近年大きな注目を集めている、3Dプリンター住宅などの3Dプリンター製建築物。その革新的な技術が、2025年4月13日~10月13日に大阪・夢洲で開催されている「大阪・関西万博」でも脚光を浴びています。
3Dプリンターで現場造形。ギネスにも認定された、竹中工務店「森になる建築」
5月に大阪・関西万博を訪れたという家入さん。最初に目を引いたのは、「大地の広場」に立つ竹中工務店の「森になる建築」だったそう。タマネギのような半球型のドームがふたつ並んだ、休憩用の仮設建築物です。

生分解性樹脂を素材に、現地で3Dプリント(写真提供/家入龍太さん)

(写真提供/家入龍太さん)
「実はこれ、3Dプリンターで施工されたものなんです。材料は、化学メーカーのダイセルが開発した酢酸セルロース樹脂『CAFBLO(R)(キャフブロ)』。木材が原料で生分解性があるため、屋外に置いておけばいずれ自然と分解され、土に還るというものです。竹中工務店のプレスリリースによると、現地に3Dプリンターを持ち込んで出力した現場造形で、3週間ほどで完成したとか。生分解性樹脂を構造材として一体造形した、世界最大の3Dプリント建築(正式な登録名称は『最大の生分解性の3Dプリント建築(一体造形)』)として、2024年10月25日付けでギネス世界記録(TM)に認定されています」

(写真提供/家入龍太さん)
酢酸セルロース樹脂でつくられた構造体は透明感があり、日光や木漏れ日を透過します。外装材には、草木の種を漉き込んだ紙「Seeds Paper」が貼られていて、これは「かみすきWORKSHOP」で一般市民の方々がつくったものなのだとか。

(写真提供/家入龍太さん)

中に入ると、上部から空や緑が見える(写真提供/家入龍太さん)
「樹脂の断面がトラス状になっていて、凹んだところに土が入っているようでした。
涼しさの秘密は、ベンチの下に氷が入っていることと、クールチューブ(※)で冷えた外気をベンチの下から屋内に送っていることにあるようだ。
※クールチューブ:地中に埋設した管を通して外気を屋内にに送り込む手法。地中は、年間を通じて温度が安定しているため、地中を通る際、夏の暑い空気をやわらげる。今回は酢酸セルロース製の管を一部使用

(写真提供/家入龍太さん)

紙に漉き込んだ種から植物が芽吹き始めていた(写真提供/家入龍太さん)

(写真提供/家入龍太さん)
いずれはまわりがすべて草木に覆われて、壁面緑化のようになるというから、まさに「森になる建築」! 会期が終わったら廃棄されるのではなく、竹中工務店の敷地に移設して、朽ちるまで見届けるということです。

(写真提供/家入龍太さん)
「トイレ4」の自然に還せる土の外装とベンチ
家入さんが歩いていて「その地層のような形状は……!」と発見したというのが、大屋根リングの西側にある「トイレ4(土の峡谷)」です。SNSで話題になった、「石のパーゴラ」のすぐ横にあります。

国内で入手でき、自然に還せる素材を使用した「トイレ4」(写真提供/家入龍太さん)

(写真提供/家入龍太さん)
「会場内のトイレは若手の建築家が設計しているものが多く、トイレだけを見ても個性があっておもしろいですよ。『トイレ4』は、浜田晶則建築設計事務所代表の浜田晶則さんが設計したものです。イタリアの建設用3Dプリンターの老舗メーカー、WASP社から機械を輸入して、富山で1m×1mほどの外装パネルを積層出力。
土は強度的には大丈夫なのでしょうか?
「土だけだと崩れるおそれがあるため、コンクリートではなく、マグネシウム系の硬化剤と藁や海藻のりを加え、強度と粘性を高めています。藁は引っ張りに強いので、ひび割れが広がらず、鉄筋のかわりになります。WASP社は以前から、土と藁を混ぜてドロドロにしたものをコンクリートのように積んでいくつくり方をしていましたね」
トイレの横にあるプランター兼ベンチも、同じ素材を使い、3Dプリンターで出力したものなのですね。
「ベンチは3Dプリンターを持ち込んで、現地で造形したそうです。実際に座ってみましたが、しっかりしていて快適でした。土の塊ですので、暑い日も熱を吸い取ってくれるような感じがしましたよ」

(写真提供/家入龍太さん)
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リサイクル可能。波打つポリカーボネート製の「トイレ7」
人口水辺「ウォータープラザ」の前にある「トイレ7(島の蜃気楼)」の外装は、波打つカーテンのような半透明のパネル。光や周囲の景色、人の動きを反射して、時間帯や天候によって異なる表情を見せるというから、まさに蜃気楼のよう。これも3Dプリンターでできています。

写真中央にあるのが「トイレ7」。サステナブル素材でできた透明のパネルは、角度や時間帯によって見え方が変わる(写真提供/家入龍太さん)
「素材はポリカーボネートというプラスチックです。
3Dプリンター建築技術×在来工法のハイブリッドな建物も
もうひとつ、会場外ではありますが、3Dプリンター建築を見つけたというと家入さん。夢洲駅近くの障がい者用駐車場にある管理棟です。

建築確認申請を取った、3Dプリンター製の管理棟(写真提供/セレンディクス社)

内装(写真提供/セレンディクス社)
「よく見ると、下の躯体に独特の筋が入っていて、3Dプリンターでつくられたことがわかります」
こちらは、3Dプリンター住宅を手がけるセレンディクスとヤマイチエステートによる、3Dプリンター×在来工法を組み合わせた新たな建築商品の第1棟目とのこと。3Dプリンター部分は1時間半、上の木造の屋根は3時間で完成したそうです。
「展示物ではなく実際の事務所施設として使用できるよう、建築確認申請を取ってつくられています」
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建築物以外にも、万博で注目したい3Dプリンター作品が続々
●サウジアラビア王国館の人工サンゴ


環境保全の取り組みに3Dプリンター技術が活用されている(撮影/SUUMOジャーナル編集部)
サンゴ礁の修復に3Dプリント技術を活用。有害物質を含まない耐久性のある素材で人工サンゴを造形し、展示しています。会期終了後には、人工サンゴに本物の幼生サンゴを定着させて繁殖させる予定だそう。
●日本館のスツール
日本政府館「ファクトリーエリア」では、3Dプリンターを中心とした循環型ものづくりシステム「双鶴(そうかく)」を常設展示。白いロボットアーム型3Dプリンターが鶴のように有機的に動き、3Dプリント技術の第一人者である慶應義塾大学の田中浩也教授らが設計した「藻類スツール」が造形製造されています。
「完成したスツールは、日本館のいたるところに置いてあって、来場者が自由に座ることができます。素材は、藻類を使ったバイオプラスチック材料で、耐久性の高いロングライフプロダクト。使われなくなった際は粉砕して、再び3Dプリンターの材料として再利用できます」
デザインも色合いも、どこか日本らしくて素敵です!
●フランス館の歴史的建造物模型
しめ縄でつないだモンサンミッシェルと厳島神社の鳥居、ノートルダム大聖堂と首里城のオブジェなども、3Dプリンターで制作されたもの。
「かなり大きいので、車の部品をつくるレベルの大型プリンターでつくられたのでしょう」
●チェコ館のマスコット「レネ」
黄緑色の体に目がたくさんついた、チェコのマスコットキャラクター「レネ」のフィギュアは、3Dプリンターで4時間に1個ずつ増殖中。「あるときレネのフィギュアの盗難が相次いだそうなんです。それを逆手に取って、完成したレネをチェコ館のいろいろなところに隠しておき、発見した人は持って帰っていいということに。遊び心がありますよね」
インクジェットプリンターのように、いろいろな色がノズルから出るようになっていて、造形中に色を変えながら積み上げることで、カラフルなフィギュアができるのだそう。
●大阪ヘルスケアパビリオンの培養肉
「家庭で作る霜降り肉」というブースでは、なんと3Dプリンターでステーキ用の肉をつくっています。和牛から採取した筋肉の細胞をベースに培養し、3Dバイオプリント技術で細かな繊維状態に形成。健康や好みに応じて、赤身や脂身の割合を自由に変えられるのがおもしろい!将来的には、家庭用「ミートメーカー」の実用化をめざしているといいます。
●その他

「EARTH MART」の進化する冷凍食品のコーナーでは、あらゆる食材を凍結粉砕してパウダー化することで、その食材が持つ風味や栄養素を残したまま、長期保存と再成形が可能になる技術を紹介。写真は、タコを凍結粉砕してパウダー化し、再成形したタコ味のタコさんウインナー。
3Dプリンター建築、今後はどうなる?
万博での事例を通して、3Dプリンター建築がようやく実用的になってきたと感じた、と家入さん。
「日本は地震国なので、3Dプリンターで建物をつくるのは難しい面がありました。ですが、建築確認申請を取った管理棟の例もあり、モルタルで外側をつくって中に鉄筋を入れ、生コンクリートを流し込んで固めていくようなつくり方が標準化されて、実用的になってきたのかなと感じています」

家入龍太さん(写真提供/株式会社建設ITワールド)
今後、国内外で3Dプリンターの建築はどうなっていくでしょうか?
「これまではデザインがおもしろいとか、先進的な技術に興味がある人が3Dプリンターを使う例が多かったと思います。これからは、工期短縮、低コストというメリットのために使われることが増えていくでしょうね。
これは、アメリカでも報道され話題になったのですが、JR西日本とJR西日本イノベーションズ、セレンディクスの3社が、世界で初めて3Dプリンターを使って鉄道駅舎を建設しました。工場でパーツをつくり、現場で組み立てる工法で、終電が終わってから始発までのわずか5~6時間で建て替えてしまったのです。これは企業が奇をてらってやったのではなく、低コスト、短工期のために3Dプリンターを使ったという走り。今後こういった事例はどんどん増えていくのではないでしょうか」

2025年3月、老朽化したJR紀勢本線「初島駅」の駅舎を鉄筋コンクリート造に建て替え。7月22日より利用開始とのこと(提供:セレンディクス/ヌーブ)
「さらに、これまでプレハブが使われていた仮設住宅の建設も、3Dプリンターが活用されるようになるかもしれません。プレハブは大量生産に適していて、3Dプリンターは一品生産に向いているもの。3Dプリンターはプログラムを変えるだけで、それぞれの敷地に合った建物が設計でき、それを量産できるのが大きな強みです。また建物に限らず、目立たないところですが、港の波返し工や集水枡(しゅうすいます)など地形に合わせてつくる必要がある土木建造物にも、3Dプリンターの活用は適しています」
最後に、国産の3Dプリンターについて教えてください。
「これまではほとんど海外製でしたが、折りたたみ式で、トラック一台で現場に持っていくことができる『Polyuse(ポリウス)』という日本製プリンターが登場しています。価格は3300万円。少し高い気もしますが、使い方のコンサルティングも含まれているそうなので、使い勝手はいいのではないでしょうか」
3Dプリンターの技術は、人手不足と長時間労働の削減が課題の日本にとって、今後さらに大きな力になってくれることでしょう。ひとまず、大阪・関西万博に行く予定があるという人は、3Dプリンターでつくられた建築物やアイテムに着目して巡ってみると、ワクワクするような近未来が見えてくるかもしれません。
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●取材協力
株式会社建設ITワールド 家入龍太さん