ラッパーにしてラジオDJ、そして映画評論もするライムスター宇多丸が、ランダムに最新映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論するのが、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」の人気コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」(金曜18時30分から)。ここではその放送書き起こしをノーカットで掲載いたします。
今回は『クレイジー・リッチ!』(2018年9月28日公開)です。

宇多丸『クレイジーリッチ!』を語る【映画評書き起こし】の画像はこちら >>

宇多丸:

ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン。このコーナーでは前の週にランダムに決まった課題映画を私、宇多丸が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を約20分間に渡って語り下ろすという映画評論コーナーです。今夜はこの作品、『クレイジー・リッチ!』!

(Cheryl K feat. Awkwafina「Money (That’s What I Want)」が流れる)

これはオークワフィナのラップが入ったバージョンの「Money」ですね。ケビン・クワンのベストセラー小説を映画化したロマンチック・コメディー。メインキャストがすべてアジア人ながら、全米で異例の三週連続ナンバーワンを獲得。ニューヨークで大学教授をしているレイチェルは親友の結婚式に出席する恋人のニックと共にシンガポールへ向かうが、ニックがシンガポール有数の不動産王の御曹司だったことが判明する。

監督は『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』などのジョン・M・チュウさん。出演はコンスタンス・ウー、ヘンリー・ゴールディング、オークワフィナ、ミシェル・ヨー、ケン・チョンなどでございます。ということで、こちら『クレイジー・リッチ!』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は普通。

ああ、そうですか。うーん、話題作だと思うんですけどね。賛否の比率は、賛が9割、否が1割。褒めている方が9割。

主な褒める意見としては、「ここまで突き抜けたお金持ち映画があっただろうか? とにかく多幸感にあふれる1本」「ただのシンデレラ・ストーリーかと思いきや、ちゃんと現代版にアップデートされていた点が見事」「衣装やロケーションなどの豪華絢爛さが見てるだけで楽しい」といったあたり。否定的な意見としては「登場人物のほとんどが自分と距離がありすぎて感情移入できなかった」。まあ、『クレイジー・リッチ!』ですからね。みんな距離はありますよね。「よくあるシンデレラ・ストーリーと嫁姑問題がメインで話に新鮮さがない」「お金持ちの下品さばかりが印象に残り、楽しめなかった」ということでございます。

■「古典的シンデレラストーリーの皮を被った、革新的秀作」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。「白黒バンビ」さん。「『クレイジー・リッチ!』、見てきました。

噂に違わぬ大傑作だと思います。古典的シンデレラ・ラブストーリーの皮をかぶったとんだ革新的秀作ではないでしょうか。見るもの全て現実離れしていながらも、女性の生き方や格差社会など現代的テーマが散りばめられていて、なるほどアメリカでの評価が高いわけです。その中で僕はニックの家族、つまりセレブたちによるあらゆる人生の戦いと、その結果が残酷なまでにはっきり示されている点に深い感銘を受けました。

いま、まさに戦っている者、戦いの果てに歪んでしまった者、戦いに疲れて目先の快楽に溺れた者、ハナから戦いを放棄してる者など極端に裕福な設定であるからこそ、人生で常に求められる戦いの人それぞれのあり方が一層浮き彫りになってるように思いました。そうした戦いの末にレイチェルが選んだ選択には思わず号泣してしまいました」というね、白黒バンビさん。

一方、ちょっとダメだったという方。「桂月」さん。「前評判も高いし、どうせ絶賛評ばかりなのでしょうが、私の感想は明確に否です。久しぶりに全く楽しめない映画でした。私は下品な金持ちが心の底から嫌いです。なんなら『下品な』を外してもいいぐらい嫌いです。

そんな私がこの映画を楽しめるとしたら、金持ちを徹底的にコケにして笑いを取る。あるいはトニー・スターク並に『金持ち、かっけー!』と思わせてくれるのどちらかですが、残念ながら本作は私のどちらの琴線にも欠片も触れてくれませんでした。

結果残ったのは浮世離れした下品な金持ちどもの、心底どうでもいいすったもんだばかり。一応、庶民出身の主人公が共感できるキャラクターポジションなのでしょうが、若くして大学教授にまで昇りつめて金持ちのイケメンにベタ惚れされているという、泥水をすすり爪に火をともす生活を送っている自分からすれば、『それは結構な話でござんすね!』としか言いようのない設定に一欠片の共感を抱くこともできませんでした」っていうね。はい。まあね、そういう方もいらっしゃいますよね。

■人種的マイノリティの映画がヒットする気運の中、ついにアジア人オールキャスト映画が大ヒット

はい、ということで『クレイジー・リッチ!』、私もTOHOシネマズ六本木で公開2日目に見てきたのと、ヒューマントラストシネマ渋谷で改めて見て、2回見てまいりました。公開2日めの方は、やっぱり英語圏のお客の方も多くて、結構ビビッドな反応で非常に楽しい感じでしたけども。あのですね、本編の話に入る前に、ちょっとこんな話をさせてください。少なくとも1990年代くらいまではですね、ハリウッド映画の中でアジア人が出てくると……僕自身はもちろん紛れもないアジア人でありながら、どこか気まずかったり、ちょっとその描かれ方に嫌な気持ちになってしまったり、っていう風な感じなことが――僕だけじゃないと思うんですけどね――そういうことが本当に多かったと思います。1990年代ぐらいまで。

なぜかといえば、やっぱりハリウッド映画におけるアジア人の描き方というのは、基本的にものすごく軽んじたものばかりだった、と言わざるえない。

なんなら、「同じ感情や知性を持った人間とは思ってないんじゃないの?」っていう風に思えるぐらいの非常に差別的な視線というのが、いちいち問題視もされないぐらいハリウッド映画の中ではデフォルトだった、と言えると思います。もっと言えば、映画のみならず音楽とかポップカルチャー全般で、世界的に言うと、長年アジア人というのは、クールな存在というのからいちばん程遠い人種として扱われ、イメージ付けられてきた、という風にも言えるんじゃないでしょうかね。

そして我々アジア人自身も、特に日本人はそういうケが強いかもしれませんが、そういう価値観をどこかで内面化してしまっていて、ゆえにさっき言ったようにハリウッド映画にアジア人が出てくると、「ああ、やっぱりまあ、こういう感じになってしまいますわね……うーん、気まずいわね……」みたいな思いを内側に抱えて過ごしてきた、みたいなところがあるわけです。そういう、残念な歴史っていうのがあったわけですね。まあ風向きがだいぶ変わってきたのは、2000年代以降ですかね。たとえば『ワイルド・スピード』シリーズの、サン・カン演じるあのハンというキャラクターとかね。

いろいろ風向きが変わってきたのはありますけど、とはいえまだまだ、アジア人……特にアジア人男性がクールとかセクシーとされるような例っていうのはやはり、まだまだ多くない、っていうのが現実じゃないでしょうか。で、ここ数年の、人種・性別に関するポリティカリー・コレクトネス意識の急激な浸透というのもあって、たとえばオール黒人キャストの『ブラックパンサー』がメガヒット、とかですね。8月24日に評した、女性オールスターキャストでの『オーシャンズ8』、とかですね。とにかく過去のハリウッド的常識を完全に覆すような大ヒット作っていうのが、次々と生まれるようになってきたこの潮流、という中で、ついに! 1993年の『ジョイ・ラック・クラブ』以来25年ぶりにですね、オールアジア系キャストのハリウッド映画として作られ、見事に特大ヒット。

予想を大幅に上回る特大ヒットを飛ばした、という、まさに歴史的・画期的な一作が、この『クレイジー・リッチ!』……いやさ、『クレイジー・リッチ・エイジアンズ(Crazy Rich Asians)』という作品なわけですね。私はもう(原題の)『クレイジー・リッチ・エイジアンズ』と言わせていただきたいんですが。

なんで「アジア」を(邦題から)外すんだ?っていうね。原作は、2013年に出版されてベストセラーになった、ケビン・クワンさんの小説なわけですね。今回、このタイミングで読みました。

ご自身の経験をもとに書かれていて、まあシンガポールの、まさにああいう上流社会育ちの自分の経験を基に書いた小説、という。で、彼自身この話を映画化するという時に、その歴史的意義っていうのに、実はものすごい意識的な方でして。これ、パンフレットにも書いてあるエピソードですけど、某有名メジャースタジオの有名プロデューサーから、「これ、ぜひ映画しようよ! ケビンちゃーん、これぜひ映画しようよ! でもこれ、主人公がやっぱりね、これは白人女性にする必要があるよね!」とか言われて、「はい、帰ってくださ~い」みたいな(笑)。一蹴した、というような。

これももちろんのこと、これはインターネット・ムービー・データベースに書いてあったトリビアですけど、ネットフリックスからもっと高い製作費で映像化のオファーが来ていたにも関わらず、やっぱりこの作品は、「ハリウッドメジャー会社によるアジア人映画」っていう。これを作ることに意義があるんだ!っていうことの方を取って、今回のようにワーナーで作ることを選んだ、というぐらい、やっぱりこのケビン・クワンさん自身が、この作品の、特に映画化する時の歴史的意義というものに、非常に意識的に動いていたというのがある。

■「アジアの成金(ニューリッチ)」ではなく、「アジアの由緒正しき名家(オールドマネー)」の話

そんなわけで、まあ監督も、主人公レイチェルと同じくABCっていうね、「American Born Chinese(中国系アメリカ人)」であるジョン・M・チュウさん。ジョン・M・チュウさんといえば、僕が映画評をした中で言うと、2016年9月10日にやりました『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』。これ、いまでも書き起こしがありますから見ていただきたいですが。

それとか、『G.I.ジョー バック2リベンジ』とかね、そのあたりの監督で。正直いままでのキャリアで言うと、わりと、うん、なんか微妙な感じの続編(笑)、みたいなところの方ではあるんだけど。まあ、その方を起用したりだとか。

脚色でも、アデル・リムさんっていう、この方はマレーシア出身。ハリウッドで活躍しているマレーシア出身の方を呼んできたりして。で、キャストももちろん全員……いろんな出自なんです。「アジア系」って一口で言うけど、いろんな出自……イギリス系中国人とか、ハーフの方もいれば、みたいな感じで、様々な出自を持ったアジア系で揃える、という感じで。まさに「アジア系ハリウッド映画の決定版を作るんだ!」っていう、はっきりした気概があらわれた制作シフト、という風に言えると思いますね。その意味で、僕がいま言ったようなことを踏まえて見るならば、本当に痛快なのは、まずオープニング。タイトルが出るまでのアバンタイトル・シークエンスですね。

これ、原作小説にもあるくだりなんですけど、これを映画で、わけてもハリウッド映画でこれをやってくれると、本当に格別の痛快さ、っていうことだと思いますね。1995年の、ある土砂降りの夜。ロンドンの格式ある高級ホテルに、ずぶ濡れになった中国人一家が現れて……という話。要はこれ、ギンティ小林さん風に言うならば、こういうことですね。「ナメてたアジア人が想像を絶するほどの金持ちでした」(笑)、でギャフン!っていう。この冒頭のつかみでですね、まず最初に言ったような、これまではわりと普通のこととしてまかり通ってきた、アジア人に対するナメた視線、目線というのを、完膚なきまでに叩きのめし、ひっくり返してみせるというね。これ、演じたミシェル・ヨーもさぞかし、最高に気持ちいい!って思いながら演じていたろうと思いますけどね。

まあ実際、「ハリウッド映画」と言いますけど、それの在り方とか基盤っていうのが、本当に根本から変わりつつあるいま、なわけですよね。たとえば資本とかも、中国資本でこそようやく作れるようになったりとか、っていう中で、本当に高らかに鳴り響く「アジア人ナメんな!」宣言っていうか。それがこの、アバンタイトルのくだりなんですね。ちょっとここで勘違いしちゃいけないのは、肝心な部分なんですけど、映画の中でも軽く触れられてますけども、「アジア人が超金持ちで……」っていう話っていうと、皆さん、近年急激に金持ちになったニューリッチ層っていうかね、成金的なところを想像するかもしれませんけど。たとえば中国ですごく急激に増えた金持ちたち……じゃないんですよ。これはそういう話じゃないんです。

何世代にもわたって受け継がれてきた、いわゆる「オールドマネー」。本当に由緒正しい、真の上流階級の話でもあるわけです。なので、たとえば近年映画で出てきたところで言うと、『フォックスキャッチャー』で出てきたデュポン家とか、『ゲティ家の身代金』のゲティ家とか、それ級の上流階級の話なんですよ……というところが重要なんですね。だからそこで、「はい、アジア人の金持ち。成金ね。はい、下品ね」って、この固定観念そのものが、そのアジア人に対するいままでのステレオタイプであって。それをひっくり返す。「アジア人にも、あなたたちが想像もつかないような由緒正しい上流社会っていうものがあるんだよ」っていう。それは本当にあるんです。我々も知らなかった本当の金持ちの世界っていうのが、あるんです。それを語るという、そこがミソなわけですね。ここ、肝心なところだからちょっと押さえておいてください。

■全く対照的な『愛しのアイリーン』と言ってる話は同じ

で、お話そのものは、とはいえそんな肩肘張ったもんじゃございませんで。もうほとんど古典的と言っていいほどの、いわゆるシンデレラ・ストーリーですよね。玉の輿に乗る話。庶民出身のヒロインと、「王子様」が、身分違いゆえの障壁を越えて結ばれるまで、という。その身分違いゆえの障壁っていうのがどんだけか?って言うと、さっき言いましたように由緒正しい上流社会……上流階級の家族がいっぱいいるわけですよ。大金持ちが。で、原作にも書いてあるフレーズで言うと、「二世代前から知り合いの家系じゃなければ、結婚とかとんでもない」っていう、そういう非常に、ある意味もちろん閉鎖的で、旧態依然とした価値観を持つ上流社会、っていうのがあって。それを乗り越えるっていう話なわけですね。

で、今回の映画化版では、いろいろとキャラクターとかエピソードを刈り込んで……特に、ミシェル・ヨーがこれ以上ないほど本当に完璧な貫禄で演じきっている、超絶金持ち一族を事実上率いている母親、エレノアという女性と、これはドラマシリーズ『フアン家のアメリカ開拓記』という、要するに中国系のアメリカ移民がアメリカでどうやってきたのか?っていうのを描くドラマシリーズでブレイクした、コンスタンス・ウーさん演じる主人公レイチェルの……要するに、大金持ち一家を仕切っているお母さんと、嫁候補であるレイチェルの対決。

ただし、実はこの両者、本当は重なり合う部分もあって。たとえばその、ミシェル・ヨー演じるエレノアも、実は自分もその障壁を乗り越えてこの地位に就いたから、なまじ嫁になっちゃうと大変なのはよく分かってるからこそ、「あんた、止めておいた方がいいよ」っていうことでもある、というかね。その、通じる部分もある、という話。これ、僕ね、ちょうどこの『クレイジー・リッチ!』を最初に見た週が、あの『愛しのアイリーン』評と同じ週で。

こうやって大金持ちの描写を見ながら、同じ人間なのか!?ってなったんだけど(笑)……みなさんね、ここが面白いのは、「同じ人間なのか!?」っていうぐらい超絶金持ちの話なのに、言っている話は同じなんですよ。『愛しのアイリーン』もやっぱり、お嫁さんと姑の話でもあり、そしてしかもその姑っていうのはお嫁さんと対立するんだけど、実はその姑さんもかつてはそのお嫁さんと同じように苦しんだ過去があって……という。

だから、金持ちだろうがなんだろうが、ある種やっぱりこれは普遍的な……たとえば「個人」vs「伝統」とか、「個人」vs「イエ」とか、「個人」vs「システム」っていう、まあ普遍的なところにやっぱり行くんだな、っていう風に改めて思ったりしました。だから『愛しのアイリーン』と連続で見ると、また面白いかもしませんけどね(笑)。

とにかくまあ、その嫁候補vs姑の対決っていうのを主軸に、サブストーリーとして、レイチェルとは逆ルートで悩むアストリッドっていうね、これはジェンマ・チャンさんという方が非常に妖艶に演じていまあすけども、上流階級のトップレディー側……上流階級のトップレディーが、庶民出身の男性との関係にすごく悩む、という別ルートのドラマを対照において。で、最終的に、そのレイチェルもアストリッドさんも両者ともに、結局は「自分らしく」戦うしかないんだ、っていうところを選んでいくという、そういうような話なわけですけども。

■誰も見たことない画面、多種多様な「アジア系」キャストたち

まあ、そんな感じでとにかく、お話的にはほとんど古典的なストレートさ、シンプルさ。実際に映画全体が、古典的ハリウッド映画のゴージャスさ、エンターテイメント性を、アジア流に再解釈・アップデートしてみせるかのような作りになってる、っていうことだと思います。だからすごくクラシックなんですね。本当に全体に、話もクラシックだし、なんかいろいろとクラシカルなんだけど、結果誰も見たことがない映画になっている、というような感じ。事実、これほどまでにてらいなく、リッチであること、豊かであることっていうのを誇り、楽しんでる映画っていうのは、少なくともハリウッド映画で考えたら、1950年代……いや、1940年代まで遡らないとこれはないと思います。これ級は。

プラス、そういうさっきから言っている知られざるアジア超上流社会を覗き見る楽しみ、っていうのも当然あるわけで。とにかくそんな感じで、絢爛豪華な建築とか装飾、衣装にジュエリー、そしてそこで繰り広げられる、もう贅沢の極みのようなパーティー、パーティー、パーティー!……に、主人公のレイチェルの視点と一致して驚き、呆れていくというだけで、十分に楽しいわけですね。例えばこれは映画独自のアレンジですけども、タンカー上のパーティー。もう『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の『Hip Hop Hooray』パーティーをはるかに超えるアホらしさとバカらしさ(笑)。タンカー上でバズーカをぶっ放すっていうね。あの、いくら金を持っていても、バカだと思いつくのはこの程度っていう(笑)。

まあ、このへんとかも非常に面白かったりしましたけどね。でもその一方で、あのホーカーセンター(ホーカーズ)、屋台飯のところとか、餃子を家族で手包みするっていうような習慣とか、そういう地に足のついたアジア感、みたいな描写もちゃんとあって。シンガポールをはじめ、アジア旅行したくなるような1本でもある。観光映画としてもすごく面白い、っていうのがあると思います。

で、アジア系と言っても、本当に様々な出自を持っているわけです。各キャスト陣、軒並み本当に素晴らしくて。特に僕はこの、花婿候補というかね、ニック・ヤンという役を演じる、ヘンリー・ゴールディングさん。これをよく見つけてきたな!っていうね。この人、これまでほとんど演技経験がないような方なんですね。なんだけど、言ってみればそれこそ古典的ハリウッド映画の男性像……ケイリー・グラント的なというか、本当に古き良きハリウッドスター俳優的な、本当に無条件のゴージャスさというか。あと、内面になんか過度に重いものを抱えていない感じとかも含めて、すごく古典的スター感というか、それを自然に体現されていて。これ、ハリウッド映画における「イケてるアジア人男性」像というのを、今後も革新していく1人になってくるんじゃないか?

実際に新作もどんどんどんどん控えていて、ポール・フェイグ監督の新作とかにも出るらしいですから。非常に期待される人だと思います。ヘンリー・ゴールディングさん。あともちろんですね、『オーシャンズ8』に続いてやっぱり最高に持っていく、オークワフィナさんですね。なんかすごく無造作にそこにいるような感じで映っているのに、しっかりとおかしい。なんか、あの猫背とか、肩のギクシャクした動かし方とか、ああいうのが効いているのかな? あと、声がいいですよね。やっぱりね、オークワフィナさん。あと今回で言えば、すごくお金はかかってるのにエキセントリックな着こなしとかで、そのペク・リンっていうキャラクターを体現していたりとか、そのあたりも見事でございました。

あと、彼女の父親役のケン・チョン。これは『ハングオーバー!』シリーズの怪演でおなじみですけども。ケン・チョンさんが、まるでその『ハングオーバー!』シリーズの怪演のセルフパロディーのような……要は最初はカタコトで、「ナイストゥーミートユー、レイチェル・チュウ、チュチュ、クークー、プープー……」とか、なんかカタコトみたいなことを言ってから、「……っていうのはまあ冗談で、普通に私、しゃべれるんですよね。留学もしましたし」みたいな感じできちんとしゃべりだす(笑)、っていう。これはまさにアバンタイトルシーン、さっき言ったのと並んで、過去のアジア人ステレオタイプなハリウッドの描き方に対する、痛烈な批評でもあるんですよ。

彼(実際のケン・チョン本人)はそんなカタコトなんかじゃなくて、なにしろ超インテリなんですから。だから「うん、こっちは全然しゃべれるし。まあ、お前らがどう見てるのかはよくわかってますけどね」っていう感じの、痛烈な批評にもなっている。もちろんこれは映画オリジナルのアドリブの……たぶん彼のアドリブ部分だろうと思います。他にも、劇中で結婚式を挙げるアラミンタっていう役をやっている、ソノヤ・ミズノさん。これ、日系イギリス人の方とか。とにかく一口に「アジア系」と言っても、いろんなタイプの素敵な人、まだまだいっぱいいるんだな、という風に思ったりしました。

■歌詞を知ればより感動できるBGM。アジア人として劇場で祝いたい!

で、原作にない映画オリジナル展開といえば、見事だったのはやはり、レイチェル、主人公が登場するシーンでやっているポーカーと、クライマックス、そのレイチェルとエレノアが直接対決するその舞台となる麻雀、その使い方の対比ですね。僕は正直、麻雀はそこまで詳しくないですけど、それでも僕のような観客にも、レイチェルがまあ非常に超感動的なセリフを言いながら、麻雀をやるわけですけども。超感動的なセリフとともに、エレノアにどんな「メッセージ」を送ったのか? これ、エレノアに渡す牌がどういう意味を持っているのか? 非常に視覚的・映画的に伝えている、という見事な演出だと思います。あとやっぱり、映画オリジナル演出で言えば、最後に機内で告白をするんですけど、その飛行機内での告白……その、お互い横に移動しながら見せていく、映画な流れ。位置関係が変化していく感じとかも、非常に見事でございまして。

ジョン・M・チュウさん、パンフに載っているインタビューでも、「僕自身、続編物やリメイクのワンパターンな監督になっていた」と。でも昔、学生時代は、もっと個人的な、自分が見たい物語を作っていたのに……そんな思いの中でこの原作に出会って、これは絶対に映画化しなきゃいけないと思った、っていうあたりで、ジョン・M・チュウさん自身、もちろん職人監督としての仕事もね、続編物・リメイク物も僕も楽しかったですけど、ついに本領発揮というか。特に会話シーンとかドラマシーン、コメディー演出で抜群の冴えを見せるというか。「ああ、こんなに腕がある人だったんだ」っていうところが……はじめてジョン・M・チュウさん、開花したんじゃないでしょうか。

あと、中国語曲とか中国語ポップナンバーの使い方とかもすごく優れているらしく……これはちょっと僕が完全にですね、専門領域じゃないので。いま出ている『映画秘宝』の、岡本敦史さんが書いている『クレイジー・リッチ!』のサントラ解説。これもめちゃめちゃ勉強になるので。これを見ると「ああ、そんな深みがあるんだ!」っていう。たとえばクライマックスで流れるコールドプレイの『Yellow』っていう曲があるんですけど。それの中国語バージョン、カバーバージョンが流れていて。(BGMを聞いて)はい、これですね。

『Yellow』っていうのは、「卑怯者」とか、あとは「嫉妬」とか、そういうネガティブなニュアンスで使われることが多い言葉なんだけど、その『Yellow』っていうのを、コールドプレイは美しい歌として歌い替えた。それの中国語カバーを主題歌にどうしても使いたい、という風にジョン・M・チュウさんが熱望したっていうのが、岡本敦史さんの『映画秘宝』の記事に書いてあって。「ああ、そうなんだ!」って。そう思って聞くと、さらに沁みる~!ということでございますね。そういう細かいところも、本当によくできている。

といったあたりで、『クレイジー・リッチ・エイジアンズ』、これは日本でもしっかりヒットしてほしいし、しなきゃいけないだろうとも思います。アジア人として、この歴史的・画期的一作を、ぜひぜひリアルタイムで素直にセレブレイトしてほしいっていうか。劇場で祝おうじゃないか!っていう。特に僕みたいに、ずーっと映画が好きなのに、映画に出てくるアジア人の描き方に悶々としてきた人は、全編に渡って快哉を叫ぶような、「ざまあ!」っていう一本なんですよ、これは。

なんて言ってますけど、そんな肩肘張らない、なんにも小難しいことはない、すごく楽しい軽快なロマンティック・コメディーでもありますので。本当に万人におすすめしたいと思います。まあ、爪に火をともすような暮らしで大変な人は、『愛しのアイリーン』とかありますから(笑)。そっちを見るとかいろんな手はありますから。でも、本当にみなさんにおすすめしたい。ぜひぜひリアルタイムで劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 次回の課題映画は『プーと大人になった僕』に決定!)

宇多丸『クレイジーリッチ!』を語る【映画評書き起こし】

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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