※本稿は浅部伸一『健康長寿の人が毎日やっている肝臓にいいこと』(自由国民社)の一部を再編集したものです。
■肝硬変になると、肝臓は健康な状態には戻らない
肝臓に脂肪が溜まる脂肪肝は、これまでそれほど深刻な病気と考えられていませんでした。しかし、最近になって研究が進み、脂肪肝を放っておくと、さまざまなリスクが高まることが指摘されるようになりました。
運動不足や食べすぎによる脂肪肝(MASLD)を放置していると、肝臓の細胞が徐々に壊されたり、線維化によって肝臓が正常に機能しない状態になります。これが「脂肪肝炎(MASH)」です。MASHになっても症状はあまりありません。
しかし、無症状であっても脂肪肝の人の約20%はすでに脂肪肝炎に罹患していることも明らかになっています。このままの生活習慣を変えないと、脂肪肝炎が進行して慢性的に肝臓に炎症が起こり、肝細胞の破壊と再生が繰り返されて線維化が起こります。
線維化というのは、肝臓にかさぶたのような物質ができて、正常の機能が果たせなくなることです。この状態が「肝硬変」です。
進行した肝硬変では、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)や全身倦怠感、手のひらの紅斑、足のむくみ、腹水が溜まることによる腹部の膨満感が見られます。ここまで進んでしまうと、健康な肝臓に戻すことができません。
逆にいえば脂肪肝でも、いまのうちに生活習慣を変えて脂肪肝炎へと進行するのを止めれば十分に完治が可能です。肝硬変まで進んでしまうと、「肝細胞がん」へと進展する可能性も高くなり、最終的には「肝不全」となって命に関わる状態になります。
ここであらためて、がんのステージではありませんが、脂肪肝がどのような段階を踏んで進展するかをまとめます。
第1ステージ 食べ過ぎ飲み過ぎ運動不足で肝臓に脂肪が溜まる
第2ステージ 肝細胞の5%以上に脂肪沈着(脂肪肝)
第3ステージ 脂肪肝から脂肪肝炎
第4ステージ 脂肪肝炎の慢性化・持続
第5ステージ 肝硬変
第6ステージ 肝細胞がんの発症リスクが高まる
■“脂肪の毒”が肝臓を破壊していく
かつては肝硬変と肝臓がんの原因の9割以上を占めていたのが、「肝炎ウイルス」または「アルコール」でした。
いまでは成人の3人に1人がメタボ脂肪肝といわれています。今後10年以内に、MASHが肝臓病の死亡原因第1位になると予測されています。MASHになると、肝臓の細胞が長い時間をかけて徐々に壊れつづけて線維化を起こし、MASHを放置すると10年後にはMASLDの約20%の人が肝硬変になります。
肝硬変になると、年率で数%の人に肝臓がんが発生するといわれています。いま50歳の人であれば60歳で、60歳の人であれば70歳で肝硬変になっている可能性があるのです。はっきりした症状もあまりないのに徐々にじわじわと進行するところがMASHの怖いところです。
「あなたの肝臓は脂肪肝です」「お腹周りの数値がメタボです」と指摘されたら、「まだ症状もないし、元気だから大丈夫」と楽観視せず、第1、第2ステージのうちに生活習慣を変える決意が必要です。
脂肪がなぜダメなのかというと、過剰な脂肪には毒性があるからです。脂肪が肝細胞死を誘導して、炎症・線維化の促進経路を活性化します。それが肝硬変を進行させる原因になります。脂肪毒性とは、肥大化した脂肪組織から過剰産生された「遊離脂肪酸」が蓄積することによって、細胞の機能障害や細胞死を起こす現象です。
この遊離脂肪酸が糖尿病や動脈硬化などの代謝性疾患の病態基盤として注目されています。
■糖尿病を誘発するおそれもある
そもそも遊離脂肪酸は、脂肪組織から血液に放出されて、エネルギー源として活用される脂肪分です。ところが食べ過ぎや運動不足などによってエネルギーとして利用されないと、脂肪組織に蓄えられていきます。
血液中の遊離脂肪酸が多いと、高脂血症になったり、「インスリン抵抗性(膵臓からインスリンは十分な量がつくられているにもかかわらず効果を発揮できない状態)」を強くします。内臓脂肪が増えると、増大した脂肪組織からインスリン抵抗性を引き起こす物質がたくさん産生されるようになり、インスリン抵抗性が起こります。
そのため血糖値を下げる働きが低下して、高血糖の状態がつづいて糖尿病になります。糖尿病は肝臓の線維化(肝硬変)リスクを2倍以上高めることがわかっています。
・糖尿病患者の8.6%が肝臓がんで死亡
・糖尿病患者の4.7%が肝硬変で死亡
この2つを合計すると、糖尿病患者の13.3%が肝疾患で死亡していることになります。この中にはMASHが原因となっている例もあることが推察されています。
■不調が出てからでは手遅れになりかねない
ここからは脂肪肝になりやすい6つのタイプを紹介します。
タイプ1 BMIが30以上の高度肥満者
肥満は、肝臓がんを発症させる最大の危険因子です。BMIが23未満の人ではMASLDが10%以下なのに対し、BMIが30以上の高度肥満者ではMASLDが約80%にものぼることが報告されています。
また、BMIが標準体重の人でも、腹囲(ウエスト周囲長)が増加することや、脂肪肝になるリスクが高まることもわかっています。腹囲を測ってみて、次の場合は脂肪肝の人が半数以上になります。
男性 ウエスト85cm以上
女性 ウエスト95cm以上
日本肥満学会では、BMIが22を適正体重(標準体重)とし、統計的にもっとも病気になりにくい体重としています。25以上が肥満とされていますから、BMIと腹囲で脂肪肝の可能性が高い人には、肝臓の検査を受けることを強くお勧めします。
肝臓は沈黙の臓器ですから、不調が出てからでは手遅れになることもあります。
■お酒を飲まなくても発症リスクはある
タイプ2 糖質過多や高脂肪食をとり過ぎの人
痩せている人でも、またお酒を1日1合未満しか飲んでいない人でも、安心してはいけません。MASLD/MASHを発症するリスクがあるからです。なかでも就寝前2時間以内の食事摂取を週3回以上行なっている人は、そのリスクが高まります。
人はある一定の日内周期リズムを持っています。このリズムにかかわっているのが副腎皮質ホルモンの分泌です。このホルモンは早朝に高値を示し、夜間には低値を示します。そのため午前中は体脂肪の分解が高く食べても太りにくいのですが、夜間は体脂肪の合成が高まります。寝る前2時間以内の食事が太るのはそのためです。
高脂肪食と糖質の過剰摂取も非肥満者の脂肪肝リスク因子となります。このような食生活をつづけていると脂肪が蓄積されていきますから、20歳のときに比べて体重が10kg以上増えた人は要注意です。
ただし、すでに肝硬変を発症してしまっている人は、肝機能が低下して肝臓が糖質を出せないので、朝方など空腹時に血糖値が下がり過ぎて低血糖症を起こす場合があります。
肝硬変の人は空腹時間を減らすためにも、医師や栄養士に相談して、こまめに少しずつ食べ、寝る前にも低血糖症を防ぐために少し食べたり栄養剤を飲むことをお勧めしています。
■カロリーを消費せずに食べ続けると脂肪肝になる
タイプ3 週に1回以上運動する習慣がない人
肝臓は、食事などで摂取した脂肪が分解された遊離脂肪酸を中性脂肪に変え、肝臓から体の組織に脂肪を運ぶVLDLという超低密度リポたんぱく質に取り込ませて血液中に送り出します。
ところが、処理が間に合わないほどの遊離脂肪酸が送り込まれて(食べ過ぎ)、運動などによる活動量が不足していれば、エネルギーに変えて消費する必要がなくなり、肝臓はつくった中性脂肪を次々に溜め込んでいきます。こうして肝臓内部の細胞に中性脂肪が蓄積されることで、脂肪肝がつくられます。
フォアグラもまったく動けない場所で給餌されますから、動かずに食べれば容易に脂肪肝がつくられるのです。『NAFLD/NASH診療ガイドライン2020』では、肥満も合併しているメタボ脂肪肝の人に、次のような運動療法を行なったところ症状の改善がみられたと記しています。
・食事療法なしで運動療法だけを週3~4回
・1回につき30~60分程度の有酸素運動
※この2つを4~12週間継続
■適切な運動量を維持できれば脂肪は落ちていく
また、週に250分以上の運動時間と、中等度~強度の有酸素運動を12週間以上行うことでも、メタボ脂肪肝の改善が期待できるといわれています。
体重を7%減らすと肝細胞から脂肪が減少するといわれていますが、たとえ体重が減っていなくても確実に効果は内側に現れています。中等度の有酸素運動といえば、通常の速度でのウォーキングなどがあげられます。
ほかにも、スクワットや腕立て伏せなど、筋肉に負荷をかける「レジスタンス運動」も効果があります。運動をすれば初めに肝臓の脂肪から減少していきます。
次にその他の内臓脂肪が減り、最後に皮下脂肪の順で脂肪が落ちていきます。皮下脂肪が最後に減るので、痩せた効果が見えにくいのですが、体重が減っていなくても(脂肪は軽く、運動で筋肉が増えれば体重は減りにくい)、決してあきらめないでください。
運動した効果は確実に肝臓に出ています。運動するうえで注意したいのは、心臓や血管に病気のある人や、骨や関節に病気のある人、すでに肝炎になっている人は、急な運動がダメージになることもあるため、運動をとり入れる際は医師に相談しましょう。
■ダイエットの失敗で脂肪肝になる場合も
タイプ4 無理なダイエットでリバウンドを繰り返している人
極端な食事制限などで、無理なダイエットをすると「低栄養性脂肪肝」といわれる脂肪肝になる場合があります。日本人は欧米人に比べ、皮下脂肪として皮下に脂肪を十分に溜めておくことができないため、脂肪肝になりやすくなります。
また、無理なダイエットによってたんぱく質が不足すると、インスリンなどのホルモンが影響を受けて肝臓に中性脂肪が蓄積しやすくなります。たんぱく質の摂取量が減れば筋肉量が減少し、基礎代謝も低下して、肝臓に脂肪が溜まりやすくなります。
基礎代謝は、呼吸や心肺活動、体温の維持など、なにもしなくても生きているだけで消費されるエネルギーで、1日の総エネルギー消費量の約60~70%を占めています。基礎代謝のうちの約21%を肝臓が占めています。無理なダイエットは、痩せるためのはずが太るための食事制限になってしまっているのです。
また、栄養バランスの偏った食事や極端な食事制限はつづけることができませんから、結局、リバウンドを繰り返します。リバウンドで体重が2~3kg増えただけでも、肝臓に中性脂肪が溜まるといわれているので、無理なダイエット、つづかないダイエットは禁物です。
ダイエットをするなら正しい食事コントロールです。正しい食習慣は、無理がないため一生つづけられます。
■日本人の半数はお酒に酔いやすい
タイプ5 お酒に酔いやすい人
お酒に酔いやすい人も、脂肪肝になるリスクが高いことが、熊本大学の研究で明らかになっています。(*1)
アルコールは肝臓でアセトアルデヒドに変換され、アセトアルデヒドを無害化する代謝酵素は、アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)といいます。実は日本人の場合、ALDH2活性が低い遺伝子変異を40%の人が持ち、まったく活性のない人も10%いるといいます。
日本人の半数の人たちは、アルコールをあまり飲めないので、飲酒が原因のアルコール性脂肪肝のリスクは低いのですが、ALDH2活性の低い人は、高い人に比べて、MASLDの発症リスクが約2倍高いといいます。
また、ALDH2活性の低い人は、心血管疾患のリスクが高まることが明らかになっています。お酒が弱いという人は、ALDH2活性が低いため、飲むとすぐに顔が赤くなったり、飲むと具合が悪くなったりします。
適量が人よりも少ないことを自覚して、お酒のおつき合いなどで勧められても、飲み過ぎないようにくれぐれも注意しましょう。
(編集部注)
(*1)【お酒に弱い人は脂肪肝に注意!】遺伝的に活性アルデヒドを分解する酵素の働きが低い人は飲酒習慣がなくても脂肪肝を発症しやすいことを証明
■ビールならロング缶1本/1日が適切量
タイプ6 アルコールの過剰摂取
アルコールを飲むと、脳内麻薬のドーパミンと幸せホルモンのセロトニンが放出されるので、飲酒はストレス解消にもってこいです。しかし、飲み過ぎは禁物です。アルコールの過剰摂取(1日にエタノール60g以上)を5年以上つづけるとほぼ9割が脂肪肝になります。
毎日、日本酒に換算して5合以上を10年以上飲んでいる人の肝障害は約80%と高頻度で現れます。
エタノール(純アルコール)60gの目安についてお伝えしておきましょう。
〈エタノール60gの目安〉
・ビール中瓶を3本(1.5L)
・日本酒3合(540ml)弱
・25度焼酎300ml
肥満で、しかもアルコール性脂肪肝があると、60gの飲酒に満たなくても肝障害を起こす場合もあるので、肥満者は要注意です。では、脂肪肝にならないための適量はどれくらいなのでしょうか。
〈脂肪肝になりにくい1日のアルコール適量目安〉
・ビール 約500ml
・日本酒 約180ml
・ワイン 約240ml
・焼酎 約0.5合(90ml)
・ウイスキー ダブルで1杯(60ml)
遺伝的にアルコールの代謝効率が悪い人やお酒が弱い女性は、この約2/3程度の飲酒量でも肝障害をきたすとされています。適量を「意識」するだけで、飲み方がだいぶ変わってきます。
ただ、「適量を絶対に守らなくてはいけない」と思うと、お酒がおいしくなくなってしまいます。私は酒好きですから、「ゼロリスクで生きる必要はない」とも思っています。あらゆるリスクを排除して生きる「ゼロリスク主義者」の方には飲酒は勧めません。
私は、お酒のリスクを知ったうえで、上手にお酒を楽しむことが人生をより豊かにすると考えています。
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浅部 伸一(あさべ・しんいち)
肝臓専門医
東京大学医学部卒業、東大病院・虎の門病院・国立がんセンター等での勤務後アメリカに留学。帰国後は、自治医科大学附属さいたま医療センター消化器内科講師・准教授。その後、製薬会社に転じ、新薬開発等に携わっている。実地医療に従事するとともに、肝臓やお酒に関する記事・書籍等の監修・執筆やがんの予防・最新治療についての講演も行っている。医学博士、消化器病専門医、肝臓専門医。著書に『長生きしたけりゃ肝機能を高めなさい』など。お酒が好きで、日本酒・ワイン・ビールなど幅広く楽しんでいる。アシュラスメディカル株式会社所属。
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(肝臓専門医 浅部 伸一)