多様な背景を持つ人々が日常を営む“移民国家”、シンガポール。在住18年を数え、永住権を取得して3人の子どもを育てる絵美子さんは、新卒での渡星以来、この街で自身のライフステージを重ねてきた。
日系コミュニティの多い街からローカル色の強いエリアへ。コロナ禍での自宅購入を経て、彼女がたどり着いたのは「社会と程よい距離を保てる暮らし」だった。18年目の視点から、住まいと生き方のリアルを追う。
人口の約3割が外国人。暮らしの拠点として根づく「移民国家」の横顔
華やかな金融都市として知られるシンガポールは、多民族が共生する“移民国家”としての側面を持つ。総人口約590万人のうち約3割が外国人居住者であり、日本人も約3万3000人が暮らしている(※外務省「海外在留邦人数調査統計」2025年10月時点)。
かつては短期の駐在員が中心だったが、近年は永住権を取得し、この地を一生の生活拠点として選ぶ家族も少なくない。
マーライオンとマリーナベイ・サンズに象徴される都市景観。多国籍な人々が暮らし、海外からの移住先としても支持される都市の一面を表している(写真撮影/木津 奈緒美)
シンガポールで暮らす日本人を紹介する本連載。第1弾の高層コンドミニアムに暮らすRICAさん一家に続き、今回は、客室乗務員として渡星したのち、結婚・出産を経て現地に根を張った絵美子さんの歩みをひもといていく。
新卒でシンガポールへ。結婚と再移住を経て、3人の子どもと歩んだ18年の住まい遍歴
「京都で生まれ、大学まで同じ地域で過ごしました。
絵美子さんは夫と3人の子どもがいる5人家族。中学1年の長女、小学5年の次女と1年の長男とともにシンガポールで暮らしている。在住18年。はじまりは、新卒で客室乗務員としてこの国に就職したことだった。
当時のことを、絵美子さんはこう振り返る。
「日本に住んでいたころはまだ若く、大学を卒業してすぐ、数十人単位の新卒の同期たちと一緒にシンガポールに引越してきました。いわば集団就職のような形でした(笑)」
2000年代後半は、リーマン・ショックの影響で新卒採用の環境が大きく変化していた時期でもある。海外勤務を前提とした企業に応募し、そのまま現地で働き始めるケースも見られた。
絵美子さんは日本で社会人経験を積む前に、生活の拠点は海外へと移った。若さゆえの大胆な決断というより、就職先がたまたまシンガポールだった、という感覚に近かったという。
20代前半は、空港近くのコンドミニアムで女性同士のルームシェア生活。プールなどの充実した共用施設やセキュリティが備わる快適な住環境は、海外生活へのハードルを思いのほか低くしてくれた。今ほど物価も高くなく、物価の高騰が続く今のシンガポールの生活とは違うものだったと絵美子さんは話す。
やがて同じくシンガポールで駐在員として働いていた夫と出会い、結婚。その後、夫のシンガポール駐在期間が一区切りし、いったん日本で暮らすことになる。しかし、日本での生活は数年で区切りをつけ、再びシンガポールへ引越した。絵美子さんによると
「2人ともシンガポールに慣れていたし、当時はシンガポールの物価も今ほど高くなかったんです。夫の仕事の選択肢も、日本よりこちらのほうが広がっていました」と当時を振り返る。
外貨を稼ぐというより、環境としての選択だった。2013年、家族は再びシンガポールへ戻る。特別な覚悟というより、流れの中で自然に決まった再移住だったそうだ。
階段の壁に飾られているのは、絵美子さんの客室乗務員時代の思い出の一枚。
日本人街から住宅街へ。約20年で見えた「外国人として海外に住む」感覚
絵美子さんが語るシンガポール生活の魅力は、華やかな金融都市というイメージとは少し違う。
「ありきたりですけど、とても安全ですし、すごくシステム化されているんです。交通違反もカメラで全部わかりますし、いろんな手続きが一つの番号にひもづいている。住みやすい国だと思います」
社会は効率的に管理され、ルールは明確だ。だが同時に、人と人との距離は驚くほどフラットだという。
シンガポールは多民族国家だ。中国系、マレー系、インド系、欧米系……人種が違うことが前提で社会が成り立っている。
「人種が違って当たり前だから、いい意味で深い付き合いをしなくていいんです。阿吽(あうん)の呼吸を求められない」
京都で育った絵美子さんにとって、その感覚は新鮮だった。
「京都って、“察する”文化が強いですよね。忖度とか。
シンガポール人をはじめ、多国籍の住人が暮らす低層コンドミニアムの外観。お互いに干渉をせず、民族や国籍が異なるからこそ、適度な距離感でフラットな関係性が保たれる(写真撮影/金田なお子)
1階のリビングから続くデッキはプールへ直接アクセス可能。観葉植物やダイニングセットを配した空間で、視線が開けたつくりながらも、周囲を気にせず過ごせる気楽さがある(写真撮影/金田なお子)
外国人として暮らす感覚について尋ねると、絵美子さんは
「私は市民権を持っていない外国人ですし、選挙権もないので、この社会の中心にいるわけでもない。でも、その“半歩外にいる感じ”がちょうどいいんです。何かに過度にコミットしなくてもいい。かといって孤立しているわけでもない。程よく都会で、ちゃんと社会ともつながっている」と話す。
そうした価値観を持つ絵美子さんにとって、結婚後の二度目のシンガポール生活で選んだ日本人や欧米人の駐在家庭が多いエリアは、便利でありながら少し違和感もあったという。
日本語の通じるクリニック、日本食材がそろうスーパー、情報が集まるコミュニティ……。海外生活の不安を感じさせない環境だが、同時に“外国人のために整えられた空間”でもある。
「日本人が多すぎて、ちょっと疲れてしまって。駐在で来られた方との間に、壁を感じることもありました。住みづらいなあ、なんて思うこともありました」
コミュニティが濃くなると、人間関係も固定化しやすい。子ども同士のつながりが、親同士の関係にも影響する。安心感の裏側には、暗黙の距離感や温度差もある。
そうした経験を経て、家族は、20代のころに暮らしていた空港や海に近いエリアへと移る。観光客よりも、地元の家族や高齢者の姿が目立つエリアだ。南国フルーツの匂いがかすかに漂い、道端では近所の人が立ち話をしている。高層ビルの景色ではなく、低層住宅と木々が並ぶ風景が広がる。
「子どもたちに、限られた世界だけで育ってほしくなかったんです。日本人が多いエリアに住んでいたころは、働き盛りの大人ばかりで、おじいちゃんおばあちゃんの姿がほとんど見えなかった。子どもたちは、高齢者は日本にしかいないものだと思っていたんじゃないかなって。ここに来てからは、道でお年寄りがゆっくり歩いていたり、近所で普通に暮らしている姿が見える。そういう“普通の社会”の中で育ってほしかったんです」
振り返れば、日本人が多いエリアも、地元の住宅街も、どちらもシンガポールだ。ただ、感じる空気は大きく違う。絵美子さんにとって住まいを変えることは、単なる引越しではなかった。自分たちの呼吸が合う環境を、もう一度選び直すことだったのである。
海に近い低層コンドミニアムは一戸建てのようで管理は任せられる住まい
低層コンドミニアムの敷地内に広がるプール。共用部は管理会社が整備している。「もしこのプールが一戸建てにあったら、清掃や水質管理などすべて自分で行わないといけないので大変です」(写真撮影/金田なお子)
現在の住まいは、海に近い低層のコンドミニアム。国土が狭く高層ビルが立ち並ぶ都市の中で、地面に近い目線で暮らせるのが特徴だ。一戸建てのような感覚で暮らせるうえ、希少性もあり、シンガポール人からの人気も高い。窓を開けると、視界に入るのは建物ではなく敷地内の木々の緑。都市の中にいながら、落ち着いた空気が流れている。
「低層階の緑が多いコンドミニアムなんです。一軒家のような感覚もありながら、広いプールが使えるのがいいところですね。共用スペースは自分でケアしなくていいのも助かります。もし一軒家なら、自分たちでペストコントロール(害虫対策)もやらないといけないですし、外まわりのことも全部やらないといけないので。そういうことをやらなくていいのがいいですね」
高温多湿のシンガポールでは、害虫対策や屋外管理は日常的なテーマだ。その負担を自分たちで抱えなくてよいことは、実際の暮らしの中では大きい。管理会社が共用部を整備してくれることで、住まい手は室内の環境に集中できる。
絵美子さんが特に気に入っているのは、キッチンからの景色だ。
「キッチンから緑が見えるところが好きなんです」
家事をしながら、視界の先に木々がある。都市の中心部とは違う、穏やかな時間の流れを感じられるという。
絵美子さんのお気に入りのキッチンからの景色。室内からそのままデッキとプールが視界に入り、家事の合間にも外の開放感を感じられるつくりになっている(写真撮影/金田なお子)
室内の一部には、自分の手も加えている。
「壁のペンキを、去年ぐらいからちょこちょこ1人で塗っているんです。子ども部屋とか、この壁だけとか、少しずつ。とりあえず塗り続けて、私1人で。楽しいですよ」
壁の色を塗り替えることで、空間の印象は少しずつ変わっていく。管理は任せつつも、住まいは完成品ではない。自分の手で整え、育てていく余地がある。
低層コンドならではの一戸建てのような佇まいと、集合住宅としての合理性。その両方を備えていることが、この住まいの価値になっている。
絵美子さんが少しずつ手をかけて塗り上げた白い壁に、バリ島で選んだアートがよく似合う(写真撮影/金田なお子)
リビングは屋外デッキとゆるやかにつながるつくり。落ち着いた木調のインテリアでまとめ、内と外が一体となった心地よい空間が広がっている(写真撮影/金田なお子)
プールサイドにはBBQピットやカバナ(屋根付きの休憩スペース)が並ぶ。週末には友人を招き、食卓を囲みながら過ごすのが、シンガポールのコンドミニアムでよく見られる日常だ(写真撮影/金田なお子)
「出ていくか、買うか」。賃貸のオーナーの売却がきっかけで購入を決断
管理は任せつつ、自分の手も加えながら暮らしているこの住まいは、現在絵美子さん一家の持ち家だ。外国人にとって、海外で住宅を購入することは決してハードルが低いわけではないが、購入という選択に踏み切った理由について伺ってみた。
「もともとは、家を買うつもりはなかったんです」
転機は、当時賃貸で住んでいた住戸のオーナーから「家を売りたいので出ていってほしい」と告げられたことだったという。そこから状況が一変。内覧希望者が毎週訪れ、週末ごとにバイヤーがやってくる。エージェントに案内され、見知らぬ人が絵美子さんの生活空間に入ってくる日々が続いた。
落ち着かない暮らしの中で、選択肢は二つに絞られていった。
出ていくか、ここを買うか。
この家は、もともとは絵美子さんたちが賃貸で借りている立場。しかし、オーナーが売却すれば、新しい買い手が住むことになり、絵美子さんたちは退去しなくてはならない。
オーナーの売却の検討をきっかけに、絵美子さんは今の環境や将来の選択肢を考えた。もし購入すれば、いざとなれば将来賃貸に出すこともできるし、売却も可能だ。長期的に見れば、家賃を払い続けることと大きくは変わらないと判断したという。内覧を受ける側から、売買を交渉する側へと変わり、購入を決めた。
「購入することは賭けではあるけれど、将来売ることになったときには物価も上がっているだろうし、損にはならないと思いました」と話す絵美子さん(写真撮影/金田なお子)
1階のダイニングキッチン。ダイニングの一角にはサンセットの絵画やヘリコニアやランが、空間に彩りを添える(写真撮影/金田なお子)
設備は日本より劣る。それでもこの家を選んだ理由
晴れて「持ち家」を手にした絵美子さんだが、シンガポールの住宅は、日本と比べると設備の質に差を感じることがある。窓の建て付けが甘いこともあれば、修理が思うように進まないこともある。
「日本の姉が買った家を見せてもらうと、お手洗いの陶器の質とか、ステンレスの素材とか、やっぱり違うなと思います。日本の実家なんて30年使っていても綺麗。我が家は、築浅なのに、ベランダの窓がきちんと閉まらないことがあって、現地の修理業者さんにお願いしても直らなかったんです……。そういうところは、日本とは違うなと思いますね」
住宅の完成度だけを見れば、日本のほうが高いかもしれない。それでも、この家で過ごす時間には別の価値がある。
朝、子どもたちを学校へ送り出した後、ヨガやピラティスのレッスンに向かう。帰宅すると、まず掃除をする。床を拭き、ベッドを整え、落ちているものを片付ける。絵美子さんは「掃除が好きなんです」と話す。
「掃除は毎日やるようにしています。フローリングワイパーで拭いたり、子どもの部屋のベッドメイキングをしてあげたり。汚れをためないようにしている感じですね」
家の中には、子どもたちの作品が飾られている。道で拾った枝を使って作ったアートや、旅行先で見つけた自然素材の作品。南国の雰囲気にぴったりなセンスの良いインテリアは、家族の日常がそのまま形になっているようだ。
完璧な住宅ではない。設備や品質を比べれば、日本の家のほうが優れている部分も多い。それでも、自分の手で整え、家族の時間が積み重なっていくことで、この家は少しずつ“自分たちの住まい”になっていく。
「子どもの学校の送迎の後、ひと通りの家事を終えて、10時ごろ、この家でコーヒーを飲みながら1人でブランチを食べているときが至福の時間です」と絵美子さん(写真撮影/金田なお子)
2階のマスターベッドルームに隣接したバスルーム。寝室からスムーズにつながる動線で、ガラス越しに広がる開放的な空間がホテルのような心地よさを演出している(写真撮影/金田なお子)
リビングには子どもたちが作ったアート作品が並ぶ。また、絵美子さんらしい一枚もある。「これはシンガポールのミュージアムで見つけた、京都の三条京阪の写真なんです。京都出身なので、つい買ってしまいました」(写真撮影/金田なお子)
3人の子どもは現地校へ。多民族社会で育つという教育環境
絵美子さんの3人の子どもは、シンガポールの現地校に通っている。クラスには多民族でさまざまな背景を持つ子どもたちがいる。こうした環境は、日本で育つ場合とは少し違う感覚を生むという。
「クラスの中にいろんな国籍や人種の子がいるのが当たり前なんです。日本人の集まりに行くと、娘が『背が高いね』ってよく言われます。でも、普段はそんなこと考えたこともなくて。白人の子もいれば、インド人の子もいるので、体格もみんな違う。だから外見について意識することがないんです」
人と違うことが、特別な意味を持たない。その空気は、勉強の面でも同じだという。
「中国語が得意じゃなくても、中国人じゃないし。英語もネイティブほどじゃなくても、母国語じゃない。いろんなバックグラウンドがあるから、あまり比べられすぎないんです」
もちろん努力は必要だが、単一の基準で比較され続ける感覚は薄い。多様な背景が混ざり合う社会では、できることも、得意なことも、人それぞれ。絵美子さんは、そうした環境で子どもたちが育つことに意味を感じている。
夫もまた、シンガポールでの暮らしについて「さまざまな国籍や文化的背景を持つ人たちと、仕事や家族を通じて自然に交流できるところが好きですね」と話す。3人の子どもたちも、日本人でありながら日本人学校やインターナショナルスクールではなく現地校に通うことに、特別な抵抗感はないようだという。
英語や中国語を日常的に使うこと。異なる文化や宗教を持つ友人がいること。そして、人の違いを特別視しない空気の中で過ごすこと。それらすべてが、シンガポールで暮らす価値の一つだと感じているという。
祖父がいた海外の地で子育てをするということ。ローカルの街で続く家族の時間
最後に、絵美子さんはシンガポールで暮らすことを考えるとき、家族の歴史を思い出すことがあると話してくれた。
「実は祖父が大戦中に志願兵としてシンガポールに来ていて、捕虜生活も含めて5年ほどこの地にいたんです。祖父が潜伏していたジャングルの近くで、いま自分が子育てをしているんだなと思うと、この歳になってやっと、いろいろ考えるようになりました」
絵美子さんは現在、シンガポールの博物館でガイドのボランティア活動をしている。そこで学んだことの一つが、世界は互いにつながりながら成り立っているという事実だった。
京都で生まれ育った絵美子さんにとって、それは新しい発見でもあった。
京都の文化は長い歴史の中で受け継がれてきたものだが、その多くはシルクロードや海を渡って伝わった文化の影響を受けている。日本はシルクロードの終着点とも言われる場所であり、さまざまな文化が混ざり合って花開いてきた。そう考えると、日本の文化もまた、もともと国際的な背景の上に成り立っているものだと感じるという。
「日本を捨てて海外に出るという感覚ではないんです。引越しの選択肢の一つとして、海外があってもいいと思っています」
新卒でシンガポールに来てから、18年。20代のころに暮らしていたローカル色の強い街に、いまは家族とともに住んでいる。壁を塗り替えたり、好みのアートや家族写真を飾ったりと、住まいには絵美子さんらしい空気が漂っていた。少しずつ手を加えながら整えてきたこの家で、絵美子さん一家の暮らしは続いている。
吹き抜けの階段の壁面に並ぶ家族写真。日々の暮らしの中で積み重ねてきた時間を感じさせる、住まいの一角になっている(写真撮影/金田なお子)
壁に並ぶ家族写真には、結婚当初から子どもたちの成長まで、シンガポールで過ごしてきた日々の記録が収められている。節目ごとの記憶が、この家での暮らしを静かに刻んでいる(写真撮影/金田なお子)
●取材協力
絵美子さん

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