近年、ひとり親向けの住まいの支援として、空き家を活用した母子シェアハウスが注目を集めています。空き家に複数の母子世帯が集まって住むことで家賃を低く抑えることができ、育児・家事などのサービスを提供するハウスもあることで、母子世帯が自立を目指すための一歩になります。
そこで全国各地で奮闘するシェアハウス運営者5人が集まるイベントに参加。運営者の語る実情や、専門家による今後に向けた指摘を紹介します。
ひとり親の抱える問題、空き家を活用したシェアハウスが解決⁉︎
ひとり親、とくにシングルマザーは低所得であることも多く、保育・仕事・住まいの3つ全てがそろわないと、いずれも叶わないというジレンマの中にあります。なかでも住まいの問題を解決する方法のひとつとして、母子世帯が低廉な家賃で入居できる「空き家を活用したシェアハウス」開設の動きが近年注目されてきました。

ひとり親、とくにシングルマザーは住まいが見つからないと子どもが保育園に入れない、保育園に入れないと仕事ができない、仕事が見つからないと住まいに入居できないというジレンマに陥ることが多い(画像提供/全国ひとり親居住支援機構)

ひとり親を含む住宅確保要配慮者のための法改正は2017年から進められてきた。2025年秋にはさらに改正された住宅セーフティネット法の施行を予定している(画像/PIXTA)
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母子シェアハウスに対する認知と入居ニーズが高まる一方で、社会貢献のためにハウス開設に乗り出しても、事業を継続できずに撤退する運営者が多くいることが課題でした。背景には、所得の低い世帯が入居できるようにするには家賃を低く設定する必要があり収益を上げにくいこと、運営には保育や食事の支援、場合によっては心のケアなどさまざまな支援サービスの提供に人手と資金が必要にもかかわらず、運営費を捻出しにくい事業構造などがあります。
そこで公的な資金を有効活用できないかと、休眠預金(※)を活用した資金を提供するJANPIA(一般財団法人日本民間公益活動連携機構)と、資金を分配する役目を担った全国古民家再生協会、全国ひとり親居住支援機構が主体となり、シェアハウス運営者の経済的な支援を行うことになったのです。
※休眠預金:10年以上、入出金等の取引がない預金等のこと。原則として、2009年1月以降に最後の異動があった預金等が対象となる
都市部のハウスは「物件の仕入れ」と「心のケア」がカギ
2025年1月24日、東京都内において、その休眠預金を活用してシングルマザー向けシェアハウスを運営する国内5つの会社・団体の成果報告会が開催されました。
報告会は休眠預金等活用補助金を用いて空き家を改修し、シングルマザー向けのシェアハウスを開設した長野、千葉、東京、兵庫、宮崎の5つの運営者の3年間の取り組み紹介から開始。なかでも都市部に仕事を求めて遠距離の引越しをしてきた母子世帯を支援するには、できる限り利便性の高い場所で低家賃の住まいを提供することが求められるようです。
■首都圏:「COSTA(コスタ)秋山(千葉県市川市)」 NPO法人ダイバーシティ工房
アクセスの良い空き家を購入。スタッフのDIYで改修費用を抑える
広報・ファンドレイジングマネージャーの白濱千夏子(しらはま・ちかこ)さんは、物件を購入するまでの経緯について語ります。
「当NPOの本部がある市川駅前からスタッフが通える範囲で、比較的安価に購入できる一軒家を長く探していました。市川市と松戸市の間にあり、都心からのアクセスがいい物件をようやく見つけて改修。費用を抑えるために、NPOのスタッフがDIYをするなど工夫しました」(ダイバーシティ工房・白濱さん)

市川市に本部を置いて子どもたちの学習支援や放課後デイサービス事業などを行うNPO法人ダイバーシティ工房の白濱千夏子さん(撮影/唐松奈津子)

物件はダイバーシティ工房の代表が物件情報をチェックして見つけ、職員が壁紙や床のフロアタイルを張るなどDIYもしながらつくりあげた(画像提供/ダイバーシティ工房)
■首都圏:「MANAHOUSE(マナハウス)板橋区役所前(東京都板橋区)」シングルズキッズ(東京都世田谷区)
1棟ビルの中で別法人運営のショートステイも利用できる
こちらは板橋区役所前という好立地のビル1棟を借り上げ、4階~6階をシェアハウスにしています。代表取締役の山中真奈(やまなか・まな)さんによると「長らく借り手がつかずに空いていたこのビルを見つけてシェアハウスにしたいと思ったが、自社だけで1棟を丸々借りるには家賃の負担が重く、難しかった」そう。
「そこで、板橋区で子育て世帯向けのショートステイ事業などを受託している社会福祉法人の代表に、一緒にビルを借りてショートステイを提供しませんか、と話を持ちかけたところ、『ちょうどショートステイ事業の移転先を探していた』と渡りに舟の状況。社会福祉法人にビルの2階と3階を借りてもらい、入居する母子が板橋区のショートステイ事業を活用しやすい環境が整っています」(シングルズキッズ・山中さん)

都内で7つの母子シェアハウスを運営するシングルズキッズの山中真奈さん。休眠預金等活用補助金によって、これまで自社で運営してきたシェアハウスよりも低廉な家賃で所得の低い人が入居できるシェアハウスを開設(撮影/唐松奈津子)

シェアハウスのあるビルの2階に板橋区のショートステイ施設が入り、入居する母子にとっては嬉しい環境(画像提供/シングルズキッズ)
母子シェアハウスへの入居を希望するシングルマザーの中には、DVから逃げてくる人などもいるため、住まいの提供とともに心のケアが重要なカギとなります。白濱さんは「入居者の7割がDVや虐待を経験した人たちで、生活保護を受給している人も半数。入居者の背景が予想以上に複雑だったので、生活の安定に向けては心のケアが不可欠」だと強調します。
地方では「地域性に応じた改修」「地域へのハウスの開放」を意識
一方、地方では、その土地によって気候や生活に必要なものが異なる様子。
■長野県:「nagaya MURE(ナガヤ・ムレ)(長野県飯綱町)」ククリテ(長野県長野市)
庭付き・倉庫付きの古民家を活用してワークショップなどを開催
代表取締役社長の石黒繭子(いしぐろ・まゆこ)さんは、「地域との結びつきを強めるために、地域にも開放的な場所として活用しようと考えた」と話します。
「遠方から転居してくる母子には、友人・親戚や地縁がないので、地域のネットワークによる支えが大きな力になります。長野の冬は雪が多いので、毎日の生活の中では雪かきも必要ですし、車がないと移動が難しい場所でもあります。これを初めて長野に住むシングルマザーが一人でやることは容易ではありません。
物件の改修では寒い冬を快適に過ごすための断熱にも配慮しながら、敷地内の倉庫の壁を塗るワークショップなども実施。地域のコミュニティスペースとしても開くことで、周辺の人たちの協力を得て、入居者が新しい生活を始めるためのサポートを地域ぐるみで提供できるようになりました」(ククリテ・石黒さん)

長野市の団地をリノベーションした1軒目に加え、今回、休眠預金を活用して古民家を活用した2軒目のシェアハウス「nagaya MURE」をオープンさせたククリテの石黒繭子さん(撮影/唐松奈津子)

シェアハウスの共用リビングや敷地内の庭を地域のコミュニティスペースとして開いてさまざまな催しを実施している(画像提供/ククリテ)
■兵庫県:「With(ウィズ)(兵庫県宝塚市)」宝塚NPOセンター(兵庫県宝塚市)
1室をコミュニティスペースとして地域に開放。見守りや食料支援を提供
兵庫県宝塚市で、アパート1棟を借り上げてシングルマザー向けとしたこちらも、もともとあった4室のうち1室を地域のコミュニティスペースとして開いています。理事長の中山光子(なかやま・みつこ)さんは、25年以上のNPOの活動の中で培ってきた地域の企業や団体との連携を活かし、母子が安心して生活できるよう支援を行っています。
「『ただ居間』と名付けたコミュニティスペースでは、食料支援や子ども食堂などを行っています。地域の生協やパン屋さんが提供してくれる食料・食材の受け渡し、小学校のPTA会長さんらと一緒に行う登下校の見守りや子ども食堂の取り組みも、入居する母子の生活の安定につながっているはずです」(宝塚NPOセンター・中山さん)

1999年に設立されたNPO法人宝塚NPOセンター理事長の中山光子さん。25年以上の活動経験を背景に、行政や企業・団体とのネットワークを活かして就労支援をはじめ、さまざまなサポートを提供している(撮影/唐松奈津子)

地域の生協やパン屋さん、住民など、たくさんの協力を得て、シェアハウス内のコミュニティスペース「ただ居間」で食料支援や子ども食堂などを実施(画像提供/宝塚NPOセンター)
■宮崎県:「シェアハウスあがた東(宮崎県日南市)」マタウマリンサービス(宮崎県日南市)
観光事業や保育事業とのシナジーで「子どもの体験格差解消」を目指す
代表取締役の谷口義人さんは「ひとり親の困窮する事情を知って、住まいの提供を行う必要があると痛感した」そう。谷口さんは日南市内の海に近い場所にある空き家を購入。地元で採れる日南杉などの木材を活用してリフォームした「シェアハウスあがた東」を開設しました。
「親の収入の格差によって子どもの体験格差が生じていると言われます。低所得世帯が多いひとり親にとっては切実な問題でしょう。当社では遊覧船やマリンアクティビティを提供する事業も行っているので、日南の暖かい気候のなかで、シングルマザーがのびのびと子育てをしながら、子どもたちがさまざまな体験をできるように、そして会社としても各事業間のシナジーを発揮できればと考えています」(マタウマリンサービス・谷口さん)

観光船・遊漁船業や保育園・放課後デイサービスの運営などを行っているマタウマリンサービスの谷口義人さん。2021年に空き家が目立ってきた日南市の状況を案じて全国古民家再生協会に相談したことをきっかけに母子シェアハウス事業に着手することに(撮影/唐松奈津子)

谷口さんは「子どもの体験格差をなくすため、また自社の事業間でシナジーを発揮するためにも、シェアハウスの運営にツアー企画を絡めたい」と考えているそう(画像提供/マタウマリンサービス)
喜びも課題も。グループディスカッションで語られた運営者の本音
母子シェアハウスの運営には、やりがいの声がある一方で、課題も少なくないようです。活動報告に続いて、グループディスカッションに参加した5運営者からはさまざまな本音が語られました。
とくに運営資金の問題は、どの運営者からも挙げられた課題でした。
「今回は休眠預金を活用することで初期の改修費用などをまかなうことができたが、その後の運営にかかる人件費などを捻出するには家賃だけでは足りず、寄付金や他の収入源を確保する必要がある」(ダイバーシティ工房・白濱さん)

さまざまな意見が交わされたグループディスカッションの様子(撮影/唐松奈津子)
「地域の特性を活かして、収益を確保しながら地域貢献をすることが目標。現場では人件費の問題や運営費の確保が大きな課題で、今後は既存の事業などと連携しながら持続可能な運営を目指したい」(マタウマリンサービス・谷口さん)
そして未来への展望も。
「地域の人たちが口コミで、入居する母子世帯の子育てや保育園入園に必要なものを集めてくれるなど、シェアハウスを開設したことで、地域の人とも新たなつながりを築くことができた。支援のためのシェアハウスが、地域福祉のハブになっていく可能性を感じた」(ククリテ・石黒さん)
「食料支援など、地元の企業さんの協力を得ていただいたものを私たちからまた地域に還元できる役割を果たせていることがとても嬉しい。今回の経験を糧にもう1物件開設できれば、そこを新たな地域福祉のハブとして、私たちの活動や提供できることをさらに増やせるだろう」(宝塚NPOセンター・中山さん)
「シェアハウス内でのトラブルもあり、運営者としてはできる限り平穏な生活を送れるよう心を砕く一方で、入居する母子同士が助け合い、成長する姿も見られる。

山中さんは「安心できる住まいがシングルマザーの自立を後押しする」と語る(撮影/唐松奈津子)
「支援の質の向上に補助金制度は有効」「支援者への支援も必要」専門家の指摘
会には、休眠預金活用事業の審査員を務めた追手門学院大学 教授の葛西リサ(くずにし・りさ)さん、東京電機大学 教授の山田あすか(やまだ・あすか)さんも評価者として参加しました。
葛西さんは「シェアハウス運営における支援の質向上に休眠預金などの補助金が非常に有効であることを再認識した」と語ります。
「とくに、低所得のシングルマザー向けに質の高い住まいを提供できていることが、この補助金の大きな成果だと思います。従来、空き家があってもシングルマザーが入居しやすい低廉な家賃に設定するために物件の購入費や改修費を抑えるしかありませんでしたが、休眠預金の活用でその問題を乗り越えることができました。
全国の事例として、家賃収入に依存しない他事業との連携など新しい試みも見られます。例えば京都のホテルでは、ホテル内の一部の部屋を母子向けの住居として提供し、他の宿泊者が支払う料金の一部を運営資金として充てる事例なども。柔軟な発想と運営者を支援する制度が、シェアハウスの持続的な運営を支えていくでしょう」(追手門学院大学・葛西さん)

追手門学院大学 教授の葛西リサさん。家賃収入に依存しない運営や行政と民間の役割分担の必要性、地域福祉におけるシェアハウスのハブ化の重要性などを説いた(撮影/唐松奈津子)
山田さんは「シェアハウス運営においては、支援者への支援が重要」だと強調。「支援者(シェアハウス運営者)が充実したサポートを受けることで、事業がより効果的に進行し、地域との連携が強化される」と述べました。
「支援者が適切な体制を整えられることで、事業の成長と継続が可能になり、地域社会全体に大きな影響を与えることができます。シェアハウスの運営が単なる住宅提供にとどまらず、地域社会との繋がりを生むことが重要です。地域の人びととの関わりが深まることで、行政や企業も協力しやすくなり、社会貢献をしながらも運営者が収益や自分たちにとっての価値を見出すことができるでしょう」(東京電機大学・山田さん)

東京電機大学 教授の山田あすかさんはオンラインで講評。
今回の成果報告会からはシングルマザーが必要とする支援やシェアハウスを運営する運営者の成果やノウハウ、さらに課題を見ることができます。運営者の思いや資金だけに頼らない、社会全体で富を分配していくことや、他事業との相乗効果、行政・他団体との協力体制構築など、さまざまな連携により、住まいに困る人がひとりでも減ることにつながるのでしょう。
そして補助金がなくなっても運営する人たちがどのように継続できる仕組みをつくるのか、またそのために私たち一人ひとりがどのように応援できるのか、考え続けることが大切です。
●取材協力
・一般財団法人日本民間公益活動連携機構
・一般社団法人全国古民家再生協会
・NPO法人全国ひとり親居住支援機構
・NPO法人ダイバーシティ工房
・シングルズキッズ株式会社
・株式会社ククリテ
・認定NPO法人宝塚NPOセンター
・株式会社マタウマリンサービス