宮城県仙台市で仲介や管理など幅広く不動産業を営む今野不動産は、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会(以下、ちんたい協会)の宮城県支部として、高齢者をはじめとする住まいの配慮が必要な人について、さまざまな情報発信に努めています。支部事務局でもある今野不動産 執行役員 経営戦略室長の本田勝祥(ほんだ・かつよし)さんに、東日本大震災をきっかけに始まった取り組みについて詳しく聞きました。
「みなし仮設住宅」の多かった仙台市の状況は、大きく変わった
住宅確保要配慮者(※)が抱える問題は、住まいだけではなく、仕事や収入、身体の不自由など、さまざまな問題が付随していることが多くあります。それは、東日本大震災で被災して、仮設住宅がクローズアップされた宮城県仙台市も同様です。
仙台市では、震災をきっかけに、応急的な仮設住宅が数多く提供されました。応急的な仮設住宅は大きく分けて2種類。プレハブ住宅を新設する建設型の仮設住宅と、自治体が民間の賃貸住宅の空室を借り上げる「みなし仮設住宅」です。そして震災から10年以上経った現在、このみなし仮設住宅を含む仙台市の賃貸住宅を取り巻く状況は大きく変わっています。2013年3月末には5万人以上いたみなし仮設住宅の入居者数は年々減少し、2024年3月末には12人になりました。
※住宅確保要配慮者/住宅の確保に特に配慮が必要、つまり住まいを借りにくかったり選択肢が少なかったりする高齢者や低額所得者、障がい者、子育て世帯、被災者など

2013年には5万人以上いたが年々減少し、2024年3月末には12人。グラフで見れば、2019年以降、みなし仮設住宅に入居する人はごく少数になったことがわかる(出典/宮城県)
建設型の仮設住宅もみなし仮設住宅も復興・生活再建が進んで解消を求められました。しかし「応急的な仮設住宅から民間の賃貸住宅に入居を希望しても、高齢者は入居を断られることが多い状況だった」と本田さんは語ります。万が一、入居者が亡くなった際、対応・手続きや次の入居者が入りにくいなど、オーナーの負担が大きいとされていることが原因のようです。
また、2023年に東北学院大学がキャンパスを仙台市の中心部に移転したことによって、学生による賃貸需要が激減したことなどから、市北部では空室が増えています。また、宮城県全体で見ても人口減少、世帯数減少にともない、2040年の宮城県内の不動産仲介件数は、2024年と比較して約16%減少する見込みとなっています。
不動産会社には「居住支援法人」を知らない人も多い
今野不動産は、2021年7月に住まいの支援を主業とする「一般社団法人あんしん・すまい・くらし支援機構」を設立しました。2022年には宮城県より居住支援法人としての活動を始めており、本田さんが事務局の専任になっています。
本田さんは2024年の年末に不動産会社に対して入居条件の緩和が必要なことについて話をする機会がありました。そこで「居住支援法人」について話すと、ほとんどの不動産会社は居住支援法人自体を知らないという現実があったのです。居住支援法人とは、さまざまな事情から住まい探しに困っている人たちを支援する法人として、各都道府県に指定された団体を指し、2024年末現在、全国で967団体。その顔ぶれは、ルーツとなるビジネスが不動産管理業、仲介業、社会福祉事業、介護事業などさまざま。本来、不動産会社はその中心となって活動してほしいプレイヤーであるのにもかかわらず、これは残念としかいえません。

2024年12月末現在、宮城県には14の居住支援法人があり、さまざまな居住支援サービスを提供している(資料出典/みやぎ住まいづくり協議会)※資料は2023年11月末のもので当時の数は13だった
「不動産会社は、住み替えの需要が発生する際に関わるため、日常的に関係性が必要になる福祉系の話には興味がありません。しかし、これから高齢化社会、単身世帯化が進んでいき、暮らしていく中でさまざまな助けが必要になることは明らかで、ここまでが不動産の仕事、ここからは福祉の仕事などと分けられなくなってきます。居住支援法人と連携することが重要と感じました。
まずは、居住支援法人が日ごろどんなことを行い、課題に直面しているのか?不動産業はどういう形で関わるのかを考えるきっかけが必要だと。
この取り組みは始まったばかり。高齢者の入居促進については、孤独死等を懸念した賃貸物件を所有するオーナーの入居拒否感が強く、「まだまだこれからといった印象」だそう。
「ただ、ほかの自治体で居住支援法人と不動産会社との交流会を実施したという話はあまり聞かないので、仙台市は先進的だと言えるのではないでしょうか」

仙台市とリクルートが協力して実施した居住支援法人と不動産会社との情報交換を目的とした交流会の様子(画像/仙台市)
「死後事務委任契約」を結ばなかったため、困難に直面
本田さんが高齢者の住まいの支援に関して現在、注力しているのが「死後事務委任契約」の整備です。これは、賃貸住宅の入居者が生きているうちに、亡くなった後の賃貸契約を解除して、居室内に残した残置物の処理を第三者に委任するものです。

入居者(委任者)がオーナーさん(家主)と賃貸借契約を結ぶときに、亡くなった後の措置を委任する第三者(受任者)を設定するのが「死後事務委任」(資料提供/今野不動産、出典/国土交通省、公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会「60歳以上の単身入居者の死亡時、簡便な方法で残置物を処分する方法を取りまとめたガイドブック」)
「以前、弊社が管理する物件に入居していた高齢の方が救急車で運ばれたことがあり、命に別状はなかったのですが、万が一を考えて『死後事務委任契約』を結びましょうという話になりました。さあ手続きをしようとしていた矢先に、再度救急車で運ばれて、その後が分からなくなったのです。
運ばれた病院を苦心して探し出したものの、その方の状況について病院は『個人情報なので教えられない』という答え。最終的に伝手を頼って状況を知ることができたのですが、その時にはもうお亡くなりになっていました。相続人が見つかるまで賃貸契約は解除できませんし、新しい入居者を募集することも、残置物の処理もできません」
通常の賃貸借契約だけだとこの事例のようになってしまう、そうならないための新しい考え方の契約なのです。
見守りサービスの導入は“トライアンドエラー”の繰り返し
今野不動産は仲介と管理を行う不動産会社で、管理戸数は約4000戸。あんしん・すまい・くらし支援機構では事務局の本田さんと専任スタッフ2名のほか、今野不動産の各店舗に住まいに困る人の相談を受けている社員がいるので、合計で約10名が住まいの支援に携わっています。
本田さんは取り組みを進めながら、死後事務委任契約を結ぶことの難しさを痛感しています。
「高齢の方には、社員から契約を薦めるように動く検討もありました。しかし、営業の最前線にいる社員に専門の知識を必要とする死後事務委任契約の必要性を説明してもらうには荷が重いですし、同様に不動産管理を担当する社員に契約書面をそろえてもらうにも業務負荷が増えます。
入居する高齢者に非常事態が起きたことをいち早く察知して、その後の対処をスムーズにするものとして全国で普及しつつある「見守りサービス」に関しても、今野不動産ではトライアンドエラーを繰り返してきました。最初は飲料と新聞の配達を兼ねた見守りサービスを導入。しかし、見守りサービスが付帯していることを条件にした契約になっていることを十分に認識しないまま、飲料や新聞は不要と感じた入居者が勝手にキャンセルしたり、解約したりする問題が発生したのです。
「それではオーナーさんにとっては『話が違う』ということになってしまいますし、飲料や新聞の代金をどこが集めて、どこが支払うのかも問題になり、結局この方式は頓挫しました。
困っていたところ、家賃保証会社で、見守りや孤独死保証が付帯された保証プランをつくってもらえることになりました。これにより、見守りについての支払いも一本化でき、契約書類も簡素化できたので非常に助かっています」

今野不動産では、家賃債務保証の料金内に収納代行と万一があった際の保険、見守りをセットにして提供してきた(資料提供/今野不動産)
住まいの支援では「個人情報の壁」や、誤解に苦慮することも
本田さんが、先に紹介した高齢入居者の事例で困ったのは、不動産管理会社やオーナーには、入居者の個人情報がなかなか開示されないことです。
「行政である程度把握している情報は、なんらかの保全措置を検討したうえで住居の不動産関係者にも共有できる制度を仕組み化してほしいですね。そうしてもらわないと、住宅を貸す側の経済的損失につながるため、オーナーの理解も得られません。オーナーの拒否感が改善されなければ、住まいに困る人を大きく減らすことは難しいでしょう」

不動産会社は個人情報の壁に悩まされている(画像/PIXTA)
賃貸住宅においては「オーナーの意向で不動産会社が動くので、オーナーが安心して貸せる状況をつくるのが第一」だと本田さんは言います。今野不動産はちんたい協会の活動を通じて、居住支援や住まいに困っている人たちへの意識を高めているそうです。
また本田さんは、居住支援が「貧困ビジネス」と誤解されることも憂慮しています。
「一人でも多くの人をサポートしたい、という心からの思いで動いていても、口さがない人たちに『不動産会社は生活保護を受けている人たちを集めて、劣悪な環境に入居させて家賃との差額を儲けているようだ』と言われることもあります。そのような誤解を回避する意味もあって、住まいの支援だけに集中できるあんしん・すまい・くらし支援機構を立ち上げたのです」
住まいの支援を継続するためには収益も大事
今野不動産は、さまざまな策を練って住まいに困っている人たちへの支援を継続できるように挑戦しています。
「現在は正直、住まいに困る方への支援が会社の収益に直接的には結びついていません。けれども、一人でも多くの方をサポートし、その支援を継続していくためには、やはり会社の収益につながることも必要です。
何もしないで5件だった成約が、住まいの支援に取り組むことで10件になるだけでも違います。そのためにも、積極的に社会貢献をして認知度を上げる努力やしっかりと収益化できる仕組みづくりが必要です。
オーナーさんに対しては、セミナーを開いたり、オーナーさん向けの新聞に今野不動産の活動報告をしたりして、啓発活動を続けています」

居住支援について将来の展望を語る本田さん(画像提供/仙台市)
ほかに、今野不動産の行う社会貢献的な活動としては、仙台市の防災集団移転跡地の利活用を行い、震災復興につなげていくための事業があります。
「仙台市沿岸部の災害危険区域内において、防災集団移転促進事業によって仙台市が買い取った集団移転跡地があります。津波で流され荒涼とした地に再びにぎわいを取り戻すべく、インクルーシブ遊具(障がいや年齢、性別、能力などに関わらず、誰もが一緒に遊べる遊具)を設置したり、定期的なイベントを開催したり、カフェを営んだりしています。災害によって失われた場所を役に立つものに変えていくことも、不動産会社としての使命だと考えています」

津波の被害のあった荒浜地区にクラブハウスやカフェ、農園などを備えて都市型アウトドア施設とした「深沼うみのひろば」(画像提供/今野不動産)

今野不動産では地元の東北福祉大学やNTT東日本とコラボレーションしたVRコンテンツを使用した防災学習をはじめ、ワークショップを開催するなどして震災復興にも取り組む(画像提供/今野不動産)

子育て支援のコワーキングスペース「cocoyoru」(画像提供/今野不動産)
現在は居住支援法人としての活動が会社の収益に直接的には結びついていないと語りながらも、本田さんは、さまざまな取り組みがいつか実を結び、事業として継続して取り組むことで、より多くの人が安心して暮らせる場所になるはずだと信じています。
皆さんの住む街にも、あの手この手を尽くして住まいに困る人たち、そして地域の多くの人に対して「住まいの支援」と「安心で豊かな生活」をサポートし続ける不動産会社がきっとあります。ぜひ、貴方の街の不動産会社に注目、応援していってください。
●取材協力
今野不動産株式会社