大震災から約13年経った2024年夏、宮城県仙台市に14年ぶりに海水浴場が戻ってきた。仙台市唯一の海水浴場、深沼海水浴場が試行的に再開されたのだ。

だが、海水浴の経験がない地元の子どもたちは海の楽しさを知らず遊びたがらない……。宮城県仙台市の今野不動産は、同エリアににぎわいを取り戻したいと、新たなまちづくり「深沼うみのひろばプロジェクト」を計画し、多世代の交流拠点となる「深沼うみのひろば」を一から手掛けた。

その道のり、現在、これからについて、同社の執行役員・経営戦略室長の本田勝祥(ほんだ・かつよし)さんに話を聞いた。

色と音と光をテーマに想像力&創造力を育むイベントを開催

2025年4月19日、仙台市若林区荒浜深沼地区の深沼うみのひろばでイベント「カラフル・アドベンチャー in 深沼うみのひろば」が行われた。深沼うみのひろばはJR仙台駅から車で30分かからない場所にあり、約1.3haの広々とした敷地は子どもたちが思わず駆け回り、飛び跳ねたくなる「ひろば」だ。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

周りに高い建物もなく開放感あふれる「深沼うみのひろば」。右が総合棟、隣がスタジオ棟(撮影/難波明彦)

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

衝撃を吸収する不思議なエネルギーボールづくりに子どもも大人も興味津々(撮影/難波明彦)

深沼うみのひろばは「土と、水と、風と遊ぶ。そして大人も子どもも輝く」をコンセプトに開発・整備され、オープン前から積極的にイベントを行ってきた。イベントのテーマは一貫して「色、音、香りをみんなでつくろう」。今回のイベントも「色と音」を随所に盛り込み、さらに夜の時間帯まで実施するイベントのコンセプトとして新たに「光」を加えた。

フェイスペイントや手形アートづくり、暗闇で光るスライムづくり、エネルギーボールづくり、海をイメージしたジェルキャンドルづくりなど、子どもたちの想像力&創造力を育むアート体験やワークショップは7種類。屋外と室内で行われた。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

小さな子どもを連れた家族が多く来場。

子どもたちは手形アート体験に目を輝かせた(撮影/難波明彦)

総合棟の前にあるイベント広場では、昼と夜、違う雰囲気のショーが行われ、夜はステージをライトアップして色と音と光が交差するショーとなった。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

夜はカラフルなライトアップでファンタジックな雰囲気に包まれた(撮影/難波明彦)

「土・水・風という施設のシンボリックな要素と、『みんなでつくる、みんなであそぶ、みんなでそだつ』のコンセプトをもとに考えたとき、やはり参加型のイベントがいいと計画しました。来場者は約350名。市内の他の区から足を運んでいただいたり、半日かけてゆっくり過ごしていただいた方が多いと聞いています」(本田さん、以下同)

イベントには仙台市内の大学生14名が運営ボランティアとして参加。参加した学生に依頼したアンケートによると「人と人のつながりの温かさと地域コミュニティの大切さを実感できた」「ボランティアとしてイベントに関わることで、自分が住むまちを盛り上げられることを知り、視野が広がった」「地域と連携する活動に関心をもった」など、地域に関わる仕事、活動に興味をもつといった、新たな気づきや学びがあったようだ。
※アンケートは、読みやすいよう内容を変えず一部修正しています

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今野不動産 執行役員・経営戦略室長の本田さん。イベントではカフェの厨房を担当(撮影/難波明彦)

カラフル・アドベンチャー in 深沼うみのひろばの参加・体験型のアクティビティは、子どもたちが日常では体験しにくい、初めて見て、聞いて、触れる不思議や驚き、ワクワク感を感じている様子が見てとれた。ほかにも、屋外の遊具で遊ぶ子どもたちを見ながら親同士が立ち話をしたり、カフェでひと休みするなど、子どもも大人もそれぞれのスタイルで楽しみ、学生ボランティアを含めて多世代にとって満足度が高いイベントになったようだ。

インクルーシブ遊具やカフェ、BBQと、誰でも自由に楽しめる「深沼うみのひろば」

深沼うみのひろばは、2023年10月に中心となる総合棟が完成し、開園。2024年7月には総合棟にカフェとコワーキングスペースがオープンし、2025年3月31日に、屋外の遊び場や総合棟の隣のスタジオ棟などが完成。

「『みんなでそだつ』というコンセプトと同じで、施設自体もみんなで育てていこうという考えで順繰りに少しずつ整備を進めています」

屋外の遊び場には、インクルーシブ遊具(障がいの有無や年齢、性別などを問わず、みんなが楽しく遊べるよう設計された遊具)が置かれている。幅がワイドなすべり台は途中まで車椅子でも乗り入れできるようスロープがついていて、介助者も一緒に利用できる設計。敷地全体が広く、休憩できるベンチなどがあり、総合棟はスロープが設けられ、トイレも車椅子で利用できるユニバーサルデザインを採り入れている。

誰もが集える「インクルーシブ公園」は、関東では増えているが、計画時点では東北初だったという。

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一人でも、友だちや介助者と一緒でも利用できるすべり台。凸凹がスピードを抑止する(撮影/難波明彦)

ここには一般的な公園ではあまり見られない「mopps(モップス)」という「固定されていない遊具」もある。パーツを自由に動かし組み合わせて、子どもたちが想像力&創造力を働かせて多様な遊びをつくることができて、普段はスタジオ棟内で利用し屋内遊具的な使い方をしている。

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遊具を巡りながら遊べる。手前にあるのが「mopps(モップス)」(撮影/難波明彦)

屋外の焚火エリアには、バーベキューコンロもあり、スタジオ棟内にはシェアキッチンもあるので、食材を持ち込めば、バーベキューはもちろん、秋の風物詩の芋煮会、デイキャンプもできる(キャンプは今後、提供していく予定)。

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火にあたりながらおしゃべりをしたり、マシュマロを焼いて食べたり、焚火を体験(撮影/難波明彦)

総合棟の1階にあるカフェ「LaLaカフェ」は、深沼の海の近くとあって、ハワイ&沖縄をイメージした空間だ。天井が高く、明るい日差しがふんだんに入る。ドリンクだけではなく、ランチ、デザートメニューがあり、軽食をテイクアウトして外の芝生でピクニックもできる。授乳室やおむつ替えスペースも完備され、子ども連れも安心。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

オレンジのカウンターが目を引くカフェ。一部吹き抜けで無垢材の梁が印象的(撮影/難波明彦)

奥には飲食スペースがあり冷暖房完備で過ごしやすく、夏はテラス席でもお茶が飲める。

2階はコワーキングスペースで、カフェの飲食物を持ち込めば、無料で利用できる。リモートワークをする人、読書、ウクレレなど楽器の練習をする人なども、仕切り壁がゆるく設置されているので、ある程度集中して取り組める。また、外で遊んでいて突然雨が降ってきたときも、カフェやコワーキングスペースで休憩ができるのもうれしい点だ。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

2階のコワーキングスペース。ソファー席もあり一人でもグループでも利用できる(撮影/佐藤由紀子)

防災集団移転跡地の利活用事業に選ばれ、事業を育成しカタチに

深沼うみのひろばから徒歩2分には仙台市唯一の海水浴場の深沼があり、震災前は海水浴やデートスポットとしてにぎわっていた。仙台市若林区荒浜地区は、震災前に約750世帯が暮らしていたが東日本大震災の津波被害で家屋の9割以上が流され、災害危険区域の指定を受けたことで全世帯が移転を余儀なくされた。その後、仙台市が集団移転跡地を買い取り、2017年3月、「東日本大震災に伴う防災集団移転跡地の利活用事業者」を募集した。

「ここをつくったのは、社長の強い思い入れがありました」と本田さん。今野不動産代表取締役社長の今野幸輝(こんの・ゆきてる)さんの祖父、今野幸次郎(こんの・こうじろう)さんは、伊達家家臣の末裔として、戦後、伊達家から受け継いだ土地を提供するなど、仙台の復興のために尽力した。今野幸輝さんにとって荒浜地区は、祖父に連れられて、海水浴をしたり、サーフィンを楽しむなど、40年以上も親しんだ思い出の場所。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

海水浴場、サーフスポットや釣りなどで仙台市民に親しまれてきた深沼(画像提供/PIXTA)

そこで、「深沼にかつてのにぎわいを取り戻したい。多世代が集い交流できる新たなまちづくりを目指したい」と事業者募集に名乗りをあげ新たなまちづくり「深沼うみのひろばプロジェクト」を提案、仙台市より選定された。そして、2021年、国土交通省より「住まい環境整備モデル事業(事業育成型)」、つづいて2022年は「住まい環境整備モデル事業(事業者提案型)」に選ばれ、2段階の補助事業を進めた。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

LaLaカフェで本田さんに話を聞いた(撮影/佐藤由紀子)

「事業育成型では、段階を踏んで進めていきました。跡地の利活用をどうするか、大学関係、福祉事業者、障がい者・子育て支援団体、建築設計事務所、荒浜地区の元住民など、多様な人と情報や意見交換を行い、先進的な取り組みを行っている場所を視察して方向性を検討しました。事業を育成して、提案して、具体的なハードをつくっていく3段構えでした」

元住民や近隣事業者との情報交換を重ね、事業の方向性として3つの大きな柱が導き出された。ひとつは、子育て世帯、障がい者、高齢者など、多世代の多様な人たちが集い憩える「インクルーシブな居場所づくり」。2つめは、かつての荒浜地区の自宅の居間にいるような感覚、元住民が故郷に帰ってきた実感が得られる「荒浜の記憶の継承」。3つめは、「海辺というレジャー空間を活かす」こと。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

「カラフル・アドベンチャー in 深沼うみのひろば」の一コマ。子どもたちのシャボン玉体験を家族がにこやかに見守る(撮影/難波明彦)

防災・減災、ふるさとの記憶の継承などのテーマを不動産会社の視点で支援

カフェ空間を利用して、東日本大震災の経験をもとにした「VRを使った防災・減災学習コンテンツ」も行っている。東北福祉大学が監修し、NTT東日本が協力してできたものだ。学校や企業などが、近くにある震災遺構の仙台市立荒浜小学校や慰霊の塔などの見学と併せて、食事をして防災・減災を学べる場だ。

また、今野不動産、東北福祉大学、常盤木学園高等学校、NTT-ME、NTT東日本が協力し、東北福祉大学の学生と常盤木学園高校の生徒が主体となり、約9カ月かけて制作した深沼うみのひろばのデジタルマップが2025年3月に完成。育成型事業で育んだ協力関係、連携が次のアイディアやプロジェクトを生んでいく。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

カフェの飲食スペースは約50席。モニターもあり、研修の場にも利用されている(撮影/難波明彦)

「深沼うみのひろばは未開発の土地もあり、事業はまだ育成中です。例えば、道路をはさんだ向かいの土地に農園をつくり、ビニールハウスで葉物野菜を栽培して新鮮な野菜をカフェで使ったり、安く販売したり、農園の貸し出しも考えています。また、企業の研修とキャンプを組み合わせたプログラムなども企画しています。イベントを通して親子で楽しめる場所として認知されている手ごたえがあり、その伸びしろを増やしていきたいです。

2024年に深沼海水浴場が震災から14年ぶりにオープンしましたが、今の子どもたちは海水浴の経験がなく、海がレジャーの場として認知され、にぎわいを取り戻すまでには時間がかかりそうです。また、荒浜地区の元住民と話をするなかで、いまでも津波被害のトラウマをお持ちで、貞山運河に架かる深沼橋を渡れないという声も聞きました。そんななかで、事業を持続していくためには、集客力を上げてきちんと収益化していくことが課題になります。だからこそ、さまざまな要素を盛り込んで、枝を広げていきたいと考えています」

今野不動産は、2024年12月に仙台市宮城野区の仙台港コワーキング・フリースペース「cocoyoru(ココヨル)」を開設した。住まいの確保に配慮が必要な人(住宅確保要配慮者)への支援を行う、宮城県の居住支援協議会などに関わるなかで、仙台港国際ビジネスサポートセンターのビルでテナントを募集していると相談を受けたことが始まり。コロナ明けでリモートワークも増えて、コワーキングスペースならニーズがあると考え、テナントに手を挙げた。

東日本大震災から14年ぶりの海開き、子どもたち「海遊び知らない」。仙台市唯一の海水浴場にもう一度にぎわいを、地元不動産会社の挑戦「深沼うみのひろば」

フリースペースで遊ぶ子どの姿を小窓から見ながら仕事ができるcocoyoru(ココヨル)の「遮音スペース+フリースペース」(写真提供/今野不動産)

フロアを改装し、オープンデスクの空間、個室ブース、遮音スペース、会議室として使える広い遮音スペースなどを完備。

さらに、東北初の子どもの様子を見ながらリモートワークができる「遮音スペース+フリースペース」や、授乳室を備えているのが特徴的だ。これも「誰もが使える居場所」のひとつだろう。

「空いているテナントをどうしたらいいか、ということは不動産会社として常に考えていますし、民間の賃貸住宅をセーフティネット的な使い方をしていくことにも取り組んでいます。そこから派生して、福祉的な取り組みとして一般社団法人をつくり、住宅確保要配慮者と呼ばれる見守りが必要な人たちが住まいを確保するための課題解決ツールなども一生懸命考えています」

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にぎわいを取り戻すという目的と同時に、復興を進め、忘れてはいけない被災の記憶とふるさとを次世代に伝える深沼うみのひろばプロジェクト。cocoyoru(ココヨル)を開設し、ビルの空室を解消すると同時に、子育て世代の暮らしやすさをサポートする。ひとつの居場所は、暮らしを変え、まちを変えていく起爆剤になる。

「トライ&エラーの繰り返しで、商業的には時間がかかりますが、これからも試行錯誤しながら継続し、地元の復興と未来のまちのために貢献していきたい」という本田さん。地域との関係が欠かせない不動産業に取り組むなかから広がっていったものや、連携先とのつながりから広がっていったものもあり、全てが生かされている。なかでも「一番大事なのは人、コミュニケーション」という言葉が印象に残った。施設や居場所、まちをつくるなかで、どんなに技術が進化しても、根底にあるのは「人(の思い)」ということを忘れずに進んでいくことが理想だと思う。

●取材協力
今野不動産
深沼うみのひろば
cocoyoru(ココヨル)

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