京都府京都市の不動産会社、長栄は、地元に根差した不動産会社として外国人の入居サポートなどをリードしてきました。その長栄が近年、注力しているのが公営住宅の活用です。

空室の増えた公営住宅を自社でリノベーションし、住まいに困っている子育て世帯に貸しています。2024年度は10戸、2025年度は20戸+共用のキッズルームを展開し、実績を重ねている様子。住まいの提供だけでなく、入居後の暮らしのサポートも積極的に行っています。これらの取り組みの経緯や思いについて長栄 上席執行役員の奥野雅裕(おくの・まさひろ)さんに聞きました。

たくさんの観光客が訪れる京都市、近年の不動産事情は?

京都市は、言わずと知れたグローバルな観光都市。コロナ禍では一時的に人の往来が途絶えたものの、ここ最近は海外からの観光客も戻ってきました。今、京都に暮らす人びとの不動産事情は、「空き部屋が足りていない」と、京都市で多くの賃貸物件を扱う不動産会社、長栄の奥野さんは話します。

「要因は複雑に絡み合っていて一つではありませんが、以前から観光客は増加傾向にあり、住宅よりも収益率の良いホテル建設が進んできたことや、建築資材の高騰により、新築物件が建てにくくなっていることも一因です。コロナ禍では一時的に観光客が減ったものの、コロナが明けて、海外から観光客が日本に戻ってきており、この傾向は今後も続くと考えられます。

ホテルなどの宿泊施設であればインバウンド需要で宿泊費等が高騰していることもあり採算が取れやすいのですが、住宅は周辺相場との兼ね合いから採算が合わず、新築よりも既存の住宅に頼らざるを得ません」(長栄・奥野さん、以下同)

長栄が管理する賃貸住宅の入居率は99%以上(2025年4月の取材時点)。賃貸市場は明らかに好転していることがわかります。

一方、高齢者や外国人、若者、子育て世帯など、住まい確保に配慮が必要な人たちは「所得が賃料の値上がりに追いついていない状況が続いており、郊外や築古物件を選ぶなど、譲歩しなければならないケースが多い」とも。さらに奥野さんは、このような事情から京都市外へ転出する人が増えていることを危惧しています。

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

図内のプラスの数字は京都市内への転入超過数、マイナスの数字は転出超過数を示す。2011年以降、転入が増加しているのは、留学生など、外国人の転入によるところが大きい。日本人に限っていえば、2017年以降は転出超過が続いているという(画像引用元/京都市)

市営住宅の空き住戸を子育て向け住宅に活用。京都市の取り組み「こと×こと」に参入

長栄は、これまでも住まいの支援策として見守り機器を導入し、安心して入居者を受け入れられる環境づくりや、外国人に対する入居サポート、大家さんの理解を得るためのセミナー活動などを行ってきました。
そして、2023年には京都市が取り組む「若者・子育て応援住宅」(愛称:こと×こと)において向島市営住宅9街区住棟管理等業務の委託事業者に選定されました。

市営住宅などの公営住宅は本来、低所得者など住まいに困っている人たちに貸すことを目的としています。そのため、それ以外の目的で企業などが使用するには、京都市が国から「目的外使用」の許可を得る必要があります。
「こと×こと」の取り組みは、老朽化で貸すことが難しい市営住宅を、事業者が現状のまま京都市から借り受ける仕組みです。事業者は自己負担でリフォームやリノベーションを施し、若者や子育て世帯に貸します。

背景として「家賃が高く、希望に合った住まいを見つけにくい京都市から、他府県へ若い人たちが流出するのを止めたい」「市営住宅に空室が増えることで衰退していく地域自治会を再び活性化させたい」という京都市や地域の人たちの思いがありました。

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

京都市の市営住宅は、老朽化が進み、貸すことのできない部屋が増え続けている。これらを民間企業などの事業者が一括で借り上げ、費用を負担する形でリフォームまたはリノベーション。

若者や子育て世帯に貸す仕組みが京都市の「若者・子育て応援住宅(こと×こと)」(画像提供/長栄)

子育て世帯に特化してリフォーム。家賃は相場よりも低めに設定

長栄は借り受けた向島市営住宅9街区1棟内の10戸をリノベーションし、ベビーカーを置く場所をつくったり、子どもを見ながらキッチンで作業ができるようにしたり、子育てのための収納を増やすなどしました。自社の賃貸管理の経験を活かし、子育て世帯の暮らしをイメージしてリフォームしながらも、相場より5000円~1万円程度低く抑えた賃料で入居者を募集しています。

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

水回りの設備を新しくし、収納スペースも確保して若い世帯が暮らしやすい部屋に(画像提供/長栄)

「目的外使用が認められていない市営住宅で可能な改装工事は、原則として元の状態に戻す『原状回復』のみと制限されていました。しかし今は、10年前に一般的だった3DKの部屋よりも2LDKなど、広いリビングのある間取りが好まれます。現在のトレンドに合ったリノベーションを行い、借りやすい家賃設定で貸すことで、他府県への転出を考えている人たちがまた京都に目を向けてもらえるきっかけになればと。

家賃を抑えるということは短期的な収益は低くなりますが、長い目で見れば地域活性化につながり、私たちも公営住宅活用の知見を得られると考えたのです」

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

畳の部屋をフローリングにリノベーション。3DKから2LDKに変更し、子育て世帯が暮らしやすい間取りに(画像提供/長栄)

入居条件は子育て世帯に限定し、2024年度に改修・募集した10戸は満室。確実な手応えを感じ、2025年度は新たに20戸のリノベーションに加え、キッズルームを開設します。入居者募集を順次行い、すでに申込も入っている状況です。さらに奥野さんは、この取り組みで培ったノウハウを他府県での地域活性化や公営住宅の再生にも役立てていきたいと考えています。

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

2025年度中には、同じ棟内にキッズルームも設置。

子育て世帯が暮らしやすいリフォームを心がけている(※画像はイメージ)(画像提供/長栄)

子々孫々まで京都に根を張ってくれることを願って、入居後のフォローに注力

長栄が見ている未来は、子育て世帯が長栄の提供する市営住宅を利用することで、長く京都の地に住み続けてくれること。子どもたちが大きくなっても、京都に愛着を持って住み続けてほしいという思いがあります。そのために価格設定や部屋の設計以外にも心がけているのは、入居後の暮らし、ソフト面でのサポートです。

向島市営住宅9街区1棟の住戸数は、全219戸。うち150戸には以前から住んでいる人たちで、長栄は、新旧の住人の間にある垣根を取り払い、融合を図っていくことが、長く暮らしていくためにとても重要と考えています。

「古くから住んでおられる方の多くは高齢者です。新たに入居した子育て世帯との間に目立った衝突などはなくとも、年齢・世代が離れているので、適切な距離で付き合えるよう、いろいろな意見を聞きながらイベントを実施しています」

これまでに公園の遊具の塗装イベントやお菓子の掴み取り大会など「新旧の住人の接点をつくる」ワークショップを開催。また琵琶湖の花火大会へ招待するイベントでは、車椅子で普段あまり外出できない人が参加して「とても感動した」と喜びの声をもらったこともあったとか。
長栄のスタッフが敷地内の清掃や雑草の除去など、自治会の仕事や雑用にも積極的に参加し、入居者の生活に寄り添うことを心がけているそうです。

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

子どもも大人も高齢者も、思い出に残る体験を提供したいと、長栄では入居者向けに花火大会やいちご狩りなどさまざまなイベントを企画。横のつながりが生まれ、社会的孤立を防ぐことにもひと役買っている(画像提供/長栄)

廃棄ロスを活用し、入居者が食品などを割引購入できる「三方よし」の仕組みも

そんな長栄が2025年1月から新たに提供しているサービスの一つが、「リアコネ」です。サービス名をそのまま冠する運営会社、リアコネがメーカー企業と協力して廃棄される予定の食品や化粧品などを集め、契約する団体の会員などが安く購入できるというもの。サービスの利用者はお得に買い物ができて生活費の節約になり、さらに廃棄ロス削減にも貢献できるというわけです。

「SDGsの観点からも、私たちは既存の住宅をリノベーションして活用することに力を入れていますが、さらに入居者の生活の利便性が良くなり、かつ社会も良くなることができないかと考えていました。私たちはリアコネさんの廃棄ロスを減らす取り組みに共感し、ご協力を得て当社の管理物件に入居する方専用のアプリに導入して提供しております」

パッケージのデザインが変わるだけで廃棄対象になる商品もあるそうで、商品によっては49%引きや68%引きのものも。物価高騰の中、入居者の多くが利用していて「大変助かっている」という声が寄せられているそう。

この取り組みは、企業が廃棄を減らし、入居者は安く買え、そして長栄もこのような活動をしている会社として顧客満足度を上げることができる「三方よし」の取り組みと言えるでしょう。

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

「リアコネ」は企業の協力を得て、入居者限定で廃棄ロスになる商品を安く購入できる仕組み。多くの入居者から「物価高騰の中で助かる」と好評だそう(画像/PIXTA)

長栄では、住まいの確保にサポートを必要としている人たちに対して、何について悩んでいるのかをアンケートを通じてヒアリングしてきました。「求められるサービスを形にしていくことを進めてきた結果が、廃棄ロス商品の提供や、子育て世帯への支援につながっている」と奥野さんは言います。

京都の住宅不足が深刻化。地元の不動産会社、古い公営住宅を子育て特化リノベ、低家賃と廃棄ロス活用で暮らしを応援 京都・長栄

長栄 上席執行役員の奥野雅裕さん。「ただ部屋を提供するのではなく、これからも入居者が本当に求めていることをサービスとして提供していきたい」と語る。目指すところは「長栄の管理物件なら安心」というブランドの確立だそう(画像提供/長栄)

京都市は、人口流出や老朽化した市営住宅の増加という課題を抱えています。長年、京都市で賃貸管理業を続ける長栄は、そのノウハウと地域への思いのある企業。これらの要素がうまく結びつき、事業として効果的に展開されている取り組みだと感じました。

「こと×こと」をはじめとした市営住宅の活用においては、民間企業が自己負担で改修し、住宅の確保が困難な人たちが入居しやすいように家賃を低く抑える必要があるので、参画する事業者の資力・体力も求められます。長栄はターゲットとなる子育て世帯に刺さるリフォームと入居後の生活支援で魅力的な物件へと生まれ変わらせることに成功しているようです。

この取り組みが京都市内の他の市営住宅や、他の自治体での公営住宅の利活用の参考に、そして住宅の確保が難しい人たちへの支援策の一つとしても役立つのではないでしょうか。

●取材協力
株式会社長栄

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