日=3月6日〉

――改めてコロナ禍での長期保存食市場の変化を振り返って。

コロナ前は官公庁や企業が災害時の備蓄食品として採用するケースがメインでした。東日本大震災を契機に少しずつ増えつつあった個人需要は、コロナ禍初期の巣ごもり特需によって一気に伸びました。あの頃は街から人が消え、量販店も休業となる可能性まで出てきたため、皆さん危機感があったのでしょう。
それも3か月ほど経つと徐々に人流が増え始め、特需は途端に収まりました。

一方、自治体によるコロナの自宅療養者向け食料支援に当社の商品が採用されたケースもありました。療養期間は長くても2週間程度ですが、特に大都市ではパックご飯や即席麺の供給が間に合わず、当社にも注文が来たというわけです。中でもパンやアルファ米のお粥が伸びていました。

振り返ってみるとコロナ禍というよりも、近年頻発する地震や洪水などの災害によって徐々に個人の備蓄意識が芽生えてきたのだと思います。また、ちょうどそのタイミングで、自社や大手ECサイトといった販売チャネルの拡大や、SM(スーパーマーケット)・CVS(コンビニエンスストア)とともに備蓄の啓蒙も含めた商品展開に取り組みました。
それらも奏功し、更なる個人需要の拡大に繋がったのだと思います。

――近年は「これまでにない長期保存食」の開発に注力しています。

長期保存パンでは、3年前に「尾西のひだまりパン」の保存期限を5年間に延長しました。非常食のパンといえば乾パンのイメージが強いでしょうが、「ひだまりパン」は包装をパウチ状にして“開けるだけで美味しい”を目指した商品です。そして、やはり個人需要拡大に大きく貢献したのが「CoCo 壱番屋監修 尾西のカレーライスセット」ですね。名の知れたカレーチェーンとコラボして、普段使いとして食べても美味しいと知っていただくきっかけとなった商品でした。


「カレーライスセット」のようなご飯と副食の組み合せが好評だったため、2022年9月にはご飯と汁物をセットにした「一汁ご膳」を発売しました。特徴は、野菜を摂取できる汁物をつけることで、災害時に不足しがちな栄養素を補えるようにした点です。価格との兼ね合いがありますので、官公庁での導入はなかなか難しいところですが、個人の備蓄やアウトドア利用で人気です。

――長期保存食とはいえ、これまでも美味しさを大事にされてきました。

有事のときだからこそ、食事は美味しいものをお届けしたいという想いで商品を開発してきました。アルファ米は米の銘柄によって炊き分けており、粒感を感じられるこだわりの製法ですし、自治体など向けに試食会を開くと「美味しい」との反応をいただきます。
まずは一度食べていただくことが重要だと思いますし、理想的なのは災害時に備えて作るところから体験してもらうことですね。例えばSMなどで店頭実食会が出来ればと思います。

――また、アレルギー特定原材料等28品目不使用やハラル認証取得など、食事に制限がある人でも食べられる商品を展開しています。

有事のときこそ、アレルギー患者やムスリムの方は食のリスクに曝されます。アレルギー患者向けには、平時から安心して食品を選んでいただけるよう「尾西のあんしんチョイス」という専用ECサイトを開設しました。ムスリムの方は自治体や企業からの啓蒙もあってか、備蓄に積極的な姿勢も見られます。


一方、“誰にでも美味しい食事を届ける”という我々の存在意義からすると、今後、高齢者や社会的弱者の方々にどう届けるかという点も考えていかなければなりません。

――社会では環境負荷低減が叫ばれています。尾西食品の取り組みは。

官公庁や企業が環境配慮型製品を進んで採用している動きもあり、当社もほとんどの製品で再生プラスチックを一定割合以上使用した包材に切り替え、長期保存食業界では初となるエコマークをつけました。長期保存食は災害に耐えうる包装の強度が求められ、コストもかかりますが、環境配慮は重要なテーマです。長期保存食のパイオニア企業として、まず我々が行動して業界全体を変えていく――この使命感を持って今後も環境負担低減に積極的に取り組んで参ります。


――今後、更なる備蓄の啓蒙、長期保存食市場の拡大に向けて。

個人だけでなく、官公庁や企業、国民全体の“備える”という意識を高めるために、これまでも備蓄の重要性を伝えてきましたし、今後も我々の使命であり続けます。また、今年は関東大震災から100年が経ちます。こうした節目の年は報道などを通じて防災意識が高まりますので、更なる啓蒙に努めて参ります。

一方、我々の使命を達成するには、極端なことを言ってしまえば、モノは長期保存出来れば何だって良いのです。ですが、消費者の方々が「災害時だから美味しくなくても仕方がない」と諦めてしまうことのないよう、常に美味しいものを届けることこそが食品メーカーとしての使命です。そのための商品開発には今後も注力します。

また、備蓄を啓蒙するには、まず我々が防災知識を持った上で、発信することが重要です。そのためほぼ全社員が防災士の資格を取得しており、営業マンはもはや必須資格です。営業先では知識を活かし、「まず個人レベルで備蓄意識を持ってもらうには」と相談しつつ営業を進めています。それが当社、取引先、そして社会全体にとって良い方向へと繋がればと思います。

そして、繰り返しにはなりますが、有事でも美味しい食事をお届けする――この「長期保存食を取り扱う企業としての備蓄の啓蒙」と「食品メーカーとしての商品力」の2面性を持っているのが我々の強みです。どちらか片方ではなく、両立を極めることが当社の目指す姿という意識で、いざという時の安心・美味しいを支えるべく邁進して参ります。

――ありがとうございました。

〈米麦日報2023年3月16日付〉