大阪府大阪市の中心地からほど近く、かつて造船業で栄えた、大阪メトロ四つ橋線北加賀屋駅周辺(大阪市住之江区)は、産業の撤退によりまちの活気が失われるなか、アートの力によるまちづくりで大きな成果をあげてきました。手がけるのはこの地で長く不動産業を営む千島土地株式会社。
アートのまちが基盤となり、次なる仕掛けが打てる環境に

町工場が立ち並ぶなかに新たに出現した拠点、SMASELL Sustainable Commune。イエローの看板が存在感を放っている(写真/筆者)
「基幹産業としての造船業を失って、移転・廃業した工場や空き家になった住宅を、原状回復不要という条件で安く貸し出す、それを自らリノベーションをする力のあるアーティストやクリエイターが借りてくださる、という関係から、アートによるまちづくりはスタートしていきました。空き工場の大きな空間をギャラリーやアトリエとして活用したり、「アート作品の中に住む」をコンセプトにした集合住宅・APartMENTのような取り組みを通じ、アートのまちとして認知が広がっていきました」
お話を伺ったのは千島土地株式会社(以下、千島土地)の広報担当、宇野好美(うの・よしみ)さん。千島土地では2004年に開催されたイベントを通じてアートとの関係が生まれ、2009年に「クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想」を掲げて北加賀屋をクリエイティブのまちとして活性化させようと取り組んできました。SUUMOジャーナルでは2022年にも千島土地の取り組みを取材しています。
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「当初は私たちが所有している物件をアーティストやクリエイターに貸すだけでしたが、少しずつ自分たちもまちに必要な施設を考え、MASK(後述)をはじめとした施設を整備していきました。2024年にはMASKの開館10周年を記念したイベントを行うなど、アート事業は継続しつつ、現在はより広い意味でのクリエイティビティで北加賀屋の魅力を伝えていこうという取り組みに力を入れています」
MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)とは、千島土地が所有する元鋼材加工工場を活用した大型現代美術の収蔵庫のこと。各地で開催されている芸術祭などでは屋外展示も含め、大型の美術作品が制作されますが、その大きさゆえ保管場所の確保がままならず、会期終了後に解体・廃棄されてしまうケースが多々あるのだそう。そのようなアーティストが抱える課題や悩みに対し、不動産会社ならではの芸術文化支援として、大型のアート作品を無償で預かる場所・MASKを開設しました。2014年からは年に一度、倉庫を一般公開するオープンストレージを実施し、北加賀屋をアートのまちとして印象付ける立役者となりました。2020年にオープンしたアーティストが創作活動を行うスタジオ、SSK(Super Studio Kitakagaya)も、同時期に一般公開を行い普段は見ることのできないアーティストの制作現場を公開しています。

MASK内部。大空間の両サイドに作品が設置されており、保管のための空間がそのまま鑑賞のための空間として機能している(写真/筆者)

ヤノベケンジ作品「サン・チャイルド」。各地の芸術祭などで目玉として制作された作品が1カ所に集約されており、一般公開時には多くの人びとが訪れる(写真/筆者)
「年に一度のMASKの一般公開では、7名の収蔵アーティストのうち1名の方に、展覧会形式で作品展示を行っていただき、ほかの収蔵品とともに鑑賞していただいています。2024年の10周年イベントでは、一般公開に加えて、収蔵アーティストではない若手のアーティストの方とコラボレーションしたパフォーマンスやトークイベントを実施しました。KCV構想に賛同し、北加賀屋に物件を借りて、ともにまちを盛り上げて下さっている方々を“KCV(北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ)住民”と呼んでいます。
アーティストやクリエイターがアトリエやギャラリーを構えたり、飲食店ができてきたり、KCV住民の皆さんそれぞれの取り組みが人を引きつけて、多くの方が北加賀屋を訪れてくださるようになりました。サステナビリティをテーマにしたファッションなどを扱うSMASELL Sustainable Communeは、アートに限らないKCV構想をよく表した施設だと思います」
SMASELL Sustainable Communeは、アパレル業界の大量生産・大量廃棄という環境負荷の高い構造に目を向け、「持続可能なファッションのリーディングカンパニー」をビジョンに掲げる株式会社ウィファブリックが運営する複合総合施設です。2024年、鉄工所だった建物をリノベーションし、サステナビリティに取り組む複数のアパレルブランドなどが約200坪の敷地に出店するスペースとして生まれ変わりました。

SMASELLの看板。実際には写真左側がSMASELLの建物で、中央の看板は他の工場が所有しているものだが、所有者のロゴを掲示することを条件に、黄色で統一させてもらった(写真/筆者)

SMASELL内部。天井の高い大空間に、複数のブランドが出店するスペースとカフェスペースが共存する(写真/筆者)

2階部分。ユーズド家具の販売を行うインテリアショップや廃材を材料として再利用する陶磁器メーカーなど、大量生産・大量消費から脱却しサーキュラーな産業への取り組みを進めるブランドが集まる(写真/筆者)
北加賀屋=アートのまち、というイメージが定着し、面白い人や出来事が集まる場所として認知され、人が集まるポテンシャルが出来上がったことで、次なる展開が生まれる余地となったのでしょう。
「SMASELLは、衣・食・住にまつわる人や環境にやさしいブランドが集結し、おいしい・たのしい・うれしい、という人間の直感的な感覚でサステナビリティやパーマカルチャー(※)を体験できる施設です。
これまでも北加賀屋には、まち中に点在するパブリックアートやかつての文化住宅をリノベーションした千鳥文化など、ふらっと遊びに来て楽しめる場所がありましたが、SMASELLも新たな拠点として多くの人に訪れてほしいです。
SMASELL以外にも、その場で購入したTシャツに好きな絵柄をプリントできる工房を備えたCORNER PRINTING SELFなど、ファッション関係のテナントさんが少しずつ集まってきています。こうした場所を目掛けて北加賀屋に来てくれた人に、ほかにもいろいろな場所があることを知ってもらえるよう、まち歩きマップも制作しているんですよ」
※パーマカルチャー:永続性(Permanent)、農業(Agriculture)、文化(Culture)を組み合わせた言葉

イベント時に活躍するDJブース。理念としてのサスティナブルを押すだけでなく、来た人に楽しんでもらうホスピタリティに大阪らしさが感じられる(写真/筆者)

アートもSMASELLの重要な構成要素のひとつ。古着や廃材を活用した、イワミズアサコによる作品(写真/筆者)

CORNER PRINTING SELF内部。ここで購入した衣類に、好きな絵柄をプリントすることができる(写真/筆者)

CORNER PRINTING SELFの工房。シルクスクリーンやインクジェットプリンターなどのプロ用機材が予約不要で即日使用できる(写真/筆者)

CORNER PRINTING SELFが入居するμ北加賀屋の外壁に描かれたウォールアート。北加賀屋の各所にこうしたアートが点在している(写真/筆者)

μ北加賀屋のそばに立つ、高齢者施設の外構に展示されたアーティスト・増田セバスチャンの彫刻作品。以前北加賀屋で行った展示で制作した作品を、千島土地がもらい受けて設置したもの(写真/筆者)
千鳥文化は、北加賀屋に事務所を構える建築家集団、dot architects(ドットアーキテクツ)がリノベーションを行った、食堂やバー、イベントスペースなどを備えた複合施設です。かつて住人だった船大工によって増改築が繰り返された痕跡が残る古い建物を、部材一つひとつを測るところから改修が進められました。
自由に見学ができるギャラリースペースもあり、アートのまち北加賀屋を象徴する建物のひとつとして多くの人が日々訪れています。

千鳥文化外観。一見するとどこからどこまでがひとつの建物なのかわからない、不思議な建築(写真/筆者)

千鳥文化1階のアトリウム。食堂やバー、イベントスペースなど内部の諸室にアクセスする、まちに開かれた空間(写真/筆者)

アトリウム見上げ(※)。既存の梁(はり)に部材を接合して補強し、耐震性を高めている。壁の化粧材が剥がれた跡がそのまま残され、雑多なものが共存する空間の印象をつくっている(※見上げ:見上げる箇所のこと)(写真/筆者)

1階奥のホール。展覧会の開催など、多用途で使える空間(写真/筆者)

千鳥文化の裏手の空き地には、シェア農園「みんなのうえん」が(写真/筆者)
また、1階を店舗スペース、2階を住宅としてリノベーションしたNAGAYArtでは、入居者の挑戦を後押しする仕掛けを行っています。店舗区画は「入居者とつくる」をコンセプトに、ニーズに合わせた空間を引き渡し時点で完成させるネオカスタム賃貸の手法を採用。店舗の世界観にあった内装でお店を始めたいけれど、十分なリノベーション資金がないというテナントでも理想の空間を実現できる手法を試みています。

NAGAYArt外観。路地の奥には8組のクリエイターが8戸の住宅をリノベーションしたAPartMENTが見える(写真/筆者)

NAGAYArt内部。

住宅街に突如現われる彫刻作品、「砂の女」。粒子径1mm以下の砂の集合によってつくられている(写真/筆者)
挑戦を続ける千島土地、その根底にある条件
宇野さんに北加賀屋のまちを案内してもらううちに感じたのが、20年という年月を踏まえてもこれだけいろいろな仕掛けを行ってきた千島土地の挑戦する力でした。
「なかには中々かたちにならずに途中で方向性を変えるものや、当初の予定から何年も遅れてしまうこともあります。時間のかかるものが多いですし、思いどおりに進まないものもある分、うまく回り出すとうれしいですね」
その根底には、千島土地が北加賀屋のおよそ3分の1もの土地を所有していること、また大阪市といえど中心部と比べると地価が抑えられていることから、一定期間ある土地からの収益が見込めなくてもリスクを取った取り組みができるという背景があるのでしょう。独自性のある挑戦は、真摯(しんし)に取り組むべき課題感をもっていると同時に、この地に長く根を張り、長い目でまちを育てていく姿勢が可能にしているといえそうです。

当初予定していた用途での活用が進まず、遊休状態になっているという公園(写真/筆者)
「テナントさんとはしっかりコミュニケーションを取って、困りごとがないか、連携してまちを盛り上げられるようなことはないかなど、気にかけるようにしています」
こうした丁寧なコミュニケーションは、日々、北加賀屋を訪れる人々がどのようにまちを過ごしているか、その定点観測にも役立っています。そこから新たなニーズが見出され、千島土地の次なる施策につながっていくことでしょう。
挑戦心あふれる千島土地が今後どのような仕掛けを施していくのか、そしてまちがどのように変わっていくのか、これからも北加賀屋から目が離せません。
●取材協力
千島土地株式会社
MASK [MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA]
SMASELL Sustainable Commune
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