TBSラジオ『アフター6ジャンクション』は毎週月-金の18:00~21:00の生放送。ラッパーにしてラジオDJ、そして映画評論もするライムスター宇多丸が、ランダムに最新映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論するのが、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」の人気コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」(金曜18時30分から)。
ここではその放送書き起こしをノーカットで掲載いたします。
今回は『バッド・ジーニアス -危険な天才たち-』(2018年9月22日公開)です。
宇多丸、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』を語る!の画像はこちら >>

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が前の週にランダムに決まった最新映画を自腹で映画館にて鑑賞し、その感想を約20分間に渡って語り下ろすという週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜はこの作品、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』!

(曲が流れる)

2014年に中国で実際に起きた大規模なカンニング事件をモチーフにしたタイ映画……まあ、アイデアの元にした、という感じですかね。中国、香港などアジア各国でタイ映画史上最大のヒットを記録。天才的な頭脳を持つ女子高生リンは学校のテストの際、友人を助けたことをきっかけにカンニングビジネスを始める。

それは次第にエスカレートしていき、やがて国をまたぐ巨大なミッションになっていく……。本作が映画初出演となるチュティモン・ジョンジャルーンスックジンさんなど、タイの若手俳優が多数出演。監督は本作が長編二作目となるタイ映画の新鋭、ナタウット・プーンピリヤさんでございます。

といったあたりで、この『バッド・ジーニアス』をもう見たよ、というリスナーのみなさん、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、やや少なめ。

あら、そうですか。公開規模が小さいからかしらね? 賛否の比率は、褒めの意見が9割。評判はかなり良い。主な褒める意見としては「とにかく面白い。一種のケイパー物(チーム強奪物)として見応え十分」「カンニングシーンの緊張感は胃が痛くなるほど」「見終わった後に残るビターな余韻。青春映画の傑作であり、社会派映画としても秀逸」などなどがございました。
否定的な意見としては「カンニングの計画が杜撰で萎える」「天才が金持ちのバカに利用されてるだけの話。胸糞悪い」。まあ、それもそうなんですけどね(笑)。などがございました。

あとはいつもよりも若い人から……要するに「テスト」っていうのがまだ生々しい、もしくはリアルタイムであるような若い方からの投稿も多かったです。

■「現代に語られるべき若者たちの物語」(byリスナー)

代表的なところをご紹介いたしましょう。

ラジオネーム「タジキ」さん。19歳。「初メールです。『バッド・ジーニアス』、最高でした。暫定今年ベストです。マークシートを塗りつぶす描写すらかっこいい、スタイリッシュな映像。
緊張感と爽快のほとばしるストーリー展開はまさに一流のクライムサスペンス。でも僕にとって、この作品は究極に熱い青春映画です。高校生たちがカンニングで世間を出し抜く痛快な物語でありながら、日本においても他人事ではない学歴至上主義という社会問題をえぐりつつ、ラストにはしっとりとした余韻を残す、エンターテイメントとしての一種の完成形と言っても過言ではないと切実に思います。

ルックスも完璧で金持ちなグレースとパットとは違い、持たざる者であるリンとバンク。彼女たちにとって最大の敵は賄賂や不正の横行する学校社会。いわば、結局金や権力を持っているやつらが勝つシステム。

そういった権威への反逆を描いた映画として、現代に語られるべき若者たちの物語であると感じました」という。総じてやっぱり、「テスト」というのが本当にリアルタイムの体験として切実に近かったり、リアルタイムにいままさにテストを受けるような立場である人のメールが面白くって(笑)。やっぱりね、ああいう目に実際にあっているっていうか。「時間、ない! できない!」みたいなね。

あと、ちょっとダメだったという方。「片耳ヘッドホン リモ吉」さん。この方も初メール。ありがとうございます。「『クライマックスのカンニングシーンが圧巻』みたいな煽りに出来のよいケイパー物のような面白さを期待したのですが、見事に裏切られました。クライマックスのカンニングのトリックは新鮮味に乏しく、また計画自体も杜撰すぎると感じました」というね。要するに、これじゃあ怪しまれるのも当然だというようなことを書いていただいて。あと、主人公が最後に改心するのがちょっと偽善的な展開に感じるというようなご指摘もありつつ。

「……総じて言えば、全編を通じてケイパー物特有の騙しのテクニックの面白さもなく、ラストではカンニングをテーマにした言い訳のように、ごくごく常識的な倫理観でお茶を濁した後味の悪い凡作だと思いました」。まあ、この方の指摘しているポイントもね、言われてみればそれ自体は「そうかもなあ」という風にうなずけるところも多いメールでございました。みなさん、ありがとうございます。

ということで『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』、私もね、実はちょっと公開前に見させていただく機会があって。あとはT・ジョイPRINCE品川でも1回、計2回見てまいりました。ということで、8月13日の6時台カルチャートークのコーナーで、加藤るみさん、非常に映画にお詳しい彼女のプレゼンでおすすめされた東南アジア映画。その何本か挙げていただいた中で、タイ映画としては『すれ違いのダイアリーズ』という作品と並んで選ばれていたのが、まだ当時は日本公開前だったこの『バッド・ジーニアス』という作品でございました。その時点で既に、その加藤さんの説明+超スタイリッシュな予告映像を見るだけで、「なに、これ? 絶対に面白いやつじゃん!」っていう感じで、期待のハードルがかなり上がっていた訳なんですけど。

で、実際に見てみたらですね、やっぱりその期待の、さらに斜め上を行くと言うか、そんな出来でした。ちょっと思ってたのと違う方向で優れているな、という風に思うような作品でございました。先に結論から言っちゃいますけど、少なくともサスペンスシーンの演出としては、ここ最近見た中では僕、いちばんハラハラさせられましたね、間違いなく。何箇所か、本当に声を出しちゃいました。「は、はわわ、はわわわ……っ! は~……どうすんの~?」みたいな。「は~」って声を上げちゃったぐらいですね。あとはまあ、美術とか撮影など、総合的なレベルの高さ。

特にですね、さすがこれ、ナタウット・プーンピリヤさん。CMディレクター出身監督と言うべきか、編集のリズム感、構図のスタイリッシュさにも非常に感服させられました。この編集のリズム感は、やっぱりこの方、マーティン・スコセッシの『グッドフェローズ』がすごい好きで映画監督を志した、なんておっしゃっている方なんで。スコセッシゆずり、みたいなところはあると思います。ナタウット・プーンピリヤさん、これが長編二作目で、一作目は『Countdown』っていう、これちょっと全編は見られなくて。僕、予告しか見られていないんだけど。まあ、ちょっとコメディー風味も入ってるけど、金持ちのタイの留学生がニューヨークで調子こいてるうちに、ちょっとひどい目にあうという。まあ、非常にバイオレンス風味もたっぷりなホラーコメディー、みたいな感じの作品かなと思いましたけど。

あとは短編の『The Library』っていう、これはなんかちょっとロマンチックな話。図書館員が一目惚れして……みたいな話。あと、『Present Perfect』っていう、お姉さんの娘を預かったパリピの女の子が……っていう、この2本の短編を見たんですけど。繊細な感情描写みたいなところにだんだんと寄ってきていて、それが今回の『バッド・ジーニアス』、長編二作目にも結実しているかな、と思ったりなんかしたんですが。ということで、監督のナタウット・プーンピリヤさん。非常にいい。

あと、役者陣も、主人公のリンっていうのを演じているチュティモン・ジョンジャルーンスックジンさんの……モデル出身だけあって、異常にスタイルがいいんですよ。めちゃめちゃスタイルがいい+不敵な面構えっていう。これが放つ、非常に知的なカリスマ性。演技が上手いとか下手っていうよりも、その存在感自体の知的なカリスマ性を筆頭に、本当に役者陣がみんな魅力的だし。さっきも言ったように超ハラハラドキドキ楽しめる娯楽作でありながら、同時に、非常に複雑な心理の揺れ動きとか、あとは現代タイの社会構造への批評的な視線とか。まあ、倫理的な問いかけとかまでバランスよく……エンターテイメント性を損なわない範囲でバランスよく織り込まれた、まあ非常に評判なのも納得の、見事な一作だという風に思いました。

■学園コメディではなくスパイ映画マナーで撮られたケイパー物

僕の世代でね、カンニング物といえば、さっきもコンバットRECがそこで打ち合わせ中に「なに? 安室ちゃんの『That's カンニング!』みたいな感じなの~?」とか言ってましたけど(笑)。「んなわけねえだろ!」っていうね。もちろん、安室ちゃん主演の1996年、『That's カンニング! 史上最大の作戦?』とかですね。あと、まあ僕らの世代でカンニング物と言えばやはり、『ザ・カンニング IQ=0』という、1982年に日本でも公開されて大ヒットした、1980年のフランスのコメディー映画。まあ、よく言えばゆるくておおらかな、悪く言えばかなり雑で杜撰なコメディーがまず頭に浮かぶんですけど。

そういうユルユルな先行作品群、カンニングをモチーフにした作品群と、この『バッド・ジーニアス』が根本的に違うのはですね。まあ学生たちが主人公で、時にユーモラスな場面があったりもするんですけれど、学園コメディーではなくて、基本、さっきも言ったようにサスペンスフルに進んでいく……もっと言えば、これはメールでも書いている方が多かったですけど、「ケイパー物」。チーム強奪物とか、あとはスパイ映画ですよね。スパイ映画のトーンで作られている、っていうところが独自性というかね、面白いあたり。要は、チームで犯罪的な計画を立てて、実行する。そしてその作戦の進行中に、思わぬアクシデントが起きて、「バレちゃうかも、捕まっちゃうかも」の危機的状況にどんどんなっていく。まあそういう、ケイパー物の醍醐味と、スパイ映画の醍醐味みたいなのが入っている、ということですよね。

で、そこでまたこのナタウット・プーンピリヤ監督、さっき言ったような巧みなその構図取りとか編集のセンスで、非常にミニマムなシチュエーション、要するに、実際に起こっていること自体はごくごく小さな、なんならありふれた出来事のはずなのに……あと、それこそカンニングのテクニックも、先ほどの否定的なメールにもありましたけど、カンニングのテクニックそのものはかなり原始的というか、他愛のない感じのやつだったりするんだけど、そんな感じで、わりと起こっていること自体はミニマムなのに、それを最大限サスペンスフルに拡大して見せる手腕、っていうのが本当に上手い!という風に思いますね。

■驚くべき手際のよさを感じさせる脚本力

たとえばですね、映画全体が大きく3つのテストシーン――すなわちカンニングシーン――っていうのが見せ場になっているんですけども。まずひとつ目のテストのところね。最初は本当に友達を助けたいという思いから、出来心的にそのカンニング行為に加担してしまう、というところ。まず、そもそもそこに至るまでのですね、いろんな描写の丁寧な積み重ねが、この見せ場に非常に効いてるんですね。これが上手い。まずオープニング。クライマックスの舞台となるSTIC、架空の国際共通試験で不正がありましたっていう報道の音声が流れるわけですね。

からの、どうやらそのカンニング、不正がバレた後、尋問を受けているらしい、というくだり。まあ、ここは1個ミスリードも入っているんですけども……「らしい」というくだり。ここ、まず合わせ鏡で、無数に分裂して見えるわけです、主人公のリンが。この後も2回ほど、違う場面でも同じように合わせ鏡で無数に分裂してる、っていう主人公リンの姿、この画が出てくるわけですけど。これによって、要は彼女が心理的、そして倫理的に引き裂かれていく話ですよ、っていうことがまず、暗示されるわけですね。こういうの、すごくスマートですし。で、タイトルが出て、いったん時間が遡って、高校入学の面接時まで遡っていって……という。

で、この面接のシーンでですね、一気に、この主人公リンの、もちろん天才的頭脳を持ってるというところ。そして、子煩悩なお父さんとの関係性というところ。そして、物語の根幹に関わる、学歴とカネ、学歴と経済格差の問題、っていうのが、非常にこのワンシーンに、驚くべき手際のよさで、ポンポンポンポンと、さり気なく示されていく。このあたり、これはそれぞれ得意技が違う脚本家が3人がかりで、開発に1年半かけたという脚本の完成度がよく出てるあたりだと思います。非常に短い間に手際よく情報が提示される。この製作・配給のGDH559っていうタイの会社は、すごく脚本に力を入れていて、脚本開発期間として1年半というのは、この会社の作品としては長くない方だ、ということらしいんですけど。とにかく、よくできた脚本だということが、この場面だけでも非常に出ている。

■目を疑うようなイッサヤー・ホースワンのキュートさ

で、高校に入って、最初に友達になってくれるグレースっていう女の子が、フーッと駆け寄ってきた。学生証の写真を撮る時に駆け寄ってくる、というところ。結果的には、彼女と親しくなったことこそが全てのトラブルの発端、とも言えるんだけど……このグレースを演じているイッサヤー・ホースワンさんという方がですね、本当に、あまりにも、文字通り輝くようにかわいすぎるので。あのね、若い時の後藤久美子広瀬すずを足したような感じっていうか。僕がここ最近スクリーンで見た人の中で、いちばんかわいいです。「なんだ、これ!?」っていうかわいさですね。

で、彼女のそのかわいさっていうのがまた、本当に嫌味がない。根っからの陽性感。要するに、本気で悪気ゼロ感っていうか。実際にイッサヤー・ホースワンさんもそういうお人柄らしいんだけど……そういうところを買って監督もキャスティングしたらしいんだけど。彼女のその根っからの陽性感があればこそ、そしてむちゃくちゃかわいい!っていうことがあればこそ、主人公のリンが彼女をつい助けたくなる、っていうのがやっぱりわかる。あんな感じで、あんなかわいい子に、ものすごい無邪気に「ねえ、助けてよ~」って言われたら、そりゃ助けるわ!っていう感じが、すごく、そのキャスティング自体でも説得力を増しているし。

■「シチュエーションは極小、劇的効果は極大」なサスペンスシーン

で、ついにそのカンニングを初めて働いてしまう、というテストシーンになってくるわけですけども。やっていること自体は、消しゴムに解答を書いて渡すっていう、本当にもう言っちゃえば他愛もない、超原始的な、工夫もクソもないカンニング術なんですけど……ここでの、ご覧になった方はお分かりの通り、靴、ローファーを使ったサスペンス/アクション演出、そのスペクタクル性ですよね。靴をこうやって滑らせるだけなのに、ものすごいサスペンスと、なんならスペクタクル性まであるという。この、「シチュエーションとしては極小なのに、劇的効果は極大」っていう意味で、僕が思い出したのは、ポン・ジュノ『母なる証明』での、ジンテっていうあのキャラクターの家をお母さんが脱出するシークエンス。あれに匹敵するぐらい、やってることは超セコいのに、むちゃむちゃ劇的効果はデカい、っていう。

とにかく、アイデアとか見せ方、ともに秀逸であるだけではなくですね、そこまでに、さっきの面接シーンとかで、主人公リンにとってこの学校に在籍できていること自体の重みとか責任、っていうのを事前にちゃんと提示してるから、その彼女がカンニングに加担してしまう行為の重みとか切実さっていうサスペンス性が、より切迫したものとして高まる。「絶対にバレたらマズい」っていう感じに高まるっていうのも、本当に丁寧なあたりですよね。本当に全てが丁寧。

で、やがて、日本以上の苛烈な学歴社会であるらしい、と同時に、経済格差、そして不正の横行など、要はタイ社会の不公正、公平さの一端っていうのを、主人公が目の当たりにすることになるんですね。もちろん我々もそこで「ああ、そういうことなのか」ってわかる。それによって、そのカンニングという、本来は当然不正な行為なんですけど、それも主人公にとっては、より大きなその社会システム自体の不公正さ、公平さに対する、ささやかなカウンターでもある、という。そういう風に位置づけてるあたりも、これは要するにエンターテインメントとしても倫理的バランスを取っている作り、っていうことだと思うんですね。まあ、そこを言い訳がましく感じる人もいるかもしれないけど。僕は、「これはなかなかいいバランスの取り方だな」って思いましたけどね。

■主人公のライバルでありバディ「バンク」の絶妙さ

あと、またそのさっき言ったグレースの彼氏で、まさに『クレイジー・リッチ・エイジアンズ』側の、パットというキャラクターを演じるティーラドン・スパパンピンヨーさんという方。小ズルさと無邪気さを兼ね備えた、まあトータルではやっぱりチャーミングさが勝っている金持ちボンボン役っていうのを、非常にナイスなバランスの演じ方をされていますし。一方、主人公のリンとちょうど鏡像関係的な……ライバルでありバディ(相方)でもある。仲間であり、でも敵でもある。友達でもあり、ちょっとだけ淡い恋情めいたものも交差する、バンクというキャラクター。これはチャーノン・サンティナトーンクンさんという方が演じていますけども。

ちょっと二宮(和也)くん風な感じの人ですけども。彼の家業が貧しいクリーニング屋、っていう設定なのがまた僕、よくできてるなと思って。つまり、彼の清廉潔白な人格、キャラクター。本来の人格そのものを表していると同時に、後に彼がお金を得て、最後の方ではクリーニング屋をグレードアップしてるわけですけども。その頃には、そのクリーニング屋っていう稼業がむしろ、マネーロンダリング的な、「罪を洗い流す、隠蔽する」「罪を気にしないようにしている人」っていうニュアンスに変化してるあたり。同じクリーニングっていう場所なのに、全然正反対のニュアンスに見えるようになっているあたりも、「これは上手いですぞ!」と。うなりながら見ていました。

ともあれ、そのテストシーン。3つあるうちの最初のひとつは、靴を使った面白い見せ場。さらに規模を拡大しての2つ目のテストのカンニングシーンでは、ピアノの指運び、運指を使った暗号伝達という……とても映画的なアイデアですよね。要するに、音楽を重ねるっていう映画的な演出もできますし、非常に映画的アイデア。主人公リンのキャラクターとも合っていて、とても楽しい。リンの天才性と同時に、知的教養レベルの高さみたいなものも示していて、非常に上手いし楽しいし、というあたり。さらにクライマックス、シドニーでの28分間にわたるテストシーンからの逃走劇、というあたり。いま言ったピアノの運指が、今度は違う……今度は「暗記」に使われるというあたり、ちょっと超現実的な見せ方が出てきたりとか。

■映画的なテクニックを重ねていく圧巻の上手さ

あるいはチーム内で、突如として……非常に切羽詰まったタイムリミットが迫っているのに、突如として駆け引きが始まったりとか。まあ、そのバンクくんが駆け引きを始めるのも無理からぬ……彼は本当にひどい目にあっていますから。それが始まって、「おい、どうするんだ?」っていうことになったりとか。あと、思わずこちらもえづきそうになる、非常にハードな……これは「バイオレントな」と言っていいでしょうね、自傷行為にも近いある場面があったりとかですね。とにかく、様々な予期せぬトラブルとか障壁が起きて、アイデアだけではなく、つまりそのカンニングテクニックそのもの云々というよりは、それをどう見せるかの映画的テクニックが非常に優れた……セリフにあまり頼らず、非常に映画的なテクニックを重ねて見せていく、見せ場のつるべ打ちで。僕はまさに映画として圧巻だ、という風に思いました。「この監督、本当に引き出しも多いし、上手いな!」という風に思いましたね。

で、ここでまさに主人公たちの若さ、ゆえの未熟さっていうのが、天才的な人がガンガンテストを解いていくだけじゃなくて、若さゆえの未熟さみたいなものがここで浮上してくる、っていうあたりも、青春物としても非常に……学生たちが主人公であるということが、非常にサスペンスとしても功を奏していたり。ここも上手いあたりだという風に思いました。とにかくこの、クライマックス28分間のテストシーン、からの逃走劇。僕は今年のサスペンスシーンの中で、最高のひとつじゃないかなという風に思いましたね。

あと、追っ手のおじさんが怖すぎる(笑)。ああいう時、やっぱりアジア人の若い子に対して、白人って怖えな!っていう(笑)。「白人、怖えよ!」っていう。なんかキャスティング的には監督は、昔の70年代スパイ映画の、ソ連側のスパイ風な感じでキャスティングした、という風に言っていましたね。で、そのサスペンスシーンが非常に盛り上がる、そこから、終盤に向けて主人公リンが、非常に倫理的に揺れ動く。そういう倫理的な問いかけに入る、という終盤は、お話のテンポ的にはちょっと鈍る、というところはあると思いますが。最終的には、その腐った世の中でですね、まあその主人公リンと対照的な、最初は非常に清廉潔白な人格だったバンク、という鏡像関係の2人。一瞬は心が通じかけた2人の悲しいすれ違い、というのを通して、たとえこの世の中が腐っていても……その中で、まさに「君たちはどう生きるか」っていう問いかけで、きれいに、まさに幕を引く。パタンとドアが閉まって終わる。「上手いな、きれいだな!」という風に思いましたね。

■タイ映画のイメージを覆されるハイレベルな一作。お金を払ってぜひ!

ということで、非常に僕は考え抜かれた、そして映画としての見せ方の引き出しも非常に豊富な、びっくりするような作品だと思いました。この監督、ナタウット・プーンピリヤさん。一作目はちょっと見れていないですけど、一作目のその評価とかと比較するに、もう飛躍的な進歩を遂げた、という感じだと思いますし。あと僕自身、やはりもっと大きな話で言えば、これまで無知ゆえのタイ映画への偏ったイメージ……もちろんね、『マッハ!!!!!!!!』とかさ、そういうのはありましたけど。そのイメージがちょっと覆されるような、びっくりするようなレベルの高さ、っていうのを本当に見せつけられた感じがいたします。

大ヒットしているのもこれは当然でしょうし、ますます公開館が広がりつつあるようなんで。ぜひぜひ、見に行かれたらどうですかね。エンターテイメント性とメッセージ性とか、社会的な問題のバランスも非常に取れた、お金出して映画館に見に行くならぜひ、こういうのを見に行きたいものだ、というような見事な1本でございました。

宇多丸、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』を語る!

(ガチャ回しパート中略 ~ 次回の課題映画は『ヴェノム』に決定!)